中編4
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実話: 蔵の闇に住む女

これは親友のTくんから高校の頃に聴いた実話です。幾分昔の事なので、曖昧なところもあるかもしれませんが、ご了承ください。

私達の故郷は熊本県菊池市。鞍岳と八ヶ岳に囲まれ、菊池川と迫間川の流れるこの盆地はその豊かな水利を活かし、米、ごぼう、メロンなど様々な農作物を栽培しています。そんな田圃や畑に囲まれて、僕たちは小学校から中学校までを同じ町で過ごしました。自分は高校から熊本市の方に出てしまいましたが、Tくんは菊池市に残り、今では立派な整体師として働いています。

そんなTくんは本当にいいやつです。小中一貫で、九年間同じ女の子のことを慕い続けたり、(相手からは多少嫌がられていましたが)、毎年誕生日には都会に出た自分に連絡をくれたりする、うまくは言えませんが、とても純粋で素朴で優しいTくん。

なぜ、Tくんがそんなにいいやつかと言うと、話を聞いた高校の頃はそんな感じはしませんでしたが、Tくんのお父さんは幼少期とても厳しかったとのこと。そんなTくんがまだ4,5歳だった頃、お父さんに怒られるのをきっかけとして、彼が体験した話です。

Tくんの家は所謂本家にあたり、盆や正月になると多くの親戚が訪れるそうです。また、年の近いの従兄弟(従姉妹)も多く、幼いTくんとしても、実家に親戚一同が集まるのを楽しみにしていたそうです。

しかし、あるお盆のこと。親戚の帰り際に、従姉妹のTくんより少し年下の女の子が泣いていることに、Tくんのお父さんは気づきます。訳を聴いてみるとTくんがおもちゃを貸してくれなかったとのこと。Tくんのお父さんは激怒して、Tくんをなんと家の横にある土蔵に閉じ込めてしまったのです。

もう9時近く、真っ暗な蔵の中でTくんは泣きながら、ドアを叩いて謝ったそうですが、お父さんは外から鍵をかけて行ってしまったよう。泣き疲れ、半ば諦め、目が慣れてくると、Tくんは入り口近くに置いてあった、木製の用具入れに腰掛けたそうです。腰掛け、少し落ち着くと、暗い蔵の端、ちょうどTくんの座っている所と対角線上に当たる端から、小さな声で「あそぼ」と聴こえて来たのです。

Tくんがハッとして、そちらを見ると、そこには白い服を着た女の人が立っています。幽霊とか関係なしに、Tくんは誰もいないと思っていた蔵の中に人がいたことに、パニックになり、ドアを叩き、泣きじゃくりながら、開けて開けてと叫びます。その間も女の人は小さな声で「あそぼ あそぼ あそぼ」と語りかけてきたそうです。おばあちゃんが蔵を開けてくれた時、Tくんははおばあちゃんが仏様のように見えたそうです。

しかし、としくんはそれから長い間、決して蔵の中で体験したことを誰にも言わなかったそうです。幼心に、言えば呪われると考えたとしくんはなんとこのことを中学校に上がるまで言わなかったそうです。

しかし、この直後、このことと直接関係があるかどうかはわかりませんが、としくんの体には異変が起こります。中指が原因不明で動かなくなってしまったのです。この話を聞いた時見せてもらった、手のひらにミミズ腫れのように残る手術痕を私は今でも覚えています。としくんは、中指が動かなくなったのはあの女の人のせいじゃないのかと感じながらも、それでも誰にも言わなかったそうです。

しかし、中学校に上がる頃、たまたま家族で行ったお祓い?の時、神主のような方から憑いていると告げられ、その憑いているとして説明された霊の姿が幼少の頃蔵で見た大人の女の人、 白いワンピースのような服、なぜか赤いサンダルを履いていた、その姿だったのです。(どんな顔をしていたか、としくんに聞いてみましたが、顔ははっきりとは見えなかったそうです。)

としくんはもちろんお祓いしてもらい、蔵もお祓いしていただいたそうです。

それ以降蔵に入っても不思議なことは何もないと言いながらも、この話を聞いた当時はまだ蔵もあり、帰りにはその蔵の前を通って行かないといけないのに何て話をしてくれるんだと思いながら、聞き入ったことを覚えています。

これは単なる後知恵に過ぎないかもしれませんが、としくんの家は昔は村の診療所をしていたそうです。彼女は若くして亡くなった患者だったのでしょうか。なぜ彼女は蔵の中にいたのでしょうか。彼女はどれほどの長い間、蔵の闇の中で遊び相手を待っていたのでしょうか。

真相はわかりませんが、としくんの寂しさに呼応して彼女は闇の中から姿を現したのかも知れません。

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