今日は通夜。
高校時代の友人が他界した。
まだ35だというのに。早すぎるよ。
訃報を受け、友人や恩師らが参列している。
彼は学年でその存在を知らぬ者がないくらい有名人だった。
別に容姿が良かったとか、スポーツができたというわけではない。
声が大きく、ムードメーカーで、ノリが良く、一生懸命で、でも体のわりに少し弱っちいやつだった。
このご時世、いじるといじめるの境がすごく曖昧だけれど、彼は明らかな前者。みんなに愛されていたんだ。
彼自身地元を離れていたし、上京している友人らも多い中これだけの人が集まるのだから、それがそっくりそのまま彼の人柄を表している。
少し前までSNSに近況を投稿していたのに…
訃報を聞いた誰もが思った事だろう。
参列者のほとんどが、なにかふわふわした、夢のような、地に足のついていない感覚でいたと思う。
そして故人の遺影を見て、はじめて現実なんだ、彼はもういないのだと実感し、咽び泣いた。
それほどまでに彼の死は早すぎるものだった。
…
焼香を終え、友人らと軽く挨拶を交わし、通夜会場を後にする。
ふとその時、誰かの視線を感じた。
後ろ髪引かれる、というのだろうか。思わず振り返らざるを得ないような、そんな感覚にとらわれた。
もちろん、というか何もない。
あらためて車に乗り込んでエンジンをかけたが、その妙な感覚は消えることはなかった。
おかしい。不思議だ。なにか雰囲気を感じる。
奇妙な感覚が消えないまま、家にたどり着いた。
ふと思うところがあり、塩はまかなかった。
冬だから当然だけど、寒い。息が白い。
家に入り洗面所に向かう。寒い。
鏡を見るがもちろん自分以外に誰もいない。でも明らかに感じる何者かの気配。
「もしかして〇〇(故人)か?」
鏡を前にして呟く。
答えはない。
「…なんてな、そんなことあるわけないか」
『おーーーーーーっっす!』
突然頭の中に声がした。驚いてビクンと身体を縮めた。
『ん?あれ?もしかして聞こえてるの?マジか!』
どう言えばいいのかわからず、口をパクパクさせた。鏡にはもちろん自分しか映っていない。
『あれ?今なんか喋ってる?聞こえないっすよ、俺の声が聞こえたかと思ったらそっちの声が聞こえんなんて』
「あ、いや、〇〇?」
やっとのことでひねり出した。
『おおおおおお、ユウさん(自分のこと)俺っすよー、やーっと聞こえた』
「いやいやびっくりして声出なかったんだよ!驚くのは俺の方だし。って、お前、死んだんだよな?」
『そうなんすよー、なんかすんません、みんなしてきてもらっちゃって』
相変わらずの腰の低い喋り方だ。でも姿は見えないし頭の中に響くだけだから少し気持ち悪い。
『ひでー、気持ち悪いとか言わんでくださいよー』
「いやだってなんか気持ち悪いんやもん、しょうがないやん。で、なんで俺のとこに?恨みでもあんの?」
おそるおそる尋ねる。しかし返ってきた答えは
『わっかんねー』
だった。
『たぶん今日来てくれたみんなのとこに俺行ってます。』
「は?」
『なんかみんな悲しい顔するもんだから、まぁ当たり前やけど、なんかほっとけなくてふらーって感じ』
「なんだそれ(笑)誰のために泣いたと思ってんだよ」
『さーせん!でも嬉しいっす』
死んでも何にもかわってないやつだなぁ。自分のことは差し置いて人に心配ばっかりして。
それからリビングに場所を移し、他愛もないことで語り合った。
テレビが見たいと言うもんだからテレビもつけ、あの芸人がどうとかこうとか、お互いにお気に入りのアニメキャラの声真似をしてみたり、高校生と全く変わらないノリで話し込んだ。
『今日慶ちゃんきてたじゃないっすか。子供連れで。』
「ん?ああ、いたねー」
『慶ちゃん高校の時ユウさんのこと好きだったらしいっすよ』
「なんだよそれ、誰情報だよ」
『本人っすよ、今仕入れたんす』
「え?おま、他の人のとこって、全部共有してんの?」
『そうなりますかねー、自分じゃよくわかんないんすけどね。ああ、慶ちゃんも同じ驚き方してます』
「お前は喋る電話かwでも慶子も結婚したしね、子育てもがんばってるんだろうな」
『ああ、慶ちゃん離婚したんすよ?これは俺が死ぬ前に聞いた情報っすけど。ユウさん知らんかったの?』
「へあ?!慶子が?いや知らんかったけども!今はいいから!」
『ほんとにぃ?ユウさん顔赤いっすよー。ちゃーんと今度ご飯でも連れて行ってあげてくださいよぉ〜?』
余計なお世話だ。冷蔵庫から出した酒を煽りながら俺は笑った。そして聞いた。
「なぁ、お前成仏ってしねーの?未練でもあんのかよ?」
ほんの少しの沈黙のあと、ゆっくりとした声が響いた。
『俺にもわかんないっす。でもなんかふわーって消えていくような感じはしてるんすよね。結構一生懸命声出さないと今声にならないっす』
「そうなの?」
『うん、通夜とかそーしきとか関係なく、ふわーって消えるんでしょうね。』
「そうか…なんか、あるか?未練とか、やり残したこととか」
『そうっすね、いっぱいあります(笑)でもあの子は幸せになってほしいな』
「あの子って、お前が助けた子か?死んでまで他人の心配かよw」
いや、死のうが生きてようが彼は彼。彼は交通事故で死んだ。道路に飛び出してしまった女の子を助けて。そして彼ははねられた。
「そんなにシュパッと動ける体してないのに無理するから」
『しょうがないじゃんすか、あの場にいたら誰だって…』
「どうした?」
『ユウさん、いっこだけお願いしてもいいっすか?』
「おう、聞くよ」
『俺のこと、
忘れんでください』
溢れた。
悲しみ、焦り、友情…様々な感情と思い出を溶かした涙がとめどなく溢れた。
「わす、れるか、よ」
『お願い、っすよ、ユウ、さん、たのんます!』
「うぐ、うううううぅぅぅぅ」
言葉は出ない。でも心に刻んでいた。彼の無念、彼の未来、彼の憧れ、彼の希望、いろんなものが流れ込んできた。
きっと彼のいう「他の人」も同じ思いをしていることだろう。何故だかそのときはそう感じた。
「いいか、お前のことはクラスメイトだけじゃない、学校全員が知っている。小学校も中学校も大学も会社に入ってもそうだ。たっっっくさんの人がお前を知っとるんや。きっとその数は軽く千人は超えるやろ」
『一万人がいいっす』
「千も万も大して変わらん!お前がいうなら1万人や。その一人一人がお前を忘れん。だから、お前は俺らの心で生きろ!安心しろ、お前のやりたかったこと、やり残したこと、全部1万人で叶えてやるから!」
『…あり、がとう。うぅ…あ……と…』
「いいか!心配するな!俺らは大丈夫!お前も大丈夫だ!」
『…』
「くそぉ、忘れられるか!ばか!」
…
…
もう何も聞こえなかった。
気配も雰囲気も、何もなくなっていた。
残ったのは部屋に響く自らの嗚咽と、ハタハタとテーブルに落ちる涙の音。
そして、いつの間に書いたのだろう、下手くそな字で「慶ちゃん」と書かれたメモ。
…
なーんてね。
一人ソファに座り、思いを馳せた。
死人に口なし。こんな風に彼の思いを聞けたらどんなにいいか。
せめてひとつだけでも、彼がやり残したことでも知ることができたら。
人の成功を羨むんじゃなく、一緒になって喜んでくれるそういうやつだから。
何かあれば言ってくれよ。俺がかわりに果たしてやるから。
なぁ。いつもの声で、いつもの言い方で言ってくれよ。
なぁ。たのむよ。
『ユウさん、いっこだけお願いしてもいいっすか?』
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