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中編5
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先輩の怪談

 知り合いに、Aという芸人がいる。若手で、テレビでも地方の巡業でも名前を聞くことなんてまずありえないような、駆け出しの芸人だ。

 そのAの相方は、自分の高校からの同級生である田中という男で、そのつながりがあって俺はAと知り合うことになった。

 田中がある日、自分に電話をかけてきた。何やら深刻そうに「Aについて相談にのってくれないか」と、持ちかけられた。声のトーンがあまりに落ち込んでいたので、気になって仕事終わりに田中の家へと上がらせてもらった。

「相談ってなんだ?」

「いやな、実は、Aに何とか言って、怪談トークライブに出演するよう説得するのを、手伝ってほしいんだ」

 聞けば、Aが先輩芸人数名と飲みに出たとき、ふとしたことで『作り物怪談』を遊びでやったという。やり方はネットのお題サイトというものを使って、そこで出たばらばらな単語を活用し、うまいこと話を一つ即興で語るというものだったらしい。

 それは先輩芸人でも苦心するもので、どこかしらボロが出たり、話としていわゆるオチがなかったりすることが大半だ。ところが、Aのする話だけ、妙に『生っぽかった』という。

「Aがする話、オチがなかったんだと」

 不気味さや静けさだけが、すとん、と残り、何も解決しない話。それは、作り物怪談としては失敗作だが、怪談としては傑作と言えるとか。話はめぐりめぐって、とうとう、Aと田中の二人に怪談トークライブの仕事が来た。

 怪談で名が売れれば、テレビに出るチャンスも来るかもしれない。

 田中はその千載一遇のチャンスにすぐさま頷いたが、Aがどうしても「うん」と言わなかったそうだ。

「俺は芸人で食っていくと腹を決めている、失敗したって文句は言わないさ。ただアイツが何を思って話を断っているか聞いても、何も答えてくれなくて……、なんとかお前、Aの考えを聞いちゃくれないか」

「お前に話さないのに、俺に話してくれると思うのか?」

「Aが顔見知りの俺の知り合いって、芸人連中以外だとお前くらいなんだ。頼む」

 そのまま田中に散々ごねられて、とうとう俺はそれを引き受けてしまった。

 まいったな、と思いながら、田中のアパートを後にする。そこで、仕事帰りにそのまま寄ったので、晩飯を食べていないままだと気が付いた。少し歩くと定食屋がある、ちょうど良いと思い、俺はそこに立ち寄った。

 店に入り、驚いた。なんと、そこにAがいたのだ。

「あれ、Aさん」

 思わず声をかけると、彼はびっくりしながらも、いらっしゃいませ、と返事をしてくれた。

 昔懐かしい感じの定食屋で、Aはそこでバイトをしているという。ちょうどAが担当するバイトの時間も終わったところだというので、嫌じゃなければ一緒に飯を食おうと誘った。人の好さそうな女将さんが、奥の座敷を開けてくれている。

 そちらに視線をやりながら、俺はAに、

「もちろん奢るよ、おすすめってある?」

 と、声をかけた。迷いながらも、Aが頷く。

「ううん、それじゃあ……」

 Aがおすすめしてくれた定食を2人前頼み、座敷に上がらせてもらった。お冷を飲んでいると、すぐにもつ煮が運ばれてきた。ほこほことした味を口に入れつつ、俺は何の気なしに尋ねてみた。

「なぁ、今度イベント出るって本当?」

「えっ?」

「いや田中から聞いたんだ、なんかイベントに出るって」

「……もしかして、怪談トークライブのことですか」

 雲った顔をするAに、俺は早々に話をばらしてしまうことにした。

「その、Aが嫌なのも理由があるんだろ? 田中からは俺、お前に理由を聞きだしてほしいって言われたけど、相方に言えないくらいの理由なら、よっぽどのものだと思うんだ。俺なんかが確かめていい理由じゃないと思って……つい引き止めちまったけど、悪い」

「いいえ。……そう、ですね。あの、あなたからみて田中さんは、幽霊を信じそうな人ですか?」

 Aに問われて、俺は首をひねった。

「幽霊か……うーん、確実に信じているってタイプじゃないな。ホラー映画笑ってみるタイプだし」

「では、あなたは?」

「俺? うーん、信じている信じていないで言えば、信じているほうだな。だって幽霊がいないって証拠もないし」

 しばらく俯いていたAだったが、ぽつり、と、急に話し出した。

 Aがトークライブへの出演を断った理由は「一緒に出る予定の先輩芸人の怪談を聞きたくない」というものだった。当日は壇上に上がらなくてはならないし、先輩の話だから盛り上げ役にもならなくてはいけない。全く聞かずにいることはまず不可能だそうだ。

 では何故、その先輩芸人の怪談を聞きたくないのか。

「その先輩芸人が怪談をするの、前に見たことがあるんです。酒の席で、俺以外にも芸人がいました」

 先輩が怪談を話し始めた途端、先輩の声が消えた。Aは自分の耳がおかしくなったかとおもったが、不思議なことに周囲の話声や、食器がぶつかる音、衣擦れ、身振り手振りはきちんと聞こえてきたそうだ。結局、先輩の話が終わるまで、その話は全く聞こえてこなかったという。

「先輩の怪談って、ネットとかに投稿されている怪談話を、創作やらなんやら含めてごちゃ混ぜにしてるんですって。だから、真偽はともかく話は面白くって、本人の語りも相まって凄い怖いらしいんです。その、俺には聞こえないので、分からないんですけど……」

「文字とかは? そんなんなら、誰か書き起こしてるんじゃないか?」

「俺もそう思いました。でも……読めなかったんです」

「読めない?」

 ネットにはそうした怪談をまとめて掲載するサイトも多く、おそらく先輩の怪談だろう内容を見つけては、Aも読んだという。何しろ、近い立場の先輩だから、話を全く知らないというのもまずい。

 ところが……そこだけ、空白になっていた。何度やっても、ページの表記に問題はないのに、なぜか怪談が掲載されていると思しきスペースだけ、真っ白になって読むことができない。1カ所ならサイト側の問題だと思えたが、その次も、その次もダメ、しまいにはあらすじですら空白になった。

「それで、俺、変だと思って試しに、田中さんにそのサイトを読み上げてもらったんです」

「聞こえた?」

「……聞こえませんでした」

 Aは、その自分にだけ聞こえない怪談が、とても怖いのだという。

「あの先輩の怪談、それを、語る場所にもう一度いることが、とてもじゃないけど怖くて怖くて……」

 その後、トークライブの話はお流れになったそうで、Aと田中の関係は悪化せずに済んだ。

 試しに自分もその先輩の怪談とやらを検索し、なんなら映像でも見たが、きちんと読めたし聞こえた。

 なおAはいまだに、先輩の「聞こえない怪談」をネットで探すが、やはり真っ白になって読めないし、トークライブの映像を見ても先輩の話だけぽっかり聞こえないという。

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