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中編4
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逆さ椅子

真夜中に目が覚めた。

そして、一番初めに思った事。

「何かが可笑しい」

身体を起こし、自分の部屋を見渡す。

自分以外誰もいない、寝る前と変わらない部屋に安心し、ほっとした。

「気のせいか」

そう思う事にして、再び眠りにつこうとしたが、喉が渇いていた。

「起きてしまったし、水でも飲むか」

暖かい布団を出て、リビングへと向かう。

そして、リビングへと続くドアに手を掛け、開けると、目が暗闇に慣れていない為、真っ暗であった。

「スイッチは何処だろ?」

壁に手を這わせ、スイッチを探す。

やがて突起物を見つけ、押してみると、数回の明滅の後、リビングが光で満たされた。

寝起きの為、光に目が眩んだ。

両手で目を覆い、少しずつ瞬きを繰り返すと、徐々に目が光に慣れてきた。

「そろそろ大丈夫かな」

そう思い、覆っていた両手を下ろすと、とても大丈夫じゃない光景が広がっていた。

何故か、リビングにある椅子の全てが、逆さまになっていた。

荒らしたように逆さまに置かれている訳ではなく、寝る前に見た時と同じ位置に、綺麗に逆さまに置かれていた。

家のセキュリティは作動していない。

となると、やったのは、家族の誰か。

または、セキュリティなど関係ない、何か。

驚きのせいか、眠さのせいか、あまり深く考える気が起きない。

「取り敢えず、直しとくか」

そう思い、逆さまになった椅子を戻しながら、

「朝になったら、家族に話そう」

と心に決めた。

全ての椅子を戻し終え、最初の目的だった水を飲み、喉を潤した後、私は再び眠りに落ちた。

朝。

家族に逆さの椅子の事を話すと、やはり誰もやっていないと言った。

「誰が、何のために?」

家族で話し合ったが、結局思い当たる事はなく、答えは分からないままだった。

次の日の朝。

「椅子が、逆さまになっているのだろうか」

と、家族の誰もが思っていたが、椅子は逆さまにはなっていなかった。

さらに次の日の朝も。

一週間程、家族で警戒していたが、椅子が逆さまになっている事はなかった。

翌週も、翌々週も、椅子が逆さまになる事はなく、家族の警戒心は、徐々に薄れていった。

椅子が逆さまになっていたという、出来事すらも、忘れかけていた、ある日。

疲れていた私は、リビングの隣にある、和室で寝てしまっていた。

「少しだけ」

と、横になった瞬間、寝てしまったのだろう。

それ以降の記憶がない。

「起きなければ」

と思いはするが、眠たさに負け、身体がなかなか動かない。

目を覚ます為に寝返りをうつと、暗闇の中に隣のリビングがうっすらと見えた。

リビングに置かれた、テーブルと椅子が、ぼんやりと見えた所で、また眠気が襲ってきたので、瞼を閉じてしまった。

その日は風が強い日だった。

風が吹く度に、家が軋んだ音をたてる。

外の風の音と、家鳴りを聞きながら、なんとか眠ってしまわないよう、意識を繋ぎ止める。

睡魔と戦っていた時、

「コツン」

と、床に何かが触れたような音がした。

「ん?」

疑問に思い瞼を開けると、暗闇の中に、ぼんやりと、リビングのテーブルと椅子が見えた。

そして、そこですぐに違和感に気づいた。

今自分が寝ている場所から、一番奥の椅子が宙に浮いていたからである。

目を凝らすと、宙に浮いている椅子の所に、真っ暗な空間よりも、さらに黒く暗い、人のようなものがいた。

それが宙に浮いた椅子の向きを変え、逆さにし、床に置いていた。

逆さになった椅子が床に触れた時、

「コツン」

という、音が鳴った。

「この音は、椅子が床にあたる音だったのか」

と納得した。

よく見ると、たった今逆さになった椅子の隣にあった椅子も、逆さになっていた。

椅子を逆さにし終えると、黒い人のようなものは移動し、逆さになっていない椅子を宙に浮かせては、逆さにしていった。

見ていると、まるで探し物をしているみたいだった。

つい、

「探し物?」

と、半分寝ぼけていたせいか、言ってしまった。

すると、黒い人のようなものは、身震いした後、素早く移動し、壁の中へ消えてしまった。

そして、宙に浮き、逆さになりかけていた椅子が落下し、眠気を吹き飛ばす、良い目覚ましとなった。

その日から、引っ越しをするまでの間、もう二度と、黒い人のようなものに会うことはなかった。

その家が今、どうなっているかは分からないが、もしかしたら、まだ、黒い人のようなものは椅子を逆さにし続けているかもしれない。

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