聞き覚えのある電子音で目が覚めた。またか・・・。俺はため息を吐きつつスマホのロックを解除する。思った通りだ。そこにはいつもと同じメッセージがあった。
「みつけた」
たった一言だった。送信者の名前は無い。こんなことはあり得ない話だが、真夜中の三時に必ず見知らぬ何者かから無料通話アプリにメッセージが届く。
もちろん、知り合い以外からはメッセージが届かないように設定している。それにも関わらず、ここ数か月間決まって午前三時にこのメッセージが入るのだ。電子音を切っておけば良さそうなものだが、仕事上、急な呼び出しがあるため、そうも行かない。
しかもそのメッセージが入る前には必ず夢を見る。誰かが背を向けてスマホをいじっているのだ。後ろから確認できるのは無料通話アプリだ。そのアプリはどのスマホにもデフォルトで入っている有名なアプリで、男はそのアプリで何かメッセージを打ち込んでいる。周りにはぼんやりと霧がかかっていて、その男をはっきりと確認することはできない。その直後にアプリの電子音で起こされるのである。
最初は気味悪く思ったが最近は少し慣れた。だが、必ず午前三時に安眠を妨げられるのは腹立たしいし、睡眠不足が重なって疲弊している。
こんな悪戯って可能なのか?もしかしてスマホがウイルスにでも感染しているのではないか。いろいろな可能性について考えてみるがさっぱり見当がつかない。
「いったい誰なんだ?」
独り言を呟くと、スマホの下方から勝手に検索アシスタントが起動した。いったい誰なんだ?の問いに対して、とあるニュースサイトのリンクが現れた。
「なんだこれ?」
それはとある山での遭難の記事だった。
「ここって・・・。」
俺は半年前の記憶を辿っていた。
登山が趣味の俺は、冬山登山でとある山を訪れていた。登り始めは快晴であったが、山の天気は変わりやすく、途中吹雪に見舞われた。俺の体温はどんどんと奪われ、疲労も限界に達していた時に、山小屋を見つけた。
「助かった。あそこでこの吹雪をやり過ごそう。」
小屋は薄暗かったが、何よりも吹雪ですっかり体温を奪われていた俺にとっては風雪が当たらないというだけでも外よりは全然暖かいし、命の危険を回避できたという安堵感に包まれた。その小屋には誰が置いたかわからないようなレジャー用の折り畳み椅子が置いてあって、不安定なそれにこしかけた。地べたに直接座るよりは断然寒さを凌げる。
「ん?なんだこれ。」
椅子の下に、ペンが落ちているのを見つけた。ああ、先客の忘れ物だなと思い、俺はそのペンを拾った。何故か異様にそのペンに惹かれ、俺はそれを持ち帰った。ただ、何となく、それが俺の使命であるかのように。
あくる日は嘘のように晴れ渡っていたので、俺はその小屋を出て下山した。その後、あの山で遭難事故があり、とある男性が行方不明だということを知り、九死に一生を得たと思った。それ以来、その行方不明の男性が見つかったかどうかはわからないが、どうやら捜索は打ち切られたようだ。
「もしかして・・・。」
そういえば、メッセージが届くようになったのも、その日あたりからだったように思う。俺が持って帰ってしまったペンは、その行方不明の男のものではないのだろうか。男は俺に何かを伝えたくて、メッセージを送ってくるのではないだろうか。そんな思いが頭をよぎった。
俺は居てもたってもいられなくなり、週末にその山へと出かけた。あの時とは違い、山は緑に覆われて、濃密な空気を吐き出して呼吸しているように息づいていた。俺は山に導かれるように、深く深く奥へと進んで行った。もうすぐあの山小屋に辿り着くはず。先ほどまでまとわりつくほどの湿気を帯びた山の空気が急に変わった。まるで冷蔵庫を開けた時のような冷気が流れ込んできたのだ。一雨来るのかもしれない。俺は足を速めた。それと同時に、俺は足を踏み外してしまった。
「うわぁっ!」
俺は叫び声をあげて斜面を転がり落ちた。幸いに途中の木に引っかかり俺の体は谷底に滑落寸前で難を逃れた。少し足を打ったが折れてはいないようだ。底の方には、小さな小川が流れていた。違和感を感じた。明らかに自然界にはあり得ない物がそこにあったからだ。
あれ、人間じゃないか?そのものの形を確認すると、俺は夢中で駆け下りた。
「ひ、人だ!」
完全に生気を失ったそれは、強烈な腐臭を放っていた。
「大変だ。警察呼ばなきゃ。」
警察によって引き上げられたその死体はやはり半年前の遭難者のものであった。その傍らに落ちていたバッグからは遭難前にあの山小屋で書いたと思われる日記が見つかった。たぶん俺の持ち帰ったあのペンで書いたのだ。遺体の傍らからはスマホも見つかった。
もしかしたら、この遭難者は俺に自分を見つけてほしかったのではないだろうか。そう思うに至った。俺の夢の中で、必死にメッセージを送り続けて来たのではないだろうか。そしてたぶん、この男が死んだのは午前三時なのだろう。そう思うと俺はその男が不憫でならなかった。俺はその後、その山の男の遺体の発見された場所を訪れ花を手向けて手を合わせた。
ところがその次の日もメッセージは届いた。やはりメッセージは同じだった。霧の中に男が立っていてこちらに背を向けている。男はスマホに何かメッセージを打ち続けている。そして夢のあとに同じように電子音で起こされてメッセージを確認した。
「みつけた」
いったい何なんだ。もう俺はお前を見つけてやっただろう。これ以上俺に何を望むんだ。だが俺は少し違和感を感じた。
メッセージは「みつけた」であって「みつけて」ではない。もし見つけて欲しいのであれば、「みつけて」と打つのではないだろうか?この小さな矛盾に気付くと急に恐ろしくなった。
毎日同じ夢を見て、やはり午前三時に同じメッセージで眠りから引きはがされる。俺はもう発狂寸前だった。俺は今日こそはと意を決してあることを試みた。夢の中で男はやはり背を向けてメッセージを打ち込んでいる。はっきりと「みつけた」のメッセージを確認した俺はその背を向けた男に向かって叫んだ。
「誰なんだよ、お前は。どうして俺にメッセージを送り続けるんだ。いい加減にしろ!」
すると霧の中の男はゆっくりと振り向いた。
「えっ?俺?」
その霧の中の男は、俺自身であった。
「なんなんだよ、いったい。なんだっていうんだ・・・。」
そこで俺の意識は深い所に沈んで行った。
目を覚ますと、いつも通りの自分の部屋で朝を迎えた。慌ててスマホを確認する。
そこには、何もメッセージは無かった。
昨日の夢は、何だったんだ。俺自身が俺にメッセージを送っていた。まあ、夢というものは、時に突拍子もないものを見るものだ。何より、いつものように午前三時のメッセージが無かったことに安堵を覚えた。これで終わってくれるかもしれない。
俺の期待通り、その日以来ピタリとメッセージは来なくなった。だが、俺の周りの空気が変わった。周りの人間が、俺が変わったと言うのだ。俺自身には全くそんな自覚は無い。
「なんか最近、雰囲気、変わったよね。」
そんな言葉をよくかけられるようになった。どんな風に変わったのかと問うと、皆一様に答えられないようであった。最初はあまり気にしなかったが、言われるたびにイライラが募り、人間関係があまり上手く行かなくなった。俺は、会社を退職した。
まだ転職しても大丈夫な年だ。次の会社に行けば環境が変わる気がしたのだ。転職先に入社初日、俺はその会社のエレベーターに乗り込むと、女が慌てて駆け込んできた。あまりの勢いに押され、何だよこの女と少し睨んだ。その女はゆっくりと顔を上げると、俺を満面の笑みで見つめて来た。
「みつけた」
彼女が呟く。
俺は諦めたように彼女を見つめた。
たぶん、俺はこの女を知っている。
この女が探していたのは、きっと霧の中の俺だったのだろう。
作者よもつひらさか