今日も手ごたえがなかった。
俺を面接してくれたあの人の表情でわかる。後日、今回は御縁が無かったということで…とかなんとか断りの連絡が入るはずだ。
浪人してなんとか大学を出たのはいいものの、今度は就職に手こずっている。もう何社落ちたかも忘れた。
俺の人生はいつもこう。大事な時には決まって高い壁が現れて、すんなりうまくいった試しなんてない。
勉強苦手、運動音痴、こんな俺だからモテるはずもなく22年間彼女もいない。
ふと見ると、反対側の上り線ホームに女の子がたっていた。あんな可愛い子と付き合いたいな…せめて俺の顔がイケメンだったらなぁ…
「んっ?」
ふと、昨日みた夢を思い出した。そうだ、俺は夢の中だと最強だったんだ。
じつは子供の頃からずっと見続けている夢がある。夢の中にだけ存在する街。不思議な事にいつだって俺の夢は必ずその街の中で繰り広げられる。
その街での俺は有名だ。ケンカが強くて女の子にはモテモテ。頭も良いし、友達も沢山いる。家は金持ちでフワフワの小型犬を三匹も飼っている。
みんな俺を見付けるとかけ寄ってきてチヤホヤしてくれる。でも目をさませば、またこんな冴えない誰からも干渉も期待もされない現実が待っているのだ。その繰り返し…
「ああ…夢の世界が現実だったらな」
ボソっと無意識に漏れたそんな言葉だけど、夢の世界が現実の世界になったらどんなに幸せだろうと、その時は本気でそう思っていた。
ホームに電車が滑りこんできてあの可愛い子を乗せて走り去っていく。すると誰もいなくなったホームに黒ずくめの男が一人残されていた。
…その男はジッとこちらを見ている。俺?いや間違いない俺を見ている。今この駅には俺とあの男しかいない。なぜだ?今まで俺の周りにいた沢山の人たちはどこに消えた?
「本当にそれで良いの?それが本心なら一度だけ願いを叶えてあげてもいいけど?」
男はあろう事か直接、俺の心に話しかけてきた。これは明らかに人間ではない。もしかしたら死神かもしれない。ううん、下手したら殺されちゃうかもしれない。逃げようか?
だが、俺は答える。だってこの状況は明らかに夢だろ?
「ああ、こんなクソみたいな世界に未練なんて一つもないよ… 俺はあの世界に行きたい。あの夢の世界に。みんなに注目されてチヤホヤされる最高な街、俺は死ぬまであそこでハッピーな人生を送りたいんだ!」
男は頷いた。
「よろしい。ではもうこっちの世界には戻って来れないからそのつもりで…」
躊躇なく頷くと、突然、周りの景色がグラっと揺らぎ、次に目を開けた時には、あの夢の中でしか見たことのない見慣れた街の中にいた。
「こ、ここは?!」
やっぱ夢?
ホッペをつねるとめちゃくちゃ痛い。目の前に広がるのはあまりにもリアルな夢の世界。
ただいつもと少し違うところがある。それは寒さを感じることだ。気温なんて今まで一度も感じた事はない。だって夢だから。風の音に鳥の声、車や電車の走る音、今はそれがある。
テナントのウインドウに映り込む自分を見る。するとそこには今までの冴えない自分ではない、精悍な男が立っていた。
「それでは私はこれで…」
姿なき黒ずくめの男の声が直接心に響く。
「あ、ああ、ありがとう!見知らぬ人!でも、もう直接心に話しかけないでください、怖いから…」
兎にも角にも本当に夢が現実世界になりやがった?やった!これで俺は最強だ!もう就職に悩まなくてもいいし、彼女だって選び放題。みんな俺を見ると近寄ってきてチヤホヤしてくれる!
早速、近くを歩いていた女子高生二人組が俺を見るなり近づいてきた。かっこいいだの、うらやましいだのとヒソヒソ話しているのが聞こえてくる。
「えっ…うらやましいってどういうこと?」
思わず彼女達の方を見て俺は仰天した。彼女達の顔には目も鼻も口もついていなかったのだ。
「ねえねえお兄さん、その目、めちゃくちゃかっこいいよね。私に頂戴?」
女の子の一人が俺の顔に手を伸ばしてきた。俺は怖くなりとっさにそれを払いのけ走りだした。
「な、なんだよアイツら?!」
最悪だ。すれ違う人間がみな俺を見ると追いかけてくる。その口をよこせ!その鼻が欲しい!そんな叫びがいくつも後ろから迫ってくる。
そして俺はついにそいつらに取り囲まれてしまった。老若男女、誰の顔も能面のようにツルツルで、表情がない。
「その目が欲しい…」
「その口があれば…」
「その鼻をくれ…」
何十、何百の手がうにょうにょと俺に近づいてきた。たまらず俺は泣きながら叫んだ。
「いやだー!お前らに奪われてたまるかー!!!」
separator
目が覚めて気づいた。俺はホームのベンチでうたた寝をしていたようだ。何かものすごく怖い夢を見ていた気がする…
向かいの上り線のホームには俺と同い年くらいの可愛い女の子が電車を待っていた。
女の子は俺の視線に気づいたのか、一瞬だけ俺と目が合うとあからさまに嫌な顔をして目を背けた。
普段の俺ならショックを受けるところだけども、なぜか今の俺にはそれがむしろ嬉しかった。
周りにいる人間もまるで俺なんかここに存在していないかのように、スマホをいじったりしている。
なんだかすごく心地いい…
そう、これでいいんだ。
ふと、さっきまで女の子が立っていた場所に目をやると、全身黒ずくめの冴えない男が立っていた。
男はなぜか反対側のホームに座っている俺を凝視している。俺はそいつと目があった瞬間、すぐに気持ち悪くなって目をそらせた。あの男、笑ってた。
もう人に干渉されたりチヤホヤされるのはまっぴらだ。頼むからこっちを見ないでくれ…タイミングよくやってきた電車に飛び乗り、駅を出てからしばらくしてようやく落ち着いた。
「それにしてもあの男の顔、なんか俺にそっくりだったな…」
トンネルに入った電車の窓ガラス。そこに俺の姿は写っていなかった。
了
作者ロビンⓂ︎
これを考えた時は「これは怖ええ!いいの思いついたぜ!!」と思いましたが…書いてみると全然思っていたのと違いました…ひ…
いつものごとく後半を訂正致しました…ひひ…