【重要なお知らせ】「怖話」サービス終了のご案内

中編5
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戸締り

その晩、おれは仕事が片付かず残業していた。

定時は19時だったが、パソコンと睨み合いを続けて、やっと終わる目処がついて、喫煙所に現実逃避したのが23時半を過ぎた頃。

疲労か、眠気か、はたまた空腹からか、テーブルに寄りかかっていないと、普通に立っているのもそろそろしんどい。

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「あぁ…もう体が限界だわ。もう今日は帰っていいっすよね?」

他にも残業仲間はいたが、さすがにこの時間になると、もう誰もいない。

誰にともなく放った独り言に、ヤニで薄汚れた空気清浄機だけが、ごうんごうんと返事をする。

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先に言い訳すると、おれは要領が良い方ではないが、特別に仕事が出来ないポンコツでもない。連休に入る前の最終日だったので、週明けに持ち越したくないものをやっつけていたらこんな時間になってしまった。

まぁ、これを「仕事が出来ない」と言われてしまえば何も言い返せないが。

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一服を終え、デスクに戻る。

資料を仕上げ、上司にメールを送り、デスクの上を片付けてパソコンを落とす。

あとは、消灯と、カードキーでの施錠をすれば、寝床に帰れる。

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おれの勤め先は、ちょっと立地が変わっている。

会社は七階建て、おれの所属部署オフィスは一階。

正面口から右手がティールームと喫煙所、左手にトイレと、その奥に上層階へ続く階段となっている。エレベーターは受付(今は美人受付嬢の代わりに救命道具が番をしているが…)のすぐ横だ。オフィスはエレベーターとティールームの間にある。

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と、ここまでなら、おそらく普通だ。

変なのは、正面玄関を出て、段差を3つほど降りるとすぐに広い車道になること。駐車場はおろか、車を寄せるようなスペースすらない。

そのため、社員だけでなく、来客も、基本は裏口から出入りしている。

事実、正面玄関側から来てしまって、あたふたしている来客にも何度か出くわしているので、常識的に考えても変、なのだ。

そのため、おれも裏口から帰るわけだが、ここで、オフィスにカードキーをかざして施錠すると、控えめな音でピーピーと警報機が作動した。

これは、建物に警備会社が入っていて、「貴方が施錠したドアが建物内で一番最後に施錠されたものです」と知らせてくれている。

つまり、この建物の中には上層階含めて、今おれしかいない。

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「あー、まじかよ。ティールームもエントランスも消灯しないといけないのか」

最後の人間が電気を消して帰るのが決まりだ。

喫煙所はさっき出たとき消してきたので、ティールームを消し、エントランスを消す。

この時点でもうほとんど真っ暗だ。

外は無機質な車道なので、ときたま通る車以外は光源がない。

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「あとは一階のトイレの電気だな」

一応、女性トイレは、中には入らずノックだけしておく。

まぁこの時間、返事があっても気色悪い。

ただ、「得体の知れないモノ」には何度か遭遇したことがあるので、出会ったら世間話でもしようか、くらいの感覚ではある。

本当のところ、「見る」ばかりで対話できたことがないので、機会があれば試みたいという気持ちもある。

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…が、期待むなしく反応なし、女性トイレも消灯。

男性トイレの方は個室に人がいないか確認し、ついでに用をたす。

「さ、帰って酒でも飲むか」

手を洗って男性トイレの電気を消した。

いつも通り、ピーピー音が小さく響くだけの、静かな闇でエントランスが満たされる。

と思ったが、次の瞬間、

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ひゅーーー…ん

重さのあるものが少し高い位置から落ちて空を切るような音と、間髪いれず

ガシャァァァァァァァァァァァン!!!

明らかに不自然な衝撃音と振動。

破片が散ったような音も聞いた。

不意打ちにビビったが、あまりの激しい音に、

「事故か?」

と、冷静さが働いた。

正面玄関側から聞こえてきたようだ。

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会社の正面玄関側はすぐ道路なのだが、市内から遠ざかる方向の車線は、高架道路になっている。

その高架から車が降ってきたのか、と思わせるくらいの衝撃だった。

野次馬精神がどこからともなく湧き、帰り道とは反対の正面玄関へと足を向かわせる。

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正面玄関の自動ドアのガラスは、先程の余韻で、まだ、びーんと小刻みに震えていた。

「ん??」

自動ドアのガラス越しに、外に車が停めてあるのが見えた。事故車…ではなさそう。

会社の前に横付けしている。

見た目では完全に、この建物に用事がある者の停め方だ。

暗がりな上に、仕事中以外は裸眼なので、はっきりとは分からなかったが、いわゆる業務用車両っぽい影だった。

と、

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車以外の影に気付く。

ちょうど車の影と重なっていたので認識が遅れたようだ。

えらくゆっくり、こちらに向かってくる人影。

懐中電灯でこちらを照らしている。

体つきの感じからすると、男、か?

自動ドアのすぐそば、そいつの真正面に立っているので、おれの姿は絶対見えているはずなのに、調子を全く変えず、明かりを揺らしながら近づいてくる。

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人なのか?それとも、思ってもみなかった、対話のチャンスが巡ってきた、のか?

自動ドアが開いたらなんて言おうか、「今のは何の音ですか?」かな。

てか、この時間、このドア開くのか?

人じゃなくても開くのか?

脳をぐるぐるさせている間に、人影の足が正面玄関の段差にかかる。

…一段

…二段

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ほとんど、「反射」に近かった。

熱いものに手が触れた際、脳への信号を短縮して、手を引っ込めさせるあれ。

身体の、生命の危機から少しでも遠ざかろうとする、人間の防衛本能。

「関わったらやばい、絶対にやばい!逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ逃げろ!!!!!!」

先に体が動いていた。

脳が追いついて、我にかえったときにはもう、弾け飛ぶように、裏口から会社を出ていたあとだった。

嫌な汗で濡れたワイシャツがまとわりつく。

恐怖というよりは、言いようのない危機感が、汗に混じって、じっとりと残っていた。

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今日ほど、裏口のオートロックに感謝したことはない。

呼吸を少し落ち着けて、裏手から駐車場を抜け、正面玄関の方をのぞいてみた。

駐車場奥は人の身長くらいの木が数本植えてあり、外の道路からのブラインド代わりになっている。木の隙間から除けば正面玄関が遠目に見える。

車は、あった。しかし、

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「車の形が変わっている…?」

ちょうど、視界に入ると同時に発進し、会社を離れていったそれは、裸眼の視力でも認識できるくらい、明らかに別物だった。

ガラス越しにみたのは、少し大きめのバンのような車種だったが、いま離れて行ったのはどう見ても軽自動車だ。

そして、発端となった、音の原因も、辺りを確認してみたが、事故現場はおろか、付近の建物から何かが落下した形跡も、まるで何もない。

錯覚したにしては、五感から得られる情報があまりに多く、あまりに生々しかった。

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この件から2週間ほど経つが、とくに何も変わらず過ごしている。

変わったことといえば、残業が心底嫌になったので、おれの業務効率が若干上がったのと、持ち帰る仕事の量の分、カバンがこれまでより若干重くなったことくらい。

働き方改革が推奨されている昨今、残業なんて、ほんとろくでもない。

「得体の知れないモノ」との交信も、しばらくごめんだ。

Concrete
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