僕が務めていたジムでのインストラクターから聞いた話。
名前はめぐみ先生といってエアロビクスのベテランインストラクター、経歴は10年以上。
30代半ばの綺麗な女性だ。
多くいるインストラクターの中でもめぐみ先生はわかり易い、楽しいと老若男女から絶大な人気を集めていた。
その中のお客さんに、米本さん(通称よねちゃん)というおばあちゃんがいた。
愛嬌のあるおばあちゃんといった感じで、めぐみ先生はもちろん、我々トレーナーにも毎回笑顔で挨拶をしてくれて、時折、お饅頭を持ってきてくれる常連さんであった。
もう70代後半にもなろうというのに毎日のようにジムに足を運んでは、毎朝実施している’めぐみのエアロビクス’というレッスンに必ず参加していた。
「明日は病院でお休みよー。」「山登りの為に足腰鍛えたいから兄ちゃんなんか教えてちょーだい」など、良く話しかけてきてくれて、皆から慕われていた。
そんな日々が続き。
めぐみ先生が旦那さんの転勤のため、ジムを辞める事になった。
しかも、もう会えないであろう遠い県に引越しするとの事だった。
我々トレーナー、他のインストラクターもショックで、責任者は「代わりが居ないから、それが一番困るよー!」など本音を漏らしてたものだ。
退職日1か月前になり、ボチボチお客さんにも伝達していき、おばちゃん達の繋がりは異様に速く、1週間も立たないうちに常連の方々には知れ渡っていた。
「めぐみちゃん、引越すんだって……。寂しくなるねー。でもしっかり旦那を支えるめぐみちゃんは偉い!新天地でも先生の仕事辞めるんじゃないよ!」
よねちゃんにそんな言葉をかけられて、もう既にめぐみ先生は泣きそうになっていた(笑)
「めぐみちゃんのレッスン最後まで休まず出るからね!」そう伝え、よねちゃんはいつも通り帰っていった。
翌日、よねちゃんは来なかった。
昨日の今日で、皆心配したが、まーた寝坊でもしたんだろと失笑していた。
寝坊した!と言ってめぐみ先生のレッスンに途中から参加する事が良くあったのだ。
しかし、次の日もよねちゃんは来なかった。
「心配だから電話したんだけど出ないのよねー……。」仲の良い常連の方が不安な表情をしている。
「家も知ってるし、今日にでも様子みにいこうかしら?」
是非お願いします。と伝え、当然、めぐみ先生も心配していた。
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翌日、お客さんを通して聞いた話しが、よねちゃんが亡くなったとの事だった。
息子夫婦も、遠くに住んでいて、旦那さんも先に亡くしていたため、孤独死だった。
最後にジムに来た日の夜、心不全で倒れたとの事。
僕も含め、皆かなりのショックを受け、仕事が手につかなかった。
めぐみ先生も同じで、泣きながら「私、今日のレッスンできません…………。」と責任者に話していた。
しかし、レッスンを楽しみにしてる方が多くいる。
あくまでよねちゃんはお客さん、親族ではない。と責任者が言い、その通りではあるがあまりにも酷だと思った。
その話しを受け、めぐみ先生もプロ。気持ちを切り替えて、笑顔でその日のレッスンを行っていた。
僕たちはめぐみ先生の気持ちが痛い程わかり、複雑な心境であった。
お葬式などは親族だけで行われるとの事で、僕たち、めぐみ先生は心の整理がつかないまま日々の業務を行っていた。
そして、めぐみ先生の退職日。
’めぐみのラストレッスン’ というレッスン名に変えて集客も多く、盛大に行われていた。
めぐみ先生はコスプレをしたりして、大盛り上がりだった。
ここからはめぐみ先生から聞いた話し。
レッスンが終わり、今までの感謝の言葉を述べて、ありがとうございましたと締め、拍手喝采の瞬間、後方にある出入口の扉が1人でにパタンと開きパタンと閉じたとの事。
レッスンに参加してた方は背を向けていたため、めぐみ先生だけが気付いたとの事だった。
「あれね。多分、よねちゃんだと思うの。最後のレッスン来てくれたんだと思う。だってさ、よねちゃんいつも来るのも帰るのも一番早かったじゃん?」
めぐみ先生は涙を流しながら笑顔で教えてくれた。
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広大な緑広がる墓地に彼女はいた。
米本家 少し汚れていたので綺麗にする。
「よねちゃん。私も来たよ。最後のレッスンありがとうね。私、分かったよ。よねちゃん来てたって。
よねちゃんと話した最後の言葉、決して忘れないよ。身体がもつ限りいつまでも踊り続ける。
だから応援しててね。今までありがとう。さよなら、よねちゃん。」
よねちゃんがいつも可愛いいと褒めてくれた、使い古したリストバンドを置いて、彼女は去って行った。
作者ブラックスピネル
怖いというより、ちょっぴり切ない話です。