真夜中に目が覚めた。
そして、一番初めに思った事。
「何かが可笑しい」
身体を起こし、自分の部屋を見渡す。
自分以外誰もいない、寝る前と変わらない部屋に安心し、ほっとした。
「気のせいか」
そう思う事にして、再び眠りにつこうとしたが、喉が渇いていた。
「起きてしまったし、水でも飲むか」
暖かい布団を出て、リビングへと向かう。
そして、リビングへと続くドアに手を掛け、開けると、目が暗闇に慣れていない為、真っ暗であった。
「スイッチは何処だろ?」
壁に手を這わせ、スイッチを探す。
やがて突起物を見つけ、押してみると、数回の明滅の後、リビングが光で満たされた。
寝起きの為、光に目が眩んだ。
両手で目を覆い、少しずつ瞬きを繰り返すと、徐々に目が光に慣れてきた。
「そろそろ大丈夫かな」
そう思い、覆っていた両手を下ろすと、とても大丈夫じゃない光景が広がっていた。
何故か、リビングにある椅子の全てが、逆さまになっていた。
荒らしたように逆さまに置かれている訳ではなく、寝る前に見た時と同じ位置に、綺麗に逆さまに置かれていた。
家のセキュリティは作動していない。
となると、やったのは、家族の誰か。
または、セキュリティなど関係ない、何か。
驚きのせいか、眠さのせいか、あまり深く考える気が起きない。
「取り敢えず、直しとくか」
そう思い、逆さまになった椅子を戻しながら、
「朝になったら、家族に話そう」
と心に決めた。
全ての椅子を戻し終え、最初の目的だった水を飲み、喉を潤した後、私は再び眠りに落ちた。
朝。
家族に逆さの椅子の事を話すと、やはり誰もやっていないと言った。
「誰が、何のために?」
家族で話し合ったが、結局思い当たる事はなく、答えは分からないままだった。
次の日の朝。
「椅子が、逆さまになっているのだろうか」
と、家族の誰もが思っていたが、椅子は逆さまにはなっていなかった。
さらに次の日の朝も。
一週間程、家族で警戒していたが、椅子が逆さまになっている事はなかった。
翌週も、翌々週も、椅子が逆さまになる事はなく、家族の警戒心は、徐々に薄れていった。
椅子が逆さまになっていたという、出来事すらも、忘れかけていた、ある日。
疲れていた私は、リビングの隣にある、和室で寝てしまっていた。
「少しだけ」
と、横になった瞬間、寝てしまったのだろう。
それ以降の記憶がない。
「起きなければ」
と思いはするが、眠たさに負け、身体がなかなか動かない。
目を覚ます為に寝返りをうつと、暗闇の中に隣のリビングがうっすらと見えた。
リビングに置かれた、テーブルと椅子が、ぼんやりと見えた所で、また眠気が襲ってきたので、瞼を閉じてしまった。
その日は風が強い日だった。
風が吹く度に、家が軋んだ音をたてる。
外の風の音と、家鳴りを聞きながら、なんとか眠ってしまわないよう、意識を繋ぎ止める。
睡魔と戦っていた時、
「コツン」
と、床に何かが触れたような音がした。
「ん?」
疑問に思い瞼を開けると、暗闇の中に、ぼんやりと、リビングのテーブルと椅子が見えた。
そして、そこですぐに違和感に気づいた。
今自分が寝ている場所から、一番奥の椅子が宙に浮いていたからである。
目を凝らすと、宙に浮いている椅子の所に、真っ暗な空間よりも、さらに黒く暗い、人のようなものがいた。
それが宙に浮いた椅子の向きを変え、逆さにし、床に置いていた。
逆さになった椅子が床に触れた時、
「コツン」
という、音が鳴った。
「この音は、椅子が床にあたる音だったのか」
と納得した。
よく見ると、たった今逆さになった椅子の隣にあった椅子も、逆さになっていた。
椅子を逆さにし終えると、黒い人のようなものは移動し、逆さになっていない椅子を宙に浮かせては、逆さにしていった。
見ていると、まるで探し物をしているみたいだった。
つい、
「探し物?」
と、半分寝ぼけていたせいか、言ってしまった。
すると、黒い人のようなものは、身震いした後、素早く移動し、壁の中へ消えてしまった。
そして、宙に浮き、逆さになりかけていた椅子が落下し、眠気を吹き飛ばす、良い目覚ましとなった。
その日から、引っ越しをするまでの間、もう二度と、黒い人のようなものに会うことはなかった。
その家が今、どうなっているかは分からないが、もしかしたら、まだ、黒い人のようなものは椅子を逆さにし続けているかもしれない。
作者セラ
お久しぶりの投稿となりました。
忙しい夏が終わり、すっかり秋になってしまいました。
今回も誤字、脱字等ありましたら、ごめんなさいm(__)m