「なぁ、最近地震多くね?」
「ング、そうだなぁ」
突然のハルトの問いかけに、タクヤは名物の餃子をビールで流しこんで答える。
ここの餃子はうまい。
ニンニクを全く使わずにこの味。接客業をやってる者にはとても有り難い。平日の18時までは一皿200円で食えるとあって、密かな賑わいを見せる。
「おい、ちゃんと聞けよ」
次の餃子に箸を伸ばしているところで皿を引っ込められた。生返事だったのが気に入らなかったらしい。とりあえず箸を置いてタクヤは答える。
「聞いてるよ、地震多いなって話だろ?」
「そうだよ、こないだも九州の方ででかいのあったろ。」
「ああ、あったなー。それがどうかしたのか?」
「どうしたのかって…まぁそうなんだけどさ、いよいよ巨大地震とか、起きそうだなって思ってさ」
タクヤは何だそんなことかとでも言うかのように片肘をついてビールをぐびりと飲んだ。
このタクヤとハルト、大学の時にサークルで知り合ってからなんだかんだ10年来の付き合いだった。
法学部出身で小さな弁護士事務所に勤めるタクヤ。
冷徹で切れ味の鋭い語り口で先輩からも一目置かれている。
彼は弁護士業を「接客業」と語る。クールだが、思いやりは人一倍。クライアントからそう見えるように行動している。今のところ順調だ。
工学部出身で建築に携わるハルト。
先の会話でもわかるようにやや心配性だ。タクヤからは、理系なのに根拠のない心配をしすぎなんだとよく小突かれている。そのくせ変なところで理屈屋で、例えば霊的なものに対しても「いないことを証明できてないなら存在を否定できない」と考えてしまうタイプだ。ちなみに超甘党。容姿も甘い。
「でさ、俺ちょっと考えたんだよね」
「何を」
「地震を止める方法」
「地震って南海トラフ地震をか?」
「そうそう」
「ふぅん」
小さめの餃子を二ついっぺんに口に入れる。
「おいおい、もうちょっと褒めてくれてもいいんじゃね?マジもんだったら何人の命が救われるかわかんねーよ?」
「お前の口から出る言葉じゃねーなw人救いたいなら今からでも医者になれって」
「お前俺が血を見るのダメなのわかってんだろ。いやそうじゃなくてさ」
「はいはい、ハルト先生のご意見をたまわることにいたしましょうかね」
キッと一瞬タクヤを睨みつけ、ハルトはカルーアミルクで喉を潤す。反射的にタクヤもビールを口に含んだ。
(餃子にカルーアなんて、相変わらずだな…)
初めて見たときは逆に胸焼けしそうだった。
「でっかい地震を起こさない方法はな、地震を起こすことなんだと思うんだよね」
わけのわからない理屈に、タクヤの眉間にシワがよる。慌てて言葉をつなぐハルト。
「地震って要は地殻の歪だろ?だから、でっかく歪んでしまう前にガス抜きをするっつーかさ、軽い地震を人為的に起こしてやればいいんじゃないかって思うわけ」
「ああ、そういうことね。ありそうでなかったかもな。」
「だろ!昨夜飯食いながらふと降りてきたんだよ!」
「で、その人為的な地震とやらはどうやるんだ?」
「それはほら、頭のイイ学者様に考えていただいて」
「なんだそりゃ、ただ言うだけかよw」
程よく回る酔いとともに声も大きくなる。
だらしなくテーブルに身を預けながらハルトは続ける。
「やっぱさ、ガス抜きって必要なんだよ。」
「ガス抜きかーそりゃそうだよな、お前と会うときは大体ガス抜きだよ」
「お、天下の弁護士サマもストレスがおありのようで」
「茶化すなよ、社会人ってそういうもんだろ?発散する場がなかったらやってられねーよ」
事実、タクヤが今担当している案件は雲行きが怪しかった。思いもよらないところから検察側が証拠を提示してきた。被告人とある程度信頼関係を築くけるように振舞ってきたが、大事なところを話してもらえなかった。
嘘も良くないが隠し事も良くない。顔にはあまり出さないが、相当なストレスを溜め込んでいた。ここ数ヶ月自分の時間が取れていない。ガスは溜まる一方だった。
そんな折にハルトから飲みに誘われた。
少し迷ったが、ハルトとの飲みはそれなりに楽しい。都合をつけて今日に至る。
「まぁタクヤと似たようなもんさ、俺もストレスだらけだよ。」
「ハルトは会った時からストレス人間だっただろ?」
「ははは。まぁ俺の場合はストレスとはちょっと違う気もするんだけどな、ビョーキだよビョーキ」
「自分で言うなよwそれがビョーキで、趣味だろ?」
苦笑いをしながらタクヤは残ったビールを飲み干す。
ハルトはカルーア。
ハルトには趣味があった。極度のこだわり、とも言えるかもしれない。ただし、本人も言うようにそれはあまり褒められたものではなかった。
ハルトは、人妻にしか好意を抱けないのだ。
若さや容姿はあまり関係がない。他人の身内に手を出すということに興奮する。
いや、他人の身内に手を出すということでしか興奮できないのだ。
はじめは単に年上の人妻好きという程度の、学生なら多少はいるかもしれない趣味趣向程度のものだったが、次第に違和感に気づいていく。
はじめて自分の性分を打ち明けたのがタクヤだった。タクヤはそんなハルトの告白を
「心配性のくせに豪胆なやつだ」
と鼻で笑った。ちなみにこの店はそのときからのなじみだ。
一方、タクヤにも趣味があった。
が、ハルトには秘密だった。
というか誰にも話していない。以前ボソっと一人で飲みながら断片を口にしたことがあったが、当の本人も覚えていないし誰に聞かれたわけでもない。
弁護士という職業柄なのかもしれない。タクヤは誰も信用していなかった。
ビョーキというならハルトよりタクヤの方が重症である。
「実はな」
重々しくハルトが口を開く。
「どうした?」
「実はな、今付き合ってる人がいるんだ」
「は?」
タクヤは目を丸くした。初耳だった。しかもあのハルトが。
「もしかして、また不倫か?」
「いや違う、ふつーの人だよ。とはいっても最初彼氏持ちだったんだけど、俺が、その、手を出してさ。」
「へー、でも今までそれでお前になびいた女をお前捨ててきたじゃないか」
「待てって、そりゃ結果そうだけど、ポイ捨てみたいに言うなよ。俺だってそうならんように努力してたんだ」
「悪い悪い、で、今回はうまくいきそうなのか?」
「うん、彼女には俺のこと全部話してある。」
「マジか」
再び驚いた。
「うん、もうすぐここに来るよ。お前にも会わせたくて。」
「マジか!」
タクヤのクールな仮面が外れ、本気で驚いていた。そしてまるでタイミングをはかったかのように店の扉が開く。
「おーい、こっちこっち」
「こんばんは、はじめまして」
小柄で、穏やかな声の可愛らしい女性だった。愛情の冷めたハルトにしがみついたくらいだから、少し派手めな女性を思い浮かべて…まぁそんな暇もなかったのだが。
軽い挨拶を交わしつつ、3人で乾杯をする。
ハルトとその彼女、アヤコとの馴れ初めなどを聞く。元彼がDV男で、悩んでいるときにハルトに出会ったんだとか。代わる代わる話すハルトとアヤコを交互に見やりながらタクヤはうっすらと笑みを浮かべながら聞く。
「いや実はな、今度結婚するんだ。」
「ブフっ?!!」
これにはタクヤもさすがにむせた。
今日何度目かの驚きだった、しかも結婚だと。
「悪い、さすがに話が早すぎて」
「俺もそろそろいい年だしな、俺の嫌な部分もちゃんと目を向けてくれる女性はもういないだろうと思ってな」
「そうか、おめでとう。でもだからってそのへんの人妻に手を出すなよ?」
「出すかバカw」
「フフフ、がんばります!」
ゲスな話なのにアヤコの笑顔は眩しかった。
アヤコの笑顔を見ながら、タクヤもにっこり微笑む。この人ならピッタリだ。
ドン!
突然カウンターに小さいが分厚いステーキが置かれた。
「サービス」
口数少ない店長からの差し入れだった。
ハルトとタクヤがこの店に通う所以でもある。こういうサービスが二人とも好きだった。タクヤがホテルのウェイターよろしくステーキを切り分けた。
分厚いのにスッとナイフが通る。
タクヤは気分が高揚していた。
「お勘定!」
「お、もうそんな時間か。最後にトイレー」
「あ、私も〜」
3人分の代金を払いながら、タクヤはテーブルの上を軽く片付ける。必要なものをポケットに入れ、二人を置いて店を後にする。
トイレから二人が出る。
先に出たタクヤに悪態をつきながらも二人も店を後にする。
ハルトはアヤコを最寄の駅まで送った。
アヤコが改札を通るのを見届けてから、携帯を開く。そう、今夜の相手と会うために。実家の父親が余命いくばくもない状態だった。そんな親に少しでも安心してもらいたかった。ただそれだけだった。アヤコなら大丈夫だったわけではない。アヤコでも、他の女と同じ。愛は冷めきっていた。残るのは情のみ。呼び出した女とともに、ハルトはホテル街に消えていった。
タクヤは訪れたことのない駅に立っていた。名前は知っている。だが降りたことはない。この路線自体ほとんど使うことはない。少し前には先ほどまで目の前で酒を酌み交わしていた女がいる。振り返ってもすぐには気づかない程度の距離で歩く。人影のほとんどない路地にさしかかったとき、タクヤは素早く女を後ろから襲った。薬品を染み込ませたハンカチを口に当て、眠らせる。タクシーを呼び、自宅に向かう。
自宅の防音室で、アヤコを縛り付ける。そしてなんの衒いもなくタクヤはアヤコにナイフを突き立て、引き裂いた。噴き出し、滴る赤い液体を浴びながら、タクヤは絶頂に達した。
〜〜〜〜〜
ガス抜きって大事だよな。
タクヤは仕事で忙しそうだった。
タクヤの趣味も、人を切らないようにウサギとかネコを切って我慢してたもんな。
昔カウンターでポロっと喋っちゃうもんだからさ。
今日来たアヤコ?だっけ?タクヤの好みにバッチリだったもん。
ここは居酒屋だから。
お客さんが悩みを吐き出してガス抜きをするところさ。
店長としてはな、常連さんにはサービスしないと。
なぁタクヤ、よく切れるナイフだったろ?
俺の趣味?
もちろん人助けさ。
作者春秋
3作目です。
少しダークなのを書いてみました。
もっとドロドロにした方がよかったでしょうか(笑)
あまり気持ちのいいネタではございませんので、表現上不快に思われたら申し訳ございません。
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