中編7
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ない…

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これは初めて一人暮らしをした時に、社宅で体験した話です。

「1ヶ月間なんだけど、県外の店舗に応援に行ってくれない?」

ある日、いつも通りに会社に着くと、いきなり呼び出され、店長に言われた言葉です。

県外の店舗が人手不足なのは、会社内の噂で聞いていたし、その店舗にいる同期の友人からも聞いていたので、知っていました。

つい先日も同期と連絡を取っていた時、人手不足の話で盛り上がっていました。

その時に、

「もしかしたら私(セラ)が応援に行くかも」なんて話していたので、店長から話があった時は納得と、先日話していたことが叶ったという驚きがありました。

県外で一人暮らしは初めての体験だったので、不安はありましたが、家電つきの社宅を貸してもらえるし、同期もいるから大丈夫と思い、私は行くことにしました。

引っ越しの準備は順調に進み、気がつけば応援先の店舗に挨拶に訪れていました。

一通り挨拶を済まし、これから住む第二の我が家に向かいます。

店舗からは車で20分くらい、途中にコンビニやスーパーもあるし、なかなか良いところだなと思いながら、我が家になる社宅に着きました。

「久しぶり」

社宅には先に同期の友人が到着していました。

「久しぶりだね、今日は手伝いに来てくれて、ありがとう」

「いいよ、暇だったし。でも本当に応援に来るとは、驚いたよ」

「私も驚いたよ。」

そんな会話をしながら、これから住む部屋に向かいました。

部屋を開けた時の第一印象は、「想像より綺麗」でした。

1LDKの家電つき社宅。

以外と凄いと友人と言いながら、奥の部屋に向かいます。

目の前にドアが1つ。間取は6畳の部屋。

この部屋は寝室にしようと思っていました。

「さすがに、この部屋には家電はないよね」

そう言いながら、ドアを開けました。

何も置かれていない、少し寂しい部屋が見えます。

「やっぱり何もない」

そう言おうとした時に、部屋の隅に視線がいきました。

そこには書類棚がありました。

引き出しは3つしかない、小さな書類棚です。

「棚がある」

「前に住んでた人が置いていったのかな」

そんな事を言いながら、書類棚を触りながら見ていると、不思議な事に気がつきました。

3つある引き出しの真ん中の引き出しだけが開きません。

「なんで開かないの」

友人はなんとか開けようと、必死に引っ張っています。

その様を見ながら書類棚をよく見ると、開かない引き出しの隙間が、接着剤のようなもので固められていることがわかりました。

それに気づいた友人は、あとで使う予定だったマイナスドライバーを持ってきて、隙間の接着剤を剥がし始めました。

「別に剥がさなくていいよ、開かなかったら、そのまま使うから。」

そうは言ったものの、友人は止める気はないようで、

「何かお宝があるかも、機密文書とか」

など言いながら、剥がす作業を続けています。

楽しんでいる友人を止める理由もないので、私は持ってきた荷物を部屋へと運び、使えるように配置することにしました。

短い期間なので、荷物はそんなに多くは持ってきていません。

二時間ほどで第二の我が家は完成しました。

部屋を見ながら、買い出しリストを考えていると、

「開いたー」

と言う友人の声が、寝室から聞こえました。

寝室に向かうと、満足そうな友人と散らかった接着剤の欠片が視界に入りました。

あとで掃除だなと思いながら、開いたらしい引き出しに手をかけ、引き開けました。

「何も入ってない」

引き出しは長い時間、接着剤で塞がっていたせいか、若干開きにくくなっていたぐらいで、中には何も入っていませんでした。

「やっぱり入ってないか、まぁ機密文書なんか出てきたら、セラの命が危ないよね」

と言いながら、友人は笑っていました。

「機密文書出てきて命狙われたら、貴方も巻き込むから、よろしくね」

「やだよー」

などとお互いに冗談をいいながら、笑っていました。

そのあと掃除をして、夕食を食べた後、友人は帰っていきました。

私も明日から仕事もあるし、疲れていたので、その日は早めに寝ました。

仕事初日は大変疲れました。

必要な物の場所や教えてもらった事をメモしたり、職場の人の名前と顔を覚えたり、久々に頭をフルに使いました。

「ただいま」

一人暮らしなので、当然返事は返ってきません。

実家なら親がいるのにと、若干ホームシックに陥りながら、夕食の準備を始めました。

夕食を食べ、身の回りの支度をして、寝る準備に入ります。

「今日はたくさん書類を貰ったな」

書類を整理しながら、寝室へと向かいます。

寝室に入りベッドに腰かけ、暫く書類に目を通した後、書類から顔を上げると、書類棚が視界に入りました。

置く場所は悩みましたが、ベッドから少し離れた場所に置くことに決めました。

「ちょうどいいから、書類入れとして使おう」

そう思い、書類は上から三段目の引き出しに入れました。

一段目は既に小物関係を入れていました。

二段目でも良かったのですが、何となく入れたい気分ではなかった事と、引き出しが開けづらい事もあり、何も入れませんでした。

書類を片付け終えた頃、ちょうど睡魔にも襲われ始めたので、寝ることにしました。

翌朝、二度寝に誘う睡魔に打ち勝ち、起きることに成功した私は、リビングに向かおうとしました。

目を軽く擦りながら、部屋のドアへと視線を向けた時、不思議に思う光景が視界に入りました。

書類棚の二段目だけが、半分開いていました。

その時はあまり深く考えず、

「昨日整理してる時に、閉め忘れたのだろう」

ぐらいに考えて、閉めていきました。

仕事二日目も覚える事が多く、帰って来た時にはクタクタで、早めに寝ることにしました。

戸締り等を確認し、ベッドに倒れ込みました。

睡魔に襲われながら、もう一度書類棚を見ます。

引き出しは全て閉まっていました。

その事を確認し、私は深い眠りに落ちていきました。

翌朝、また二度寝の誘惑に打ち勝った私は、リビングに向かおうとします。

そして目をドアの方に向けた時、私は驚きました。

「開いてる」

二段目の引き出しだけが、開いていました。

昨日の夜に閉まっている事を確認したのに。

夜中に引き出しを開けた記憶はありません。

自然に開いた事も考えましたが、二段目は開けづらく、力を込めないと開かないので、不可能なはずです。

不思議に少し不気味に思いながら、引き出しを閉めました。

三日目も仕事に追われ、帰宅時には疲れ果てていました。

ですが唯一の救いがありました。

それは明日が休日だということ。

「休みだー」

その喜びのまま夕食を作り、片付けを終えて、ゆっくりと自由な時間を楽しみます。

「明日は何をしようかな」

とやりたい事を考えながら、身支度を整え、あとは寝るだけです。

考え事をしながら、ベッドでゴロゴロ出来る至福の時間を楽しんでいました。

長く楽しむつもりでしたが、三日間の疲れが溜まっていたのか、自分でも気づかぬ内に寝ていました。

夜中、寒さで目を覚ましました。

布団にしっかり入らずに寝ていたので、当然でした。

今度はしっかり入り、もう一度眠りに着こうとした時でした。

ペタッペタッとリビングから足音らしき音が聞こえました。

隣の人の音かと思いましたが、それにしてはハッキリと聞こえます。

外は晴れていたので、雨や風ではなさそうです。

泥棒かもしれないなどと考えていたら、足音は次第に近づいてきて、寝室にまで及びました。

ペタッペタッと足音がベッドの側を通りすぎていきます。

近づいた時の気配で、これは生きてる人ではないと完全に分かりました。

壁を向いて寝ているので、分かるのは気配と足音だけです。

「このまま寝てしまおう」

そう思い、深く布団に潜ろうと身動ぎをすると、気配と足音が消えました。

「いきなり消えた」

そう思いながら、壁へと向けていた視線を、部屋へと向けるべく、恐る恐る寝返りをしました。

部屋には何もいませんでした。

安心し目を瞑ります。

睡魔もやって来て、もう少しで寝れそうだった時、

また気配とペタッペタッと足音がやって来ました。

「また来た」

睡眠を邪魔された憤りと、変わらぬ足音にうんざりしながら、気配を追います。

すると寝室を歩く何かは、部屋を円を描くように歩いていることが分かりました。

ペタッペタッという足音をどれくらい聞いていたのでしょうか。

足音に慣れてきて、このまま眠れそうになっていた時、足音が止みました。

足音は止みましたが、何かの気配はありました。

何かは書類棚の前にいました。

するとズッズッと何かを引きずり開けるような音が聞こえました。

私は瞑っていた目を少し開け、書類棚を見ました。

驚いたことに、書類棚の二段目が少しずつ開いていきます。

ズッズッという音と共に開いていき、半分辺りまで開いた時、音が止みました。

暫く沈黙が続いた後、

「ない…」

そう言い書類棚の前にいた何かは消えました。

怖くなり暫く起きていましたが、そのあと何かは来ることはなく、気がつけば私は寝ていました。

翌朝、目を覚まし一番に書類棚を見ました。

やはり二段目が半分開いていたので、夜の出来事を確信した私は友人に連絡をして、その日の昼には引っ越しをしました。

新しい住居が見つかるまでは、友人の家に住むことになりました。

~~~~~

一人暮らしを終えて、今思うこと。

社宅だからと油断しない。

置いてあるものには触らない。

閉じてあるものは開けない。

など学ぶ事がたくさんありました。

一番気になっている事は、結局あれは何だったのかという事です。

一体何を探していたのか、今もまだ探し続けているのでしょうか。

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