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歌が聞こえる(SとNサイドと後編)

中編4
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歌が聞こえる(SとNサイドと後編)

彼女は、歌が大好きだったと聞いている。

私は人魚歌を泉のほとりで1人歌う。

その内Mさんの方から近ずいてきてくれて一緒に歌った。

「Mさん、なんで貴女はここに閉じこもってしまったの?」

素直に向けた言葉に彼女は少し戸惑う

「Yさんの事好きだったんでしょ?」

また聞く私にさとすように彼女は伝える

「そうよ、でも好きなだけじゃ一緒になれない事もあるの」

「それでも向かい合わなきゃ……」

間髪入れずに言った私の言葉は彼女に深く突き刺さったようだった。

「私の家系はね、いわゆる由緒正しい、古い家柄なのよ」

彼女はゆっくりとはなしはじめる

「私の結婚相手は会ったこともない人、父は厳しい人だから話も聞いてくれなかった、そんな時Yさんと学校で出会ったの、彼は自分の地元は凄い田舎だけど、とても綺麗な所で人魚の伝説があるんだといきいきしながら話すの」

クスクスと彼女は思い出して笑う

「私は彼を好きになった様に、この村も人魚伝説もすごく好きになった、そして彼に誘われるまま、絵のモデルをしにこの村へ来たんだ、何回も来るうちに、歌のことを知ったわ、そして調べてみてわかったのこの村の人魚姫は昔ほんとにいたんだと」

え!?と聞き返すとMさんは続けた

「その昔、好きになった男と結ばれることのできなかった女が2人で入水自殺をしようとしたの、でも男の方だけ助かってしまってね、彼は彼女に申し訳なくて、でも今更1人で死ぬのも怖くて、毎晩この泉に来ていたそうなの、その時彼は歌を聞いたんだって」

月が水面に映る頃

らうたきなんぢを思ふ

結ばるることのなき愛ならばと

わかりてはけども

初めより出会はずはなど

え思はず

月が水面に映る頃

らうたき我を迎へに来て

月が水面に映る頃

らうたきなんぢを拐うだらむ

結ばれぬ愛なりと

わかれれば

いま他には何もいらずと

思へど

月が水面より消ゆる頃

我はなんぢの早くきえむ

「きっとその女の人は彼を許したのだと思うの、彼の前に人魚として、現れてこの歌を歌った、そしてこの世界から自分の存在を消したのね…」

Mさんは月を眺めるように遠くを見ていた

「だから私もYさんの記憶にだけ残ればいいと思ったの」

そういった時、月がかけはじめた

「え??」驚くMさん、月は火花を散りばめられたように少しずつ欠けていく、そして歌が聞こえる

私はあいつらだなとすぐに分かり、水面に映る月を見て言った。

月は揺れ欠けていき、そして...

「Mさん、Yさんの大好きな人魚になってここから彼を眺めるのはあんたの勝手だ、でもな、置いてかれたYさんの時間まで止めてしまうのはそれは勝手すぎる!あんたら2人の時間を刻むんだ!!」

私は手をMさんに差し伸べて彼女は勢いに飲まれたのか私の手を握った。

「迎えに来たぞこのメンヘラー!!」

泉の中から聞こえるのと同時に手がザバンっ!と出てきた

ほんとにあいつにそっくりになってきやがって

揺れ動く泉の奥にあのトラブルメーカーの顔が見えた。

「誰がメンヘラじゃ!!」

私はその手をしっかり握りしめ元の世界へと引きずり戻された。

もちろんMさんも一緒にだった

村民はみな巨大な打ち上げ花火に「た~まや~」「か~ぎや~」

と、歓声をあげ誰も泉から私達が出てきたのを見てた人はいなかったと……思う。

花火大会は花火のごとくパッと一瞬のうちに閉幕となり

YさんとMさんは再会を喜び熱く抱き合っていた

そして次の日の朝、帰り支度をする俺達の所にはYさんとMさんがいた。

どうやらMさんは行方不明になっていて、そのいなかった期間の記憶はないということになったらしい。

ここでも時空軸が歪んでみんなには新たな記憶が埋められたようだ

今から調べだとか家出の話だとか大変になりそう……と肩を下げていたけれどYさんと2人でいるのだから大丈夫だろうと思われた。

またいつでも遊びに来てねと泉と人魚の絵をくれた。

2人は俺達を見送ってくれ、そして帰る前に最後に一箇所寄りたい場所があった。

一福亭だ、人魚寿司の独特の生臭さにハマっていたのと、爺さまとお婆に礼を言いたかったのだ。

「あら、おかえりかえ?」お婆はやっぱり入れ歯の居心地が良くないらしい

「いろいろお世話になりました、また来る時まで死なないでくださいね」と生意気な口をきく俺に

「ふぇふぇ、死なん死なん、それより人魚姫を大切にするんだよ、あそこから帰って来れる人は少ないんだから」と笑った。

やっぱりな、思った通りだった。

元祖人魚姫はミイラに近いものになっていた

きっとこの泉は現世ともうひとつの世界の狭間みたいなものなのだろう

人生とは無慈悲な物...だけでもないのかもしれない。

繰り返される歴史の中にも、こうして救いの手は何処かにあるのだから。

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