少しばかり昔のお話です。
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本州の中ほどより少し西にある、ブドウとママカリと桃太郎が特産物のステキなところに『氷川紗綾(ひかわさあや)』という女の子がいました。
紗綾は、見た目は可愛い子供なのに、声がセクシーという並外れた特徴を持つ、大人びた小学2年生の女の子でした。
紗綾のお祖父ちゃんは、知らない人以外は誰もが知っているというくらい有名な時代劇俳優『路傍光風(ろぼうこうふう)』です。
「わしを斬ったことがない桃太郎侍はいない」
そう豪語するお祖父ちゃんを、紗綾はハンバーグの次くらい好きでした。
ある日、桃太郎侍に二回斬られ終えて帰ってきたお祖父ちゃんが、紗綾に言いました。
「これは、とても有名なブランドと同じ雰囲気の物だそうじゃよ」
ファンシーな包装紙に包まれたA4くらいの包みを見て、紗綾は一瞬「金目の物じゃなさそうだ」と思うこともなく、喜んで受け取りました。
「ありがとう!おじいちゃん!(パクチーよりは)だいすき!!」
キチンとお礼を言って、紗綾は部屋の学習机に向かうと、包みを開けて中をみました。
それは、ジャポニカ学習帳のような大きさの真っ赤なノートでした。
表紙にはご丁寧に『にっきちょう』と書いてあります。
「なんだ……セーラームーンのじゃないのか」
と、ガッカリする素振りも見せず、紗綾はノートをパラパラとめくりました。
白紙のページには、日付を書くスペースと絵を描くスペース、その下には、ちょっとした出来事を書くスペースがあります。
「これ、ホントに日記以外に使い道ないじゃん」
と、紗綾は残念そうにアンニュイなため息をつく様子もなく、大切に机の引き出しにしまいました。
晩ごはんの後、紗綾は早速、日記帳に今日のことを書きました。
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9月12日、おじいちゃんから赤いにっきちょうをもらいました。
そこそこうれしかったです。
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小学2年生のつたない字ですが、画力は超高校級の紗綾は、おじいちゃんをめちゃめちゃ男前に描いてあげると、とても満足して眠りました。
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翌朝、紗綾が起きて茶の間へ行くと、お祖父ちゃんは日課の乾布摩擦を終えて、庭から戻ってくるところでした。
「紗綾ちゃん、今日は動物園に遊びに行こうか?」
朝ごはん前の唐突なお祖父ちゃんからのデートのお誘いでした。
紗綾は不機嫌そうに口をとがらせて、
「えー……わたし、USJがいいな」
と、近場で済ませようとするお祖父ちゃんを困らせるワガママなんて一言も言わず、喜んで出かけました。
動物園にはレッサーパンダ、カピバラなどの動物がたくさんいて、餌やり体験もできます。
カワイイ動物たちにエサをあげ、ケダモノのように貪る姿を、紗綾はクリックリのお目目で見ていました。
それなのに、お祖父ちゃんときたら、お祖母ちゃんが持たせたキビ団子を動物にあげようとして、飼育員さんにちょっぴり怒られていました。
そんな茶目っ気がイカついお祖父ちゃんを、紗綾は優しくいさめることなく、ナチュラルに他人のフリをしました。
すっかり楽しんで家に帰ると、紗綾は今日の楽しかった一日を日記帳にしたためようとページを開きます。
「あれ?」
紗綾は驚きました。
なんと、今日のことがもう日記帳に書いてあるではありませんか。
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9月13日、おじいちゃんと、いけだどうぶつえんにいってきました。
おじいちゃんは、まぜらんぺんぎんにキビダンゴをあげようとして、どうぶつえんの人に、ぜんりょくでぶちおこられました。
めでたしめでたし。
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しかも、書かれている文字も絵も、科捜研の女が紗綾のモノで間違いないと言うに違いないほど、紗綾の文字と絵のタッチにソックリでした。
紗綾は不思議に思い、首をかしげます。
「これは何かの……サービスサービスぅ?」
何処かの特務機関の一佐クラスのような独り言を呟いて、紗綾は眠りにつきました。
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明くる日は、お母さんとスーパーマーケットに行きました。
大好きなセーラームーンふりかけを買ってもらい、紗綾も大満足です。
その日の晩ごはんに、ふりかけを食べようとパッケージを開けると、オマケのシールはセーラージュピターでした。
「そこはセーラームーンの流れでしょ?よりによって、コイツ最初に死ぬじゃん……」
と、あからさまに落胆して、「いっそ捨ててしまおうかな」なんてことが頭をよぎるハズもなく、紗綾は机の引き出しのシールアルバムに大事にしまいました。
お風呂で命の洗濯を済ませ、紗綾が日記帳を開くと、またもや今日のことが書いてあります。
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9月14日、おかあさんとイオンでおかいものをしました。
セーラームーンふりかけのシールは、セーラージュピターでした。
つぎは、ぜったいセーラームーンがあたりますように。
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紗綾は驚愕のあまり、「ありえないわ!」と叫びそうでした。
それからも、日記帳にはその日あった出来事がつづられていきました。
何も書くようなことがない日でも……。
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10月1日、月がかわって、お月みよ!
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などと、どうでもいいことに1ページも使っている始末です。
その日の出来事が、自分の知らない間に書かれていくことが、紗綾は少しずつ怖くなっていきました。
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そして、プレステ2の発売日くらい待ちに待った運動会の日──。
紗綾が学級委員を務めるクラスの猪狩シュンジくんが、50メートル走に出場した時です。
「勝算は?」
「神のみぞ知る……ってトコロね」
クラスの皆の他に、同じ赤組の児童たちの期待も一心に背負って、シュンジくんがスタート位置に着きました。
「位置について……作戦開始!!」
担任の蕪城ミサコ先生のスタートの合図と共に、児童たちが一気に飛び出しました。
「AT(足を高く)フィールド…全開ッ!!」
中二臭が何気にかおるシュンジくんでしたが、スタートダッシュも決まり、現在ダントツの一位です。
「いきなさい!シュンジくん!!ほかのダレのためでもない……じぶんじしんのメダルのために!!」
興奮気味に、紗綾も超絶いい声で声援を送ります。
「勝ったな……」
「……あぁ」
ゴールまであと少し……みんながシュンジくんの勝利を確信していました。
しかし突如、シュンジくんが履いていた靴のアンビリカルケーブル(靴ヒモ)が断線したことで、シュンジくんと靴のシンクロ率が急激に下がってしまい、シュンジくんはグラウンドに前のめりに転んでしまいました。
完全に沈黙しているシュンジくんを全員が抜き去った後、先生たちは慌ててシュンジくんを保健室へと運びます。
運動会も終わり、紗綾が保健室へシュンジくんの様子を見に行くと、ちょうど目を覚ましました。
「……知らない天井だ」
意識を取り戻したシュンジくんに安心していると、クラスの男子の一人が勢いよく入ってきました。
「おまえのせいで赤ぐみがまけた!おれはおまえをなぐらな気がすまんのや!!」
いきなり入ってくるなり、乱暴なことを言うガキ大将の静原コウジくんに、シュンジくんがぼそりと呟きます。
「ボクだって、走りたくて走ったわけじゃないのに……」
「なんやとぅ?!」
口答えしたシュンジくんに、コウジくんは裏コードを入力されたかのようにイキり立ちますが、紗綾が二人の間に入って言いました。
「やめなさい!それいじょうは!!ヒトにもどれなくなる!!」
学級委員の紗綾にいい声で言われては、流石のコウジくんも何も出来ず、しぶしぶ保健室を出ていきました。
二人きりになった保健室で、紗綾は落ち着いた声で言います。
「なぜ、こうそくをムシしたの?あなたのがっきゅういいんはわたしなの。あなたにはこうそくにしたがうギムがあるのよ?」
「はい」
「こんご、こんなことはないように!いいわね?」
「はい」
せっかくの注意にも、無感情に言われたことだけをやるような返事するシュンジくんに、紗綾もついカッとなりました。
「あんた、ホントにわかってんの?!」
「わかりましたよ……そんなに言うなら、氷川さんが走ればいいじゃないですか」
……ッ!!
紗綾は怒りに任せて平手を振り上げましたが、すぐに冷静さを取り戻し、ゆっくりと手を下ろすと、黙って保健室を出ました。
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モヤモヤする気持ちのまま家に帰り、お風呂あがりに、こどものビールを一気飲みすると、紗綾は思わず大きな嬌声を上げました。
「──ッ!!クゥゥゥーーーーッ!!このためだけに生きてるって気がするわね!!」
陰鬱な気分を戻し、紗綾は何気なく日記帳を開くと、やはり、今日のことが書いてあります。
しかも、何処ぞの機密文書のような結構な長文です。
マス目を無視した長たらしい文を読む気にはなれず、紗綾は日記帳を閉じて就寝しました。
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そんなことが続き、すっかり日記を書くこともなくなった紗綾は、日記帳を開かなくなっていましたが、ふとページの残りが気になり、何の気なしに日記帳の最後のページをめくりました。
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10月20日、おひるすぎにじしんがありました。
じしんのせいで、ちきゅうがこわれてしまいました。
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ひび割れた地球の絵までリアルに描かれています。
紗綾はサーッと血の気が引いて、元々色白の顔が、さらに杏仁豆腐くらい白くなります。
無理もありません。
これまで、日記には確実に起こったことが書いてあったのですから。
つまり、これが書かれている今日、地震が起こり、地球も壊れてしまう……そういうことです。
紗綾はスーパーコンピューター3台分くらい考えました。
そして、急いでお母さんのところへ駆け出します。
「第1種警戒態勢を各所に通達!住民は直ちに避難させて!!」
と、お母さんに声を大にして言いたいところをグッとこらえ、
「お母さん!カセイにひっこそう?だいしきゅう!!」
と提案しました。
紗綾からのお願いの壮大なスケールに、お母さんは一瞬フリーズしましたが、すぐに気を取り直して言いました。
「何言ってるの……火星に行こうにも、まだテクノロジーが確立されてないのよ?ロケットだってないじゃない」
お母さんは子供にも容赦ないほどのリアリストでした。
このままでは、らちがあかない……。
そう思った紗綾は、家を飛び出して近所中に地震のことを一生懸命伝えました。
みんなを助けたい!!
その一心で触れ回りますが、誰も子供の紗綾のことを信じてくれません。
時間は刻一刻と過ぎ、地震の起こりそうな時間は近づいています。
心優しい四番隊隊長のような紗綾が、いくら日記のことを説明しても、やっぱり信じてくれる人はいませんでした。
そこで、日記の文字を消してしまえばいいんだ!と思いつき、大急ぎで部屋に戻ると、新品の消しゴムで日記の文字をゴシゴシこすりました。
もちろん、100均の安物ではありません。
紗綾は生涯8年間で鍛え上げた力を込めてゴシゴシしますが、文字は消えるどころか薄くもなりませんでした。
「身を捨ててこそ、浮かぶ瀬もあれ!!」
という気迫で、紗綾は消しゴムでこすり続けましたが、まったく希望は見えません。
最後のページを引きちぎろうと試みもしましたが、ラミネートがかかっているかのようにガチガチで、プログレッシブナイフですら歯が立ちそうもない強度です。
紗綾が諦めない心で日記帳に悪戦苦闘していると、地鳴りの轟音と同時に、デスメタルのライブ並に家が激しく揺れ始めました。
国営放送ですらアラームが間に合わないほど突然の出来事に、お母さんも町の人たちも、紗綾の言葉を聞かなかったことを後悔しました。
そして、やはり日記に書いてある通りになったのです──。
紗綾の日記の最後のページには、こうありました。
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10月20日、おひるすぎにじしんがありました。
じしんのせいで、ちきゅうぎがこわれてしまいました。
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そうです。
紗綾は地震が始まった瞬間、メガネの小学生探偵以上のヒラメキで、とっさに日記に一文字を書き足したのです。
紗綾の機転のおかげで、地球滅亡という未曾有の大災害が、まだ一回しか回していない紗綾の地球儀と、お祖父ちゃんが一番大事にしていた盆栽という最小限の被害で食い止められました。
心からグッジョブです。
紗綾は今でも、その日記帳を大切に持っています。
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どんな未来でも機転ひとつで変えられるんだ ということを忘れないために──。
作者ろっこめ
しょうこりもなく、小ネタをねじ込んで書いてしまいました……。
(  ̄∀ ̄)←反省はしていない
今回は、とある配信で、わたしの作品を朗読してくださっている、慈愛に満ちあふれ、かつ、名前を使ってもいいとまで言ってくださった本当にありがたい方のために書き下ろした作品になります。
気に入ってくださるかは別として、怒られなければいいなぁ…とは思っています。
ホントに名前を考えるのはめんどくさ…じゃなくて、とても難しいので、志願してもらえて助かりました。
いつか、怪談童話とか書けたらカッコいいなぁ……。