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メイドのみやげ 【A子シリーズ】

長編9
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メイドのみやげ 【A子シリーズ】

大学が春休みに入り、ブリリアントな弥生のある日──。

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 A子から「一緒に出かけよう!」と誘いのテイを装った要請がありました。

 丁重に抵抗するも虚しく圧し切られ、仕方なく待ち合わせ場所に行きましたが、案の定ヤツの姿はなく、安定の遅刻をかまされました。。

 しっかり二時間遅く出たにもかかわらず、さらに一時間遅れて現れたA子は、悪びれる様子もなく、堂々と、それでいて嫌悪感満載の笑顔で登場です。

 「じゃあ、行こうか」

 実質三時間遅れたことには1ミリも触れず、私達は東京駅に向かいました。

 何故、東京駅なのか。

 その答えはすぐにわかりました。

 「A子ちゃーん♪」

 駅前で佇む私達に、にこやかな笑顔で重そうな紙袋を振りながら駆け寄る女性。

 年の頃は同じくらい、ほぼメイドチックな出で立ちの女性が、クリンとしたツインテールと胸部のおしりを揺らしながら駆けて来ます。

 実にけしかりません。

 「ぴょんぴょん!」

 ぴょんぴょん?!

 一瞬、私は耳を疑いましたが、どうやら幻聴ではなく、女性がぴょんぴょんと呼ばれているのは揺るぎない事実だったようです。

 「久しぶりだね♪」

 「うん、元気だった?」

 二人が親しげに話しているのを見つめながら、若干いたたまれない気持ちになっていると、ぴょんぴょんさんが私にニッコリ笑いかけてくれました。

 「あなたがA子ちゃんの親友のメガネちゃんですね?A子ちゃんから聞いてます♪」

 日本にメガネユーザーが何万人いると思ってんだ……A子よ。

 「はぁ……初めまして」

 A子がどんな風評を撒き散らしているのかが気になりすぎて、ぼんやり返事をしてしまった私に気を悪くすることもなく、ぴょんぴょんさんはニッコリしています。

 ぴょんぴょんさんのことは、私も少し聞いてはいました。

 小学5年生の頃に転校してきてから高校まで一緒だった親友で、今は地元の喫茶店を手伝いながらパティシエの専門学校に通っているとか何とか……。

 ぴょんぴょんさんと無事合流した私達は、落ち着いた場所に行こうとなり、民主主義の原則を逆手に取った多数決で、私の部屋に来ることになりました。

 私の部屋なのに、私が一番落ち着けないとは一体どういうことなのか……誰か教えてください。

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 大変遺憾な気持ちを内に秘め、私の部屋に到着すると、リビングに入るや否や、A子がバタリとソファーに倒れ込み、立ちっぱなしの家主の私とお客のぴょんぴょんさんに言いました。

 「テキトーに座んなよ」

 あんたは立って?速やかに。

 喉まで出かかった言葉を呑みこみ、ぴょんぴょんさんに「どうぞお楽に」と促すと、ぴょんぴょんさんは遠慮がちにA子の足を下に敷いたまま座りました。

 「ちょっ……ぴょんぴょん!」

 「A子ちゃん、あたし達お客だよね?家主さんの前で、そのポジショニングは絶対おかしいよね?」

 ぴょんぴょんさんのカッコがカッコだけに、メイドカフェの亜種みたいな雰囲気でしたが、ド正論なので静観していると、A子は大人しく姿勢を戻し、床に寝転がりました。

 いや、そうじゃないでしょ……。

 とは思いましたが、言ってもムダなのでスルーします。

 「これ、よかったら食べてください♪」

 ぴょんぴょんさんはずっと手に提げていた紙袋から取り出したカワイイ箱を差し出し、私に微笑みかけました。

 「あ、お気遣いありがとうございます」

 私は一人掛けソファーに座り、頂いた箱の中身をあらためます。

 おしゃんティーな箱を開けると、1つ1つかわいくラッピングされたクッキーがパンパンに入っていました。

 到底独りでは食べ切れそうもないので、お茶がてら一緒にいただくことにし、私はキッチンでお茶の支度を始めます。

 「あたしも手伝います♪」

 「いえいえ、そこの干物とくつろいでてください」

 「うち、実家が地元ではそこそこ有名な喫茶店なの♪だから、お茶を淹れるのは得意中の得意!!」

 どうやら、ぴょんぴょんさんはA子と同じタイプらしい……いい意味で。

 「すみません…じゃあ、お願いします」

 ぴょんぴょんさんが気を悪くしないように言うと、ぴょんぴょんさんは私の肩をバシバシ叩きながらクスクス笑います。

 「やだぁ!友達じゃん♪」

 A子臭強めなぴょんぴょんさんに愛想笑いを返しながら、お茶の美味しい淹れ方を教わりました。

 

 私達がお茶を淹れるわずかな時間の内に、A子は床の上で大の字になって寝ています。

 ここがサバンナなら死んでいるところです。

 ぴょんぴょんさんは、優しくA子を足蹴にして起こし、ささやかなティーパーティーが始まりました。

 プリティな富士山形のクッキーを一ついただいてみると、ほのかな甘さの中でオレンジピールの爽やかな香りが春風のように鼻を抜けていきます。

 「これ、美味しい!!」

 思わず口から出た感想に、ぴょんぴょんさんはニコニコしながら「ありがと♪」と、はにかんで見せました。

 「ぴょんぴょん、そろそろ肉の入ったお菓子とか作ろうよ」

 「ムチャ言わないでよ……肉なんか入れたら、それはもう食事じゃん」

 私の心の声をそのまま口にしたぴょんぴょんさんに、とても親近感が湧きました。

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 さして特筆するまでもない歓談の途中、A子がぴょんぴょんさんに視線を送ります。

 「んで、ぴょんぴょんの相談って何?」

 「そうだった!」

 何のために来たのかを忘れかけていたぴょんぴょんさんは、持参した紙袋から中々のサイズのビンを取り出して見せました。

 「これなんだけどね」

 ビンにはパステルオレンジのマーマレードがみっちり入っていますが、所々にくすんだ茶色が混ざっていて、何だか変な感じがしました。

 まさか……虫とかが入ってしまったのでは……。

 虫全般が苦手な私が固唾を呑んで見ていると、ぴょんぴょんさんは神妙な顔で言います。

 「……開かないの、フタが」

 ウソでしょ……そんなことのために?

 耳を疑う私を他所に、A子はジッとビンを見つめて言いました。

 「これ、誰か触ったね」

 「学校で作ったから、誰かは触ってると思うけど……まさか、毒物こんにゅー?!」

 話の飛躍がジェット機並のぴょんぴょんさんに、A子が首を横に降ります。

 「もっと厄介なモノだよ」

 そう言ってビンを手に取ると、フタに手をかざして何やらゴニョゴニョと生ツイートを始めました。

 その時に見えたラベルに手書きされた『Boy』の文字はノータッチです。

 A子がビンのフタをさする度に、黒っぽい湯気みたいなモノがシュワッと出て、その禍禍しい湯気が霧散するほど、茶色の濁りが薄まっていくようにも見えました。

 それを何度か繰り返し、濁りが完全に消えたマーマレードBoyを、A子が「開けてみ?」とぴょんぴょんさんに返します。

 半信半疑のぴょんぴょんさんが受け取ったビンのフタをひねってみると、容易くパカッと開いて、今度は訝しげに首をひねりました。

 「おかしいなぁ……家ではオリハルコンくらい頑なだったのに……」

 サラッとクセの強い例えを吐き出して、ぴょんぴょんさんは、もう一度ミリミリと音がしそうなほどキツくフタを閉め直します。

 そうやって、ギッチギチに閉めるからですよ……たぶん。

 コトリとビンをテーブルに置いて、ぴょんぴょんさんはA子に「ありがと♪A子ちゃん」とお礼を言うと、A子が三白眼でビンを見つめました。

 「ぴょんぴょん、黒短髪メガネの女いるでしょ?」

 は?私のこと?

 いきなり何だ?このやろう!!と言いかけた私を追い越して、ぴょんぴょんさんが叫びます。

 「いる!同じクラスにネクラっぽいネクラの子が!」

 ネクラっぽいネクラって、それすなわちネクラじゃないですか……。

 予想外の方向から狙撃されているような気持ちになりながら、私は二人の話に耳を傾けました。

 「スゴい念が込められてたよ……そのマンマミーアにね」

 「えぇっ!?マンマ・ミーア!!(なんてこった!!)」

 何だろう……この二人、ものすごく息ピッタリなんですけど。

 ぴょんぴょんさんって、昔からこうだったのかな……なんて、私が知らない過去に思いを馳せていると、ぴょんぴょんさんがA子に身を乗り出します。

 「で、何の念が?」

 「練乳より濃い妬みの念だよ……」

 A子の例えが合ってるかは別として、とにかく強いジェラシーが入っていたということらしいです。

 「よく生霊なんて言うじゃん?結局のところ、あれは自分の魂の一部を練って作った呪詛の一種なんだ……」

 「じゅそ?」

 聞き慣れない言葉に、あんまりピンときていないぴょんぴょんさんが、くるくるツインテールをこちらに傾けて来ます。

 「うん、呪詛は強ければ強いほど、体調やメンタルを狂わせるんだ」

 「その呪詛が、ぴょんぴょんさんのマーマレードに?」

 私が訊くと、A子は頷いて続けました。

 「ぴょんぴょんの学校で、何かデカい大会があるんじゃない?」

 A子からの問いに、ぴょんぴょんさんの表情がみるみる曇ります。

 「ある……学校でフランスに留学する生徒を選ぶコンペが、来週……」

 「もちろん、それを使うつもりでしょ?」

 「うん、そのためのとっておきのマーマレードだもん」

 ぴょんぴょんさんは少し青ざめながら、それでも気丈に答えました。

 それを聞いた私は、何となく思いついたことを話します。

 「と、言うことは……ライバルが、ぴょんぴょんさんを蹴落とそうと……」

 「待って!でも、黒短髪メガネの子はコンペにエントリーしてないし、あたしを応援してくれてるよ?」

 私の仮説は光の速さで否定されましたが、A子はマーマレードのビンを持ち上げて言いました。

 「応援はしてるよ……でも、ぴょんぴょんに留学して欲しくはないんだ」

 「A子ちゃん……それ、どういうこと?」

 眉をハの字にするぴょんぴょんさんに、A子はビンを手渡して答えます。

 「離れたくないんだよ……ぴょんぴょんと」

 「やだ……」

 A子の言葉で、思わず頬を桜色に染めるぴょんぴょんさん。

 「ソイツは、ぴょんぴょんしか友達がいないから、孤独になるのが怖いんだよ……もちろん、応援はしてるし、ぴょんぴょんの腕も認めてる……それでも、選ばれて欲しくないんだ」

 「そんな自分勝手な……」

 私の口から漏れた言葉に、A子は言いました。

 「人間は自分勝手な生き物なんだよ?誰かのために何かするってのも、突き詰めちゃえば自己満足なんだから」

 「それは……」

 反論しようとする私に、A子は小さな黒目を向けます。

 「呪詛ってのは、怨みつらみだけじゃなく、あらゆる念が、本人も思わない形で作られてしまうモノなんだよ」

 じゃあ、私の独り言も……。

 「……A子ちゃん、たまにちゃんとしてること言うよね」

 確かに……A子のクセにね。

 「じゃあ、あたしはどうしたらいい?結果はどうかわからないけど、チャンスは逃したくないよ!」

 切実なぴょんぴょんさんに、A子はちょっと考えて言いました。

 「どれだけ離れてたって友達は友達だってことをソイツにわからせてやるしかないね……」

 「漠然としてるね……もっと具体案を出してあげなよ、A子」

 見かねた私が助け舟を出すと、ぴょんぴょんさんは激しく首を横に振り、私をツインテールでシバいてニッコリ笑います。

 「いいの♪そこから先は自分で考える!!A子ちゃんにばかり頼ってちゃいけないから」

 なんてイイコなんだ……ぴょんぴょんさん。

 人を格好で判断してはいけない……そんなことを痛感しました。

 その後、ぴょんぴょんさんはお礼と称して、私の部屋で肉しか見当たらないA子仕様のカレーを振る舞ってくれました。

 カレーは少し辛めでしたが、とても美味しかったです。

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 時は過ぎて、ぴょんぴょんさんから絵文字満載のメールが届きました。

 学校のコンペで見事に留学特待生に選ばれ、夏からフランスへ行く……ということです。

 若干、目がチカチカしたものの、友達からの吉報に私も嬉しくなりました。

 添付された写メの満面の笑みのぴょんぴょんさんの隣にいるネクラの見本みたいな女の人が、私にソックリだったのは、また別の話です。

Concrete
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