長編11
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百物語り

 この春、俺はとある高校に入学した。推薦だとかも無く、成績も可もなく不可もなくこれといって取り柄のない俺は、中学生の時は強制だった部活にも所属せず、かと言って彼女も無しで、惰性でだらだらとした高校生活を送り、青春という青の字も無い退屈な日々を過ごしていた。

 類は友を呼ぶというか、そんな俺にも似たような友人ができた。それぞれ共通しているのは、いずれも部活に所属しておらず、学校が終わればゲーセンでたむろし、他愛のないバカ話で盛り上がる。一人はゲームオタクでもう一人はアイドルオタク、そしてもう一人はホラーオタクという、まあ絵にかいたようなオタクグループである。

 だいたい友人グループというのは三人が多くて、これも日本人ならではなのかなと思ったり。だいたいお決まりの行動にそろそろ皆飽きが来ていたところに、一学期が終わりを告げる。夏休みという学生にとっての特権を持て余しているというのに、俺達にはこれと言ったイベントもなかった。そんな時に、友人の一人、トモキが提案したのだ。

「なあ、お前ら、夏休みなんか予定ある?」

とトモキ。

「うんにゃ、別に。」と俺。

「俺も。本当は柏原48のライブに行きたかったんだけど、チケットとれなかった。」

と項垂れるのはアイドルオタクのヒロト。

「じゃあさ、今年の夏休み、お前ら俺のじいちゃん家に一緒に行かね?」

とトモキ。

「ええ~?お前のじいちゃん家?何で?」

俺は人見知りが割とあるので難色を示した。

「実はさ、じいちゃんち、すげえ田舎でさ。もちろんゲーセンなんかも無いし、本当に田んぼと畑と山しかないようなところでさ。コンビニすらなくて、しかも家族で行くんだけど、俺は一人っ子だろ?それにうちの親も兄弟とか居ないから、いとことかも来ない。本当にジジイとババアだけの環境に俺一人なんだよね。」

トモキは暗い表情になる。

「ということは、そこで退屈だから、俺達に来いと?」

ヒロトは歯に衣を着せない。するとトモキは懇願する。

「頼むよ、お前ら。陸の孤島に一週間も閉じ込められるんだぜ?俺。俺はじいちゃんにとってたった一人の孫だから行かないわけにはいかないんだよ。」

「俺らだって、そんな退屈な所に行くのはやだよ~。」

俺が横からそう口を挟むと、トモキは俺の手を握ってきた。気持ちわるっ!

「お前が前から欲しがっていた新作ゲームがうちにはある。」

そう言うとトモキがニヤリと口の端だけで笑った。

「うっそ!マジか!あれゲーム機だけでも高いのに。新作ってことは、まさか・・・。」

「そう、そのまさか。モンスターバスターだ。」

「マジ?今やらせろ!」

俺はゲームオタクだが、いかんせん先立つものがない。親からはお小遣いすらもらっていない。うちの高校はよほどの理由が無い限りはバイト禁止だし、俺の唯一の収入源はお年玉のみ。トモキは一人っ子だけあって、わりとその辺は自由になる金をいくばくかもらっているようだ。

「ダメ。でも、俺の田舎についてきてくれるんならいくらでもやらせてやる。」

「ぬぐぐ、卑怯な。」

「俺は行かない。」

ヒロトは即座にそう答えた。

「確かお前、柏原48の、藍沢加奈子ちゃんのファンだったよな。彼女の出身って俺のじいちゃんちの近くだって知ってたか?」

トモキがそう言うと、ヒロトはわかりやすいほど眉が上がった。

「え?もしかして、お前のじいちゃんちって、〇〇県〇〇市か?」

「そうだよ。しかも、藍沢加奈子ちゃんの母方の実家が、じいちゃんちから500mも離れていない。」

「マジか!じゃあ、もしかしたら・・・。」

ヒロトのいつもの魚の死んだような瞳がキラキラ輝いている。

「そう言えば彼女、何かの雑誌のインタビューで、夏休みは必ずおじいちゃんちに行くって言ってたな。」

俺が以前雑誌で読んだうろ覚えの情報を口にすると言葉が終わらないうちにヒロトが即答した。

「行く!絶対に行く!」

こうして、俺達は夏休みにトモキのじいちゃんちにお邪魔することになった。

「でもさあ、一週間もあるんだぜ?ずっと人んちに居るってのもなあ。」

俺はまだ難色を示していると、トモキは歯を出してにっこり笑った。

「ああ、それは大丈夫。じいちゃんち、離れがあるから。そこに寝泊まりすればいいし、離れだから好き勝手できる。田舎だから少々騒いでも近所迷惑にはならないし。」

人見知りの激しい俺はそれを聞いて少し安心した。

「それとさ、ちょっとしたイベントも考えてある。」

とトモキが意味深に笑う。俺はその時、トモキがホラーオタクなのを思い出した。

「ちょっと待て。定番だが、肝試しとかいうのは勘弁してくれよ。」

「それも考えたんだがな~。なんせ山と田んぼしかねえからな。廃墟とかもあるけど、ちゃんと管理されてて侵入とか無理だし。山も深いから一度入ったらマジで帰れなくなるかもしれないから。」

「じゃあ、イベントってなんだよ。」

ヒロトがトモキに尋ねると、トモキが俺とヒロトを見て意味深に笑った。

「ヒロトとユウキはさ、これから怪談をかき集めて欲しいんだ。」

「怪談?」

俺とヒロトは声を合わせてトモキを見つめた。

「そう、怪談。別に怖い話だけじゃなくて、不思議な話とかでもいい。百物語やろうぜ。」

「三人でか?百も集められるのかよ。」

ヒロトが言うと、トモキは反論した。

「ネットとかで見ればあっと言う間に集まるぜ。一人33話くらい軽いだろ?」

「ちょっと待て。33話じゃ足りないだろ。」

「まあ、そこは俺が34話用意するから安心しろ。」

「それにしてもさ、もし百話終わって・・・その・・・何か出たらどうすんだよ。」

俺がビビってそう言うとヒロトが、

「そんなのあるわけねーじゃん。」

と言った。ヒロトは妙に現実主義で、オカルト的なものは一切信じない。だから時々トモキと衝突することもあるが、俺がいつも緩衝材になっている。ビビってる俺に、ヒロトはムキになった。

「おもしれえじゃん。やってみようぜ。そんで百物語りみてえなものが全て迷信だって証明しようぜ。」

トモキは少しムッとした顔をしたが、ヒロトをうまく乗せられたことに満足したのか何も言わなかった。

 そして何も予定のない三人組の夏休みが始まり、出発の日を迎えた。トモキの両親は俺達の飛び入りを快く迎えてくれた。むしろトモキに友人が出来たことを事のほか喜んでいた。トモキはどうやら変わった性格からあまり友人はいなかったらしい。

 たどりついたトモキのおじいちゃんちは、想像以上に大きかった。築年数はわからないけど、その家の構造がかなり古いことを物語り、大きな敷地内には、離れが二つと蔵まである。きっとトモキの先祖は豪農だったに違いない。見せてもらった蔵の中には、それを物語る古い農機具や見たことも無いような道具で溢れていた。蔵には、二階に繋がるはしごがあり、俺達は幼少に戻ったように、秘密基地感覚で探索した。

 思った以上に楽しかった。小川に魚を取りに行ったり、森を探検したり。俺達が今まで体験したことのないことや、じいちゃんとばあちゃんの昔の話を聞いたりするだけでも、俺達の貧弱な経験値では測り知れない好奇心をくすぐられた。

 広い庭でのバーベキューも楽しかった。食べきれないほどの肉と、川で釣れた新鮮な鮎やヤマメを焼いて食べた。正直、俺達は来てよかったと思った。

 そして、田舎生活の最終日、いよいよ俺達は離れで百物語りの準備に取り掛かった。話はネットや、周りからの聞き込み、雑誌で読んだものなどを持ち寄った。

「なあ、百物語りって言えばロウソクだけど、ロウソクってやばくね?火事出したらどうすんだ?」

俺はあらかじめネットから得た知識で、トモキにたずねた。

「大丈夫。ちゃんと用意してあるから。」

そう言うとトモキは自分のカバンから、タブレットを取り出した。スイッチを入れて起動するとトモキはアイコンをタップした。すると画面一杯に夥しいロウソクの画像が映し出された。

「俺がプログラムした。全部で百本ある。ロウソクをタップすると消えるようになっている。これなら安全だろ?」

「すげえな。いつの間に。」

ヒロトが呆れ気味に笑った。

最終日、夕飯をごちそうになったあと、俺達は離れに移動した。そして、それは始まった。

最初はトモキから始まり最後の百話でトモキが締めるという。

 怪談の内容は、たいていお決まりのストーリーや展開が多く、似通った話がたくさんあった。

 田舎の行ってはいけない場所に好奇心から踏み入る。そして怪異に合い友人が行方不明になる等。そして大人に相談すると「何故そこに行った!」と言われ除霊するなど。好奇心で禁忌を破った友人はいまだに廃人などなど。

 心霊スポットに侵入する。うち一人がバカをやり祟られた。そしていまだに再起不能。もしくは一人行方不明になる。猟奇的な殺人が行われたにしても、まったく事件にならなかった話。

 都市伝説においては、そこで事故にあった地縛霊がという話があるのに、その場所でそんな悲惨な事故があった事実はない。

 はっきり言ってどれもこれも眉唾ものの話ばかりだが、暗さと古い家の独特な雰囲気から、俺達は心底怯えながらも百物語りを続けた。話し終えたものは、ロウソクをタップして消す。一晩中寝ずにこれを繰り返すのだから、俺達の疲れはピークに達しながらも、周りの空気にピリピリした何かを感じていた。

 これは本当にヤバイ。何が出るわけでも無いが、俺達の周りに張りつめる痛いほどの静寂と夏にもかかわらず下がり続ける体温を共感している。

 そして俺が99話目を話し終えて、ロウソクをタップしようとした時に、俺は違和感を覚えた。

「なあ、トモキ。このロウソクって本当に百本だよな?」

「ああ、間違いないよ。だって横五列に縦二十列だから百だろ?」

「一本足りないんだけど。俺がこれ消すと百話になる。」

「誰かいっぺんに二本消したんじゃないの?」

とヒロト。

「いや、あり得ねえ。いっぺんに二本消すとエラー出るようにプログラムしてあるから。」

「それに、話は百話分しか用意してない。終わるたびに全部シートにチェック入れてるから間違いないはず。」

と俺。

「じゃあ何で話が一話多いんだよ。本当なら今からするトモキの話が最後の百話目のはず。」

一同そこで静まり返った。もしかして、本当に怪異が起こってしまったのか?

「見てみようぜ。」

トモキが沈黙を破った。

「え?見るって?何を?」

俺が疑問を口にした。

「実は百物語始まってからずっとビデオに撮ってあるんだ。お前らがビビると思って内緒で撮ってた。」

そう言うとトモキはおもむろに離れに置いてある枕元の行灯風の照明のカバーを取った。するとそこには小型カメラが仕込んであった。

 俺ははっきり言って見たくなかった。俺達に起こった怪異を認めたくなかったのだ。

「聞いてねえよ。何で黙ってたんだ。」

俺が不満を口にすると、ヒロトが制止した。

「確かめてみようぜ。何が起こったか。まあ、何かの間違いだろうがな。誰かが操作を誤って消さなかっただけなんじゃねえの?」

全部見るのは大変なので、俺達は早送りで確認することにした。再生して確認しているが、皆確かに画面をタップしているし、画面をタップするには真ん中に置かれたタブレットにタップする必要があり、誰かが誤ってタップしなくても他の二人が一緒に確認しているから、それを指摘するはずだ。ずっと確認作業をすすめてみても、皆確実に画面をタップして、それを他の二人が確認している。

「何もねえじゃん。やっぱ何か途中でミスったんだよ。」

ヒロトが歯を見せて笑った。99話目に俺が話し終えて画面をタップしようとすると、そこにノイズが入った。三人同時に画面を覗き込みトモキが早送りにしていたビデオを一時停止して再生した。

 今までクリアだった画像が乱れて音声もノイズが入った。俺の後に誰かが話を始めている。ノイズでそれが誰なのか見分けることができない。音声はラジオのチューニングが合わなかった時みたいにザザザと雑音に紛れて三人のうちの誰の声ともわからなかった。

「今度は・・・(ザザザ)俺の番ね。(ザザザーガガー)とある三人の高校生A,B,Cが(ザザ)夏休みに百物語りを(ガガガー)しようと思いついたんだ。

(ザザー)まあ、どこからか仕入れてきた(ザザザ)定番の怪談を寄せあって(ザザーガガガ)なんとか百話まで話したあと、最後の(ガガー)ロウソクを消した。ところが(ザザッ)何も起きなかった。(ザーザー)なんだ、何も起きねえじゃねえか。Cが笑った。

(ザザザー)一晩中寝ずにいたので皆疲れて(ザザ)仮眠しようってことになった。ところが(ガガー)朝起きるとCが居ない。(ザーザー)AとBはあたりを必死で探したがCは居なかった。(ザザザー)周りの大人に連絡して警察、町内会、総出で彼を探した。そして(ザザザ)彼は見つかった。思いもよらぬ場所、変わり果てた姿で・・・。(ブツッ)」

そこで映像は突然途切れて真っ黒になった。

「これ話したの誰?」

三人に身に覚えはないこんな話はまったくしていないし、話の内容があまりに今の俺達に似てないか?

真っ黒だった画面が突然鮮明に再生し始めた。それは誰かの指が画面をタップする場面だ。

「なあ、これ、誰?」

そこに映し出されたのは、俺達の誰でもない何か。

「うわあああああああああっ!」

俺達は一斉に叫び始めた。その後も再生は続いており、次の場面は俺が画面をタップしようとして指が止まった場面だった。音声はさらに続く。

「なあ、トモキ。このロウソクって本当に百本だよな?」

 俺達は転がるように離れを飛び出して母屋に駆け込んだ。朝早くだったので、俺達は何事かと問われた。そしてトモキは正直に、今あったことを両親に話した。怪談お決まりの展開であれば、ここでじいちゃんが激怒「何故そんなことをしたのか!」と叱って謎の除霊師の元に三人を行かせる、というのが常であるが、そんなことは無かった。

 トモキの両親には一笑に付されてお前たちの錯覚、気のせいだと言われた。証拠にと持ってきたビデオにもそんな怪異の存在は全く映っておらず、俺たちが延々と百物語りをする場面が映し出されるばかりで、九十九話目のあいつはどこにも映ってはいなかった。

 本当にあれは俺達が見た幻だったのだろうか。だが、俺達は三人同時に同じものをみたのだ。俺達は釈然としないままに、トモキのじいちゃんちを後にした。

 あれから五年の月日が流れたが、今のところ俺達には異常はない。だが、俺はいまだにあの映像が頭に焼き付いて離れない。そして中途半端で終わった九十九話目の行方を忘れることができない。

 あいつの話した行方不明になったCが誰なのか。もしかしたらCは俺なのではないか。きっとトモキもヒロトも同じ気持ちで怯えながら暮らしているのだと思う。

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