中編7
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スキンケア

部活に捧げた夏。

夢やぶれたおれ達の背中を、夏の夕日が暖かく励ましてくれる。

…引退。

おれ達の夏は、終わった。

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なんてそれぽっく語ると、ちっとは格好つくか?

春が青くさ過ぎて、まじ笑えない。

「バスケしたい」て、それだけで入部したら意外とガチで、ただそんな強くもなくて、惰性でやってた当然の結果、2回戦敗退です、はい。

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そんなこんなで、思い入れもへったくれもない部活を引退することになった。

わりと真面目に朝練から夕練まで参加してたおれにとって、これは「呪縛からの解放」に近い。

受験勉強?いやいやいやいや。

まだ何日あると思ってんのよ。そんなもんよりまずやることがあるでしょ。

そう、「男」を磨かなきゃ、ね。

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長くなったが、すなわち、絶賛思春期、人並みにモテたかった。

ワックスの使い方はだいたい分かった。

次は、練習のため長きに渡り汗へ晒し続け、酷使した代償の、にきび面のリペアだ。

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部活の戦友で、やたらモテるので密かに師匠と仰いでいるイケメンの意見を聞いてみる。

師匠、だなんて本人には絶対言いませんけどね。

ケア方法を聞いてみたところ、試行錯誤の結果、薬やら保湿やらの前に、まずは洗顔フォームから気をつかうことに行き当たった、とのことだった。

こいつ、つくづくその辺の女子よりも女子力たけぇ。今日もお肌キレイですね師匠。

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助言どおり、薬局に行って店員さんに聞いてみることにした。

自分の肌に合うものは、試さないと分からない、ただ、闇雲に探しても遠回りになるので、専門家にオススメを聞くのが近道だ、とのこと。

ってことで、薬局に来たはいいが、いざ店員さんに聞こうとすると、緊張する。

…だって笑顔が素敵な美人のお姉様ばっかりなんですもの。

て、モテたいのに女にビビってどーするのだ、気合いを入れろ。

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なかなか声をかけられない挙動不審者の視線は、黒髪メガネの大人しそうな店員さんを見つけた。

ヘアケアのコーナーで、商品の並びを整えているようだ。

いや、

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よくよく見ると、さっきから、いい匂いがしそうなパッケージのシャンプーだかコンディショナーだかを、棚に置いてはまた手にとる、というのを繰り返している。いま置いた商品をとる、ラベルを見る(成分表示を見ているのか?)、置く、またさっき置いた場所から持ち上げ、手にとり、ラベルを見る…

ずっと同じ動作をしている。

なんだろ、ちょっと気味悪い。

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まぁ、なんにせよ周りに他の店員さんや客がいないので、この人に声をかけることにした。

「あのー、すみませ…」

「はい」

若干食い気味に返事された。

こちらに顔はおろか目も向けず、同じ動作を継続している。

表情や声から、怒ってはなさそうだが、おれには分からない仕事をしていて、まずいタイミングで声をかけたのかも。

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「何かお探しですか」

不意をつかれた。

手にとる、置く、手にとるを続けながら、メガネのお姉さんが聞き返してきた。

相変わらずこっちを向こうとはしない。

「え?あぁ、えっと、ニキビによく効く洗顔フォームを探してて」

すると、たぶん制服だろう、薬局のロゴが入ったエプロンのポケットから、1本のチューブを取り出して渡してくれた。

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濃いブルーの洒落たパッケージだ。

「これ、私も使ってます。オススメですよ」

動作を続けながら、教えてくれた。

店員さんも愛用、これは期待できそう。

確かに、この人ちょっと気味悪いが、近くで見るとニキビどころかシミすらない。

『透き通る素肌』て、こんな感じなのかな?

仕事の邪魔をしても悪いので、お礼を言ってレジに向かった。

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こんな具合で熟考することなく即買いしたわけだが、ふと気になる。

「これどういう洗顔なんだろ?」

見て分かるものでもないが、まずは成分表示を見てみる。

新しく買ったゲームの説明書を読む、みたいな感覚だった。

『天然素材厳選』と表記されている。

オーガニックってやつかな?

もう少し読んでみる。

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「…え?」

聞いたことあるような無いようなカタカナの成分に混じって、場違いな文言を見つける。

『20代前半女性』

いや、ちょっと待て。ネタとしても度が過ぎた悪ふざけじゃねーか。

天然素材って、そういうことなのか?

薄ら寒さに、先程の店員の記憶が重なる。

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あり得ない。

そんなもの日本で売っていいわけないし、薬局側が認めるわけない。第一、こんな堂々と書くか?

導き出した答えは、こうだった。

「たぶん、話題づくりのために書いてんだろ」

は?ビビってねーし、成分表示なんかでビビらねーし。

自分を鼓舞するように啖呵を切って、店員の記憶を頭の隅に追いやった。

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これで実際に試さないと、何かに負けた気がするので、とりあえず使ってみることにした。

一応、ネットでレビューも検索してみる。

スマホがあれば欲しい情報はたいがい手に入る、便利な世の中だ。

商品名で検索すると、すぐにレビューが見つかった。

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覗いたサイトは、泡立ちや洗い上がり、保湿性など、1つの商品にかなり細かく評価基準が設けられている。

その総合点が星の数で評価され、7つがMAX。

おれの買った洗顔は、星6.3(0.3て、何だよ)の高評価だ。

コメントもベタ誉めだ。

成分表示についてのことが何も書かれていなかったのが少し気になったが、ひとまずネットの意見を参考にすることにした。

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そして、この謎洗顔を使って1週間ほど。

成分表示以外は、いたって普通の洗顔だった。

なるほど、肌荒れに効果てきめんだった様子。

どうやら一発目で運命的な出逢いを果たせたらしい、やったぜ。

周りからも「なんか、キレイになったな」と声をかけられることが増えた。

キレイになりたいわけではなかったが、それだけ効果が出ているということだろう。

ただ、何というか、ちょっと顔に違和感を感じるようにもなった。

見えないラップが張り付いているような、異物感がある。

別段、それ以外に痒みや腫れも無いので、気にとめないことにした。

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そんなある日、いつものように風呂で顔を洗おうと、洗顔フォームの中身を出そうとした。

…出てこない。

中身はまだけっこうあるのに、何故か、握っても出てこない。

「詰まったのか?」

握る手に力を込める。

まだ出てこない。

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「この…せいっ!」

やけになり、渾身の握力をぶつける。

グジュ…グジュグジュ…

それまで感じなかった、「柔らかい何かを握り潰す」感触と、耳障りな音。

そして、手のひらには、べっとりとした赤黒い鼻血のような物体が吐き出された。髪の毛のようなものや、固まり損ねたかさぶたみたいなものも混ざっている。

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「う…?」

一瞬、何が起きたのか理解が追いつかなかった。

1テンポ遅れて、視覚が、手に着いた「それ」を認識する。

「な、なんだこれ、気持ち悪い!!」

シャワーで洗い流し、顔は洗わず急いで風呂場をあとにした。

排水口に吸い込まれる水の音が、何者かの呻きに聞こえて、なおさら気持ち悪かった。

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しかし、これだけで収まらなかった。

部屋着をきて、部屋に戻る途中、急に咳が止まらなくなった。

喉に何かが引っかかっている。

「ゔ…ゲホッ、ゲホッ…」

しばらく洗面台に噛り付いて、やっとの思いで、異物を吐き出す。

喉に居たそいつらは、長い髪の毛数本だった。

「な…なんなんだよ、これ」

目を背けるように、顔を上げる。

洗面台の鏡におれが映る。

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違う。誰だこいつは??

鏡に映ったのは全くの別人だ。

前髪が異常に長く、顔が覆われていて見えない。

咄嗟に顔へ手をやる。

髪の毛の感触はなく、顔の皮膚に触れた。

と、気がつくとおれの顔が鏡の中に居た。

ますます意味がわからない。

人間、不思議なもんで、一定のキャパを超えると状況が飲み込めなくなり、恐怖も麻痺するようだ。

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立て続けに理解不能な出来事と遭遇し、鈍麻した感情は、徐々に怒りへと変わった。

おれは全ての異常をあの謎洗顔のせいにした。

洗顔を薬局に突き返し、あの薄気味悪い店員へクレームをぶつけてやることにした。

使用済みかどうかなんて、知ったことか。

その前に、これ以上、犠牲者を増やしてはいけないという正義感と、同じような被害が出ていないのかという疑問から、再度レビューを開いて、全部コメント欄にぶちまけてやろうと思った。

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スマホの検索エンジンに商品名を打ち込み、検索ボタンを押す。

と、

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縲後#菴ソ逕ィ縺ォ髫帙@縺ヲ縲咲函迚ゥ逕ア譚・縺ョ螟ゥ辟カ謌仙?繧帝?蜷医@縺ヲ縺?∪縺吶?縺ァ縲∫ィ?縺ォ蛻?屬繧定オキ縺薙@縺セ縺吶?ゆクュ霄ォ縺悟崋縺セ縺」縺ヲ蜃コ縺ォ縺上¥縺ェ縺」縺溷?エ蜷医?辟。逅?↓蜃コ縺輔★縲∝━縺励¥謠峨s縺ァ譟斐i縺九¥縺励※縺九i縺比スソ逕ィ荳九&縺??ゅ¥繧後$繧後b蜉帙▼縺上〒荳ュ霄ォ繧貞?縺輔↑縺?〒荳九&縺??

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「うわわわわわわわわわわ!!!」

驚いてスマホを放り投げてしまった。

画面いっぱいに意味不明な文字が敷き詰められた。

おかしい、前に検索をかけたときはレビューが見られるサイトが検索結果に出たはず。

文字化けを起こしたっぽいが、検索エンジンの検索ボタンを押して、これが出てくるのは妙だ。

これまでの経験で、『検索結果』に入ろうとして、こんな画面が出たことはある。

だが、検索していきなり文字化けに出くわすのは経験がない。

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「これ以上関わるのはよそう」

洗顔を処分するとことに決めた。

薬局に持ち込んでまた面倒に出くわしたらたまったものでない。

適当なビニール袋と、なんとなく素手で触らない方が良いような気がしたので、ゴム手袋を用意して風呂場へ向かう。

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「うわ…」

例の洗顔は、さっきびっくりして放り投げたのか、浴槽の中に転がっていた。

フタが開いたままになっていた。

チューブはおれが握ったあとよりもさらにぐにゃぐゃに絞られており、浴槽内は髪の毛混じりの鼻血のような液体が飛び散っていた。

おれは無心でそれを処理した。

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翌日から高熱を出し寝込んだ。

頭の悪いおれにって情報処理の追っつかないことが重なったので、知恵熱が出たんだろうと自虐した。

熱が引くまで風呂に入れないが、好都合だ。

しばらく風呂場には寄りつきたくない。

次の洗顔は、成分表示をちゃんと読んでから買うことにしようと思う。

Concrete
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