「ねえ、おにいちゃんそこでなにしてるの?」
寝袋の中。俺の鼻筋をあぶら汗が伝う。研ぎ澄まされた聴覚がついにその声をとらえた。
ついにきた!出ると噂の廃墟などをまわること早二年。定点カメラを設置して泊まるだけという画的には何にも面白くない作業を、俺は飽きる事なく今日まで続けてきた。
たいした趣味もなく人付き合いも苦手な俺が暇を潰すために見つけた悪趣味。それがこれだ。
誰もいない場所で何か映ればオバケがいるということになる。別にいなければそれでもいい。そんな緩い気持ちで始めたのだが、いつしか俺も意地になり休みのほとんどをあちこちの廃墟泊まりに費やしてきた。
そして今、こんな山奥の誰もいない病院の廃墟で、俺に声をかけてくる何者かに出くわした。この状況で足音も立てずに俺に近づいて声をかけられる人間などいるはずがない。
声は小さくてかすれていたが恐らく年端もいかない女の子のものだろう。これは姿を見ずして確定した。全身に鳥肌が立った。
いた!やはり幽霊はいたのだ!
これで俺の二年間が無駄にならずにすんだ。よし証拠を掴め!俺はそう考えた。
だが相手はマジもんの幽霊だ。いかんせん常識の外の産物。もしかしたら定点カメラにその姿が映っていない可能性だって考えられる。
これは、しっかりとこの目で確認するしかない。俺は寝袋のジッパーに手を当てた。
なぜか心臓が張り裂けそうなくらいに痛む。俺はここへきて自分が物凄い恐怖を感じていることにやっと気付いた。手が震えて言うことをきかないのが何よりの証拠だ。
ダメだ、止まるな!見るんだ!この気配が消えてしまわないうちにこの目でしっかりと!
自分を奮い立たせながらジッパーを数センチ下げたところで俺の目に飛び込んできたものは、今か今かと寝袋を覗き込んでいる両目をひん剥いた女の子の姿だった。
大きな黒目に肌は透き通るように白い。一見、生きているようにも見えなくはないが、この子から正気なんてものは微塵も感じない。間違いなく生者ではない、
「ねえ、遊ぼう?」
笑みを浮かべたその子の口からそんな言葉が漏れた。俺はそこで意識を失っ…えれたらどれだけ幸せだったろう…
俺はその後、寝袋から引きづり出されて朝までくだらないお遊びに付き合わされた。にらめっこ、ゴム跳び、お医者さんごっこにおままごと…
「はい、あなた。お弁当♡」
と、渡されたのはカエルの死骸。俺は食ったフリをしてセロ顔負けの早業でそれを見えない場所に処分した。
しらじらと夜が明けてきた頃、女の子は俺の目を見て「ありがとう、楽しかったよおにいちゃん」と微笑んでくれた。
白い肌がぼろぼろとめくれて、目玉がずり落ち、まるで骸骨のようになったところで女の子は消えた。
その後、俺はあそこで見たことを今まで誰にも話した事はない。なぜなら証拠がないからだ。
つまり、定点カメラには案の定、三十を過ぎたいいオッさんが一人でお医者さんごっこやおままごとをするといった奇妙な画しか残されていなかったという事だ。
あんな思いまでしたのに、非常に残念だ。
…
追記
俺はそれ以降、幽霊を追うという悪趣味から足を洗い、今は日々伝説のポケモンを追うという充実した?毎日を送っている。
そしてなんとその趣味がこうじて知り合った一人の女性と来月には結婚も控えている。そのお腹には俺たちの子供も。
ふとした時に、できたら女の子がいいなと妄想してしまう。奥さんに似て、黒目が大きな子ならなお良し。
もちろん娘が望むならお医者さんごっこだって、おままごとだって、何だって喜んで付き合ってやるつもりだ。
カエルの干物だけは勘弁だがね。
了
作者ロビンⓂ︎