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長編13
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共生ダイエット

「いや、やっぱ、ムリだわ」

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医療総合商社グッドライフ。

午後八時。

本社ビル五階の渡り廊下に、二人の男女が向かい合い、立っている。

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営業課のホープ岡田慎吾は長身で細身の体躯を居心地悪そうにしながら、天井の辺りを見上げていた。

正面に立つ頭一つ小さなルミは、目玉をギョロギョロさせながら、あんパンのように真ん丸の顔をピンク色に上気させて、俯いたままつぶやく。

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「あ……の……最後に一つ、聞いていいですか?」

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茶髪のサラサラ髪を、しなやかな指でかきあげながら、慎吾は軽くうなずいた。

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「私のどんなところがダメなんでしょうか?」

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慎吾は困ったように眉間にシワを寄せて頭を掻き、面倒くさそうに言った。

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「ルミの性格、好きだよ。それなりに気配りできるし、適度に思いやりもあるし……。

ただ……はっきり言うと、オレ……ポッチャリは苦手なんだわ。生理的にムリ。まじ勘弁。」

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ルミの人生初の告白は、失敗に終わった。

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医療総合商社 グッドライフ

総務課 白鳥ルミ。

三十五歳。独身。

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おにぎりのような輪郭の顔は赤ら顔で、顎と首の境界は明確ではない。

指は赤ちゃんのようだ。

うつむいて爪先の見えないくらいに貫禄の腹に、

異常に成長した桜島ダイコンのような二本の足。

体のパーツの全てがシャレにならないくらい、パンパンで満ち満ちている。

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もちろん過去何度も、ダイエットには挑戦した。

だが、一ヶ月も持たないのだ。

始めた当初は気合いが入っているのだが、テレビのグルメ番組とかをチラリと目にするだけで、ダムが決壊するかのように、あっさりとジャンクフードに手が伸びてしまう。

ルミは自分の意志の弱さを恨んだ。

本気で手首を切ろうか、と、包丁を手にしたことも何度かある。

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─食べたいものを食べながら、痩せるダイエットとかないのかな……

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深夜、スエット姿で自宅のソファーに、トドのように寝そべりながら、ルミはスマホをいじっていた。

すると、ある二行の強烈な青文字が目に飛び込んできた。

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─食べたいものを食べながら痩せるダイエットが、いよいよ日本上陸!─

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半信半疑で文字に指を触れる。

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今までのダイエットに失敗してきた人へ。

食べながら痩せられる奇跡のダイエットが、いよいよ日本上陸!

ダイエットをいろいろ試したが、うまくいかなかったあなた、アメリカはスリムコーポレーション社生まれの「ワームダイエット」をぜひ、お試しください。

始めて一ヶ月で、正にあなたは奇跡を体験することになるはずです。

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魅力的なキャッチコピーのあと、ルミとほとんど変わらないくらいの体躯をした白人や黒人男女の、写真付きの体験話がズラズラ続く。もちろん、目の部分には墨が引いてある。

いわゆる、ビフォー、アフターというやつだ。

皆、同一人か?と疑うように、スレンダーに変身している。

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体験話に続き、さらに、驚きの一行が。

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この度日本進出を記念して、「ワームダイエット」モニターを大募集。

スリムコーポレーション日本支社に直接お越しいたたいた方で先着十名様のみ、この画期的なダイエットを無料で体験することができます。

応募期間は十月一日から十日まで。

ぜひ、このチャンスをお見逃しなく!

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─十月一日から十日。

今日は九月二十八日。まだ間に合う!

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ルミはスリムコーポレーション日本支社の住所を、グーグルマップで何度も確認した。

幸いなことに、彼女の住む市の隣にあるようだ。

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十月一日

ルミは会社に有給を申し出て、休むことにした。

早朝の始発電車に乗り、隣のF 町の駅には朝六時二十分に到着する。

フリルのいっぱいあしらっている黒のドレスに、白のハイソックス。おまけに大きな赤いリボンをしている。

いわゆる、ゴスロリファッションというやつだ。

かなり、痛い。

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十分に下調べをしたおかげで、彼女は一度も迷うことなく、スリムコーポレーション日本支社の入る、駅北側の十階建てテナントビルに到着した。

まだ、七時前だ。

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一階エントランス突き当たりにあるエレベーターに乗り込み、五階で降りる。

支社は、エレベーターを降りて廊下の一番奥にあるのだが、驚いたことに、すでに何人かの男女が、事務所入口ドア前に並んでいた。

数えてみると幸いなことに、六名だ。

最後尾に並んだルミは、ホッと一息つくと、ハンカチで額の汗を拭う。

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定刻の九時に事務所が開くまで行列の人数は増え続け、結局、五十名以上の男女が、事務所のドア前に並んだ。

ネット上の告知通り、先頭から十名までが事務所内に入ることができた。その中には、もちろん、ルミも含まれている。

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「皆さんはとてもラッキーな方々です」

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会議室のような十畳くらいある部屋の長机に、先ほど選ばれた十名が座っている。

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制服姿の女子高生、スーツ姿のサラリーマン風の男性、ボサボサ頭でトレーナーを着た男、その中には、もちろん、ルミの姿もある。

皆一様に、かなり太めだ。

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前の方の雛壇には、山高帽子を被りゴールドの燕尾服を着た、怪しげなマジシャンのような中年男性が立っており、その横側には腰丈くらいの台が置いてあり、白い布が被せてある。

男性が話を続ける。

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「『ワームダイエット』は、スリムコーポレーションのアメリカ本社が独自に開発した全く新しいダイエット法です。それでは皆さん、こちらをご覧ください」

言いながら男性は、横にある台に被せられた白い布を、サッと取り去った。

十名の視線が一点に集まる。

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そこには、小さな水槽があった。

中には八分目まで水が入っている。

そしてその水中を、小指の先くらいのミミズのような生き物が数十匹、泳いでいる。

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「さあ、皆さん、もっと近づいて見てください」

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十名は立ち上がると、各々その小さな透明な容器に近寄り、真剣な眼差しで中身を覗きこむ。

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「この生き物は何ですか?」

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髪を汚ならしく伸ばした小太りの男が尋ねる。

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「これこそが、ダイエットワームなのです!」

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「ダイエットワーム!?」

「そうです。ダイエットワームです。弊社が最先端のバイオテクノロジーを駆使して、十五年の歳月を費やして、産み出した新種の生物なのです」

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「何でこのミミズみたいな生き物が、ダイエットに関係するのですか?」

女子高生が尋ねる。

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「良い質問です」

そう言って男性はニヤリと笑うと、話を続ける。

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「皆さんは『共生』という言葉をご存じですかな?」

「きょうせい?」

「そうです。『共生』です。

かつて大ヒットした映画『ファインディング ニモ』を覚えておられますか?」

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「知ってます、知ってます。カクレクマノミのニモの話でしょう」

女子高生が、嬉しそうに答える。

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「その通り!あの映画の主人公であるニモこそ、『共生』の見本なのです。

ニモはイソギンチャクの毒のある触手にかくれて敵から身をまもることができ、イソギンチャクはニモの食べこぼしの餌などを頂戴し、お互いに得をするような関係、これこそが、win win 『共生』の典型なのです。

あと、草食動物と腸内細菌の関係なども同じような関係、と言われています。

学者によっては、この地球上の全ての生態系は、『共生』で成り立っている、という極論を唱える者もいます」

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「『共生』の話は分かったから、早くおたくの『ワームダイエット』とやらの説明をしてくれよ!」

ボサボサ頭の男がイラつきながら言う。

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山高帽子の男は静かに微笑みながら、

上着のポケットから小さな紙袋を出した。

中から取り出したのは、一枚の生肉。

彼はそれを、台の上の水槽に落とす。

すると、先ほどまであちこち気ままに泳いでいた小さな生き物たちは素早く一気に群がり、生肉を突っつきだした。そして僅か一分ほどで、それは跡形もなく消え失せた。

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「嘘だろう。すげぇ!」

サラリーマン風の男が感嘆の声をあげる。

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「素晴らしい食欲です。このダイエットワームは、人間の食べるものはどんなものでも好き嫌いなしに食べます。しかも、その生命力は強靭です。どのような過酷な環境にも生きていきます。それが人間の体内であっても……」

そう言って、山高帽子の男は意味ありげに微笑んだ。

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「分かったぞ!こいつらを、俺たちの体内に住まわせようということだな」

サラリーマン風の男が嬉しそうに叫ぶ。

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「お察しがよろしいようで。本日皆さんにはこのダイエットワーム数十匹を口中から体内に取り込んでいただきます。あとは今までとおり、お好きなものを好きなだけ食べてもらって結構です。体内に取り込まれた食物はほとんど、ダイエットワームが処理します。

ダイエットワームは食料をもらえ、皆さんは好きなだけ食べながらダイエットができる。

正にwin win の素晴らしい『共生』関係です。 」

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「でも、こんなのを体内に住まわせて、大丈夫なのか?それと、ダイエット以前に、俺たち自身が栄養失調になって死んじまうのじゃないか?」

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「三年ほど前から、一万人以上の米国人が、このダイエットワームを体内に住まわせておりますが、肉体的な異常の報告は一件もありません。

また、ダイエットワームがいくら食欲旺盛といっても、全てを平らげることは無理です。皆さんは最低限生命を維持できるくらいの栄養くらいは補充できます。

まあ、辞退されるのも結構ですよ。今ならまだ間に合います。私でなはく、あなた方の大事な体ですからね

ただ、このまま帰られると明日からまた、相変わらずの自堕落な毎日が皆さんには待ち受けていますよ」

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十名は、男の言葉に返す言葉がなかった。

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結局、十名全員がそれぞれ、ダイエットワームを、

十匹づつ、飲みこむことになった。

そして最後に、怪しげなマジシャン風の男は、次のようなことを言った。

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「これで、皆さんは一年もしないうちに、新しい自分を手に入れることになります。

ただ、二つ約束していただきたいことがあります。なに、簡単なことです。

一つは、帰り際に、皆さんそれぞれの全身写真を撮らせてください。それから今日の夜から毎日、皆さんそれぞれのダイエットの記録を記入していってください。そして一年後に、その記録をその時の全身写真と一緒に弊社に提出してください。

それからもう一つは、これからもずっと食事は今まで通り毎日三食必ずとるということです。

三食ですよ!必ずお願いします。

この二つです。

それでは皆さん、本日はお疲れ様でした。」

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ルミは自宅マンションに帰り、風呂に入ると、脱衣場の体重計に乗ってみる。

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百三キロ。

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それから、洗面台の姿見を見た。

そこには、いつもと変わらない自分の姿がある。

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─いつもと同じ……。そりゃあ、そうよね。そんなに早く体重なんか減るはずかないよね。

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彼女は苦笑して今日の体重を日記に記載してから、ベッドに入った。

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十月一日 かなり肌寒さの感じられる深夜零時のことだった。

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……

それから、あっという間に三ヶ月が経過した。

ルミは相変わらず好きなものを好きなだけ食べる、いつも通りの生活パターンを毎日繰り返していた。

だが驚くことに、一ヶ月過ぎるころから体重は急降下し始めた。

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十一月一日 七十八キロ。二十五キロ減

十一月二十日 七十キロ。三十三キロ減

十二月十日 六十五キロ。三十八キロ減

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そして、とうとう、年末の大晦日には、六十キロにまでなっていた。十月一日にスタートしてから、四十キロ以上の減量に成功したのだ。

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そして、半年が経過した。

三月一日の体重 五十二キロ。 五十一キロ減

これで当初のおよそ半分になったことになる。

当然見た目は完全に別人のように変貌していた。

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細面の色白な、目鼻立ちのはっきりした顔と細い首。

もちろん顎と首のメリハリもはっきりしている。

そして、白魚のような優しげで滑らかな指。

腹はほとんど出ておらず、ペタンコである。

脚はカモシカのように細くしなやかだ。

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会社の人間、特に同じ総務課の社員たちの驚きようは、半端なかった。

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「あなた、本当に、あの白鳥さん?」

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まじまじと顔を見て、あからさまに聞く失礼な者もいた。

そして、あの岡田慎吾も。

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「ルミ、もし良かったら、今度一緒にご飯でもどうかな?」

「うん、考えとくね!」

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立場は完全に逆転していた。

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こんなにも劇的に変身したルミだったが、彼女はまだ、満足していなかった。

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─こんなことで安心していたら、ダメよ。

いつまた元の自分に戻ってしまうか、分からない。そうだ、毎日三食なんか食べるからダメなのよ。明日から朝昼の二食にしよう!

彼女は食事の回数を減らすことにした。

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その頃からだ。ルミの体に異変が起き始めたのは。

最初は、軽い吐き気やめまい程度だった。

それから日に日に衰弱していき、頬が痩け、目の下に青黒い隈ができた。

一ヶ月経つ頃には、体はスレンダーどころか、簡単に折れそうな枝のようになってしまい、まるで、アフリカの難民のような外観に変わり果ててしまった。

会社も休みがちになっていた。

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それは、そろそろ桜の開花が始まる頃のこと。

仕事を終え、自宅マンションに帰ったルミは、念入りに体を洗った。というのは、明日は憧れの岡田慎吾と、デートなのだ。

体重計に乗ってみる。

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三十一キロ。

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彼女の体重は、最初の頃の三分の一以下になっていた。

チラリと洗面台の姿見に目をやる。

豊満だった胸はペタンコになり、くっきりあばら骨が浮き上がっている。

首は片手で握れそうなくらいになっている。

化粧を落とした顔は、疲れはてた老婆のようだ。

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すると突然、猛烈な吐き気を催した。

ルミは慌てて洗面台の前に行き、激しく嘔吐した。

昼のランチに食べたうどんの麺が二、三本出て、うす黄色い胃液がだらだらと続く。

その後、とんでもないものが二、三飛び出してきた。

白い陶器の流しの上で、それらは粋の良い魚のように、ピチピチ跳ねている。

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「え?……何これ?」

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それは、あのスリムコーポレーションで見た「ダイエットワーム」だった。

小指の先くらいだったのが、なんと五センチほどになっている。灰色のヌメヌメしたヘビのような体躯を、にょろにょろくねらせては、元気に跳ねている。

よく見ると、蠅のような顔をしていて、口の周りは、透明の触覚のような突起が無数に生えている。

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─こんなのが、私のお腹の中にいたの?

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ルミは、目の前で蠢く生き物たちを、がく然としながら眺めていた。

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翌日の日曜日は雲一つなく晴れ渡り、朝から気持ちの良い陽気だった。

ルミは、去年の冬のボーナスで買った薄いピンクのワンピースを着て、出掛けた。

慎吾とは昼前に隣町のF 駅で待ち合わせ、一緒にランチをすることにしていた。

約束の時間に行くと、既に慎吾は来ていた。

白のTシャツの上から紺色の薄手のジャケットに、ジーパン姿。長身で細身だから、よく似合う。

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「駅の北側に、パスタの美味しいイタリア料理の店があるんだけど、そこでいいかな?」

「うん」

慎吾の提案を受け入れないはずがないルミだった。

ドキドキしながら、広い背中に従う。

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慎吾お薦めのイタリアンレストランは、繁華街の商業ビル一階にあり、日曜日ということもあって、店内はほとんど満席だ。

しょうがないので二人は、お店の外側にいくつか並べてある、かわいいパラソル付きの丸テーブルに座る。

晴天だから、そんな場所でも全く問題はなかった。

オーダーを頼み、十分ほど待つと、二人の目の前には、白い皿に盛られた熱々のパスタが置かれる。

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二人は出来立てのパスタを食べながら、いろいろなよもやま話をしていた。

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パスタから立ち上がる白い湯気の隙間から覗く、慎吾の笑顔。

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どこからか吹いてくる、心地好い春の風。

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周囲の風景は皆、活き活きと輝いていて、ルミは大げさではなく、人生最上の瞬間を味わっていた。

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だが、それも食べ始めてから五分までだった。

また昨晩と同じ強烈な吐き気がルミを襲い、彼女は思わず片手で口元を押さえた。

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「どうしたの?」

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慎吾が心配げにルミの顔を覗く。

彼女は眉間にシワを寄せながら大きく目を見開き、片手で口を押さえたまま立ち上がると、最後はとうとう我慢出来ず上を向いた。

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「うう……おおおお……ああああ……ぁぁぁぁ」

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奇妙な悲鳴をあげながら、天を掴むように両腕を上げた次の瞬間だ。

まるで噴水のように口から、うす黄色い胃液とともにパスタが噴き出され、一緒にあの気味の悪い生き物数匹も飛び出してきた。

それは、ルミのドレスや、テーブルや、そして、慎吾の洋服までにも飛び散った。

周囲の客たちも異変に気付いたようで、皆真剣な表情でルミの様子を見守っている。立ち上がって見ている者もいた。道行く人も足を止めている。

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慎吾が唖然として固まっていると、ルミは放心状態のままドスンと椅子に座る。

そして上を向きポカンと口を開いたまま二度三度と痙攣を起こした後、ガクンと意識を失った。

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「お、お客様……だ、大丈夫ですか?」

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若い女の子の店員が心配げにルミに近づく。

我に戻った慎吾も立ち上がり、彼女の側に行こうとしたときだ。

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「きゃああああ!」

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耳をつんざくような悲鳴をあげて、店員がしりもちをついた。

慎吾も目を大きく見開き、思わず後退りする。

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ポッカリと開いたルミの口の中から、奇妙な生き物が顔を覗かせている。

その面構えは蠅そのもので、口の周りに無数にある透明の突起をうにょうにょ動かしながら、ゆっくりと外に出始めだした。Lサイズの水筒位の大きさのヌメヌメした灰色の体躯を光らせながら、ルミのドレスをスルスルつたってテーブルに降りると、大きな眼の上の二本の触覚を動かしながら、皿の上に残ったパスタに近づくと、無数の突起でムシャリムシャリと食べ始める。

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周囲の者たちは呆然とその様子を見守っていた。

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