中編7
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アケナイデ

最新のゲーム機と、wi-fi環境があるため、おれの部屋は集会場よろしく、連れが集まる。

ここはとある2階建てアパートの202号室。

大家のじーさんの話だと、数年前に火事があり、リフォームしたばかりなんだそうで、わりと綺麗にしてある。

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けっこう規模の大きな火災だったようで、そのせいか立地のわりに安かったのと、そういうマイナスな話もちゃんと教えてくれるじーさんの人柄に惚れ込み、ここに住んでいる。

事実、このじーさんとは、たまに買い物を手伝ってやったり、街中でばったり会えば世間話をするくらい、もう打ち解けている。

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その日はなんの前触れもなく訪れた。

仕事は休みだった。

ゲーム仲間が数人、夕方から遊びにくる予定だったので、準備を終えて集合を待っていた。

開けた窓から入ってくる夕焼けと風が心地よい。

気持ち良さに、窓に向かって、伸びをした。

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不快な音が割って入ったのは、突然のことだった。

ダダダダダダ、と、表の階段を足早に駆け上がる音。

「なんだ??」

普段から、部屋の中にいても、人がアパートの階段を上がってくれば、音は聞こえる。

ただ、このときのように、振動まで若干伝わってくるような乱暴な上り方をする利用者は、居なかったはず。

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はじめは、ゲーム仲間が来たのかとも思ったが、まだ約束の時間まで30分はある。

それ以前に、時間通りにくる律儀なやつなんて、今日のメンバーには誰ひとりいない。

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さらに不快なのは、『階段を上がってきて、そこから音が止んだ』ことだ。

階段を上ると、すぐ右手が201号室で、上りきった位置の正面にあるのが202号室で、206号室まである。

近くの部屋に入ったなら、ドアの開閉音がするはずだし、歩いて奥の部屋までいけば足音がするが両方ともしない。

抜き足差し足で自分の部屋まで行って、そーっと入った可能性もあるが、あれだけドタバタ上がって来たのに、そこから静かに歩く理由が分からない。

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ということは、

ピンポーン

やっぱりか、202号室のインターホンが鳴る。

ちなみにこの部屋は、インターホンカメラもマイクもなく、旧式の、音が出るだけの仕様だ。

普段、ここ集会場は、おれが部屋に居るときは鍵を開けっ放しにしているので、ゲーム仲間ならこんなことせず勝手に入ってくる。

「なんだ、面倒だな。はーい」

呼びかけに応じ、ドアへ向かおうとする。

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ピシャッ!

「は?」

ドアへ向き直るため、窓に背を向けたとほぼ同時に、勝手に窓が閉まった。

…勝手に閉まった?

なんだこの状況、どうなっている?

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ピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーンピンポーン

ドン、ドンドンドンドンドン

「おおのさーん!大丈夫ですかー!!おおのさーーーん!!」

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いや、表札は出してないが、おれ苗字は伊東なんだが…

大丈夫ですか、て、何が???

窓のことは、まぁ、置いといて、人違いかいたずらの類いかと思うことにした。

「おおのではないですよー」

ドアの方へ声をかけながら向かった。

カメラがないので、覗き穴を使わないと相手が分からない。

穴の前で片目をつぶり、奇妙な訪問者を確かめる。

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「うぉ…」

文字通り、目を疑った。

ぼろぼろになったヘルメットと、こちらも傷と汚れまみれの、分厚そうな生地の作業着。

そして、真っ黒に焼け焦げた顔面。

炭と化し、その役目を果たせなくなった顔の皮膚をはらはらと舞わせて、切迫した様子で必死に訴えている。

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「おおのさーん、おおのさーーーーん!聞こえますかー、大丈夫ですかー!!!」

返事をする気にならなかった。

嫌な汗が全身から吹き出る。

表現しようのない恐怖を感じたせいもあるが…なんだ?

この部屋、こんなに暑かったか…?

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部屋の暑さに気づいたあとで襲ってきたのは、眩暈だった。

「う…あぁ…」

続けて、急に炎天下に放り出されたときのような息苦しさと吐き気。

立っていることが出来なくなった。

身体の芯を失ったかのごとく、玄関にぐしゃりと崩れ落ちる。

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キィ…

訪問者がドアの取っ手に手をかけたようだ。

意識はもう、ぷつりと切れる寸前の糸みたいになっている。

なんとか顔を上げてドアを見る。

取っ手が動くのが目に入った。

と、

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「……アケ……ナイデ…」

ドアと反対側、さっきまでおれが居たあたりから声がした。

ヒューヒューと、もう喉が使い物にならないのに息だけで発したような、苦しそうな声。

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その声が耳に入った瞬間、何故か少しだけ苦痛が和らいだ。

体も動かせそうだ。

うつ伏せだった姿勢から、体勢を変えて、声の方を見る。

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全身真っ黒に焼かれた、見るも無残な姿の少年が居た。

…どうして少年だと分かるのだろう?

どうして表情などもう判別できない状態に爛れた顔が、こんなに哀しそうに見えるのだろう?

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「…アケナイデ」

もう一度、振り絞る声で少年が訪問者へ懇願する。

ドアの取っ手が、元の位置に戻る。

「そうだったな」

訪問者が答えた。

ここでおれは意識を失った。

意識の糸が千切れる直前に、「すまなかった」と、訪問者の声を聞いた気がした。

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次に目が覚めたとき、おれは病院にいた。

ゲーム仲間が訪ねてきて、玄関で倒れているおれを見つけてくれたのだった。

起こしても全く反応がなかったので、慌てて救急車を呼んでくれたらしい。

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医者によると、おれが意識不明だった原因は『一酸化炭素中毒』。

真っ先に自殺未遂を疑われたが、意識を失って倒れただけだと、繰り返し身の潔白を伝えた。

しばらくして無事退院。

命の恩人たちによると、あの日、おれの部屋は何故か「焦げ臭かった気がする」とのことだった。

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無理を承知で、大家のじーさんに火事のことをもう少し聞いてみることにした。

「見た」ことはじーさんに教えなかったが、思いのほか、あっさり追加の情報を教えてくれた。説明責任って、やつかもしれない。

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当時、火災発生の知らせを聞き、出先から戻ったじーさんは、野次馬を掻き分けて、消化活動を見守っていた。

202号室には母1人子1人の母子家庭が入っていて、母が不在の間に出火。避難した住人のなかに子の姿が無かったので、消防士が安否確認へ行った。

消防士が202号室のドアを開け、大爆発が起こったその瞬間を、じーさんは目撃したらしい。

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「可哀想にのぉ…」

轟音とともに、2階の半分ほどが吹っ飛んだそうだ。

バックドラフト。

不完全燃焼の火種に酸素が一気に供給されると、大炎上、酷いと爆発を引き起こす現象だ。

安否確認に行った消防士は担架で運ばれた。

…それ以上詳しいことは、なんとなく聞けなかった。

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退院してきたその日。

何を考えていたのか、正確には覚えていないが、線香と、子どもが好きそうなお菓子をいくつか買って帰った。

別に、成仏させてやろうなんて、たいそうなことは頭になかったはず。

ただ、このままというのが、あまりに不憫に感じたのはよく覚えている。

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賃貸ということもあり、臭いがついてもいけないので台所の換気扇の下で線香を焚いた。お菓子は前に少年がいた辺りに置いてみた。

「辛かったろうな」

燃え落ちる線香の灰を眺めて、呟いた。

目を閉じ、両手を合わせ拝む。

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すると、誰かが肩を叩いた気がした。

目を開けると、先日の訪問者が立っていた。

ヘルメットだけでも充分わかったが、全身ぼろぼろだ。

無言で、いやいやをするように首を振っている。

彼にとって、この行為は良く映らなかったようだ。

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「やっぱおせっかいだったか?」

聞いてみるが、首を振るばかりだ。

少しの間、彼は首を振り続けたが、やがてそれを止め、ドアの方を見る。

そのまますたすたと歩いて、彼はドアをすり抜けて外へ出てしまった。

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なんだったんだ?

なんとなく彼を追い、外に出ようとドアの取っ手に手をかけたとき、

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「アケナイデ」

あの、喉を絞る声が後ろから聞こえた。

振り返ると、少年が居た。

しかし、以前と何か様子が違う。

その足元、手向けたお菓子が、封を切られ、踏み潰され、滅茶苦茶に蹴散らされている!!

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「アケナイデ。アノヒト、ボクノダカラ」

…嗤っている。

人間ができるそれとは到底かけ離れた表情、とでもいうべきだろうか。

抑え込むことの出来ない悪意と狂気が、火傷の傷跡から漏れ出ているようだった。

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…あぁ、そうだった。

なんでもっと早く気づかなかったんだ。

あの日、窓を閉めて空気の逃げ道を断ったのは、コイツだ。

最初から関わっちゃいけなかった。

………

……

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そこからの記憶はぶつ切りになっていて、はっきりしない。

明確なのは、現在、おれは下半身に麻痺を患い、腰から下が動かせなくなったことだけ。

あとで聞いた話だと、部屋で倒れていたのを発見され、病院送りになったが、脳が酸欠になっていた時間が長過ぎて、一部の機能が失われたらしい。

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おれの生活がその後どうなったか、そんなことはこの際どうでもいい。

ただ、どうしても、これだけは伝えておきたい。

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興味本位でこの話を読んでるあんた。

もし、『それっぽいモノ』に出くわしたら、絶対に関わるなよ。

挑発はもちろん、同情も、絶対するな。

話のネタは増えるかもしれないが、「話す」ことが出来なくなっちまったら本末転倒だろ?

こっちの勝算なんて、始めから無いんだから。

つけ込まれるような心の隙間を、絶対、空けるなよ。

Concrete
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