カラスの親・三〈『話』シリーズ 外伝〉

長編14
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カラスの親・三〈『話』シリーズ 外伝〉

次の週、美也子はまだ未熟な実が二、三個ついた栗の枝を手に、ホームを訪れた。

玄関横の事務室に挨拶をすると、すっかり顔なじみになった職員がすぐに迎えに来てくれた。

「わざわざ来ていただかなくても、もうお部屋まで行けますのに」

美也子が恐縮して言うと、若い職員は笑顔で首を振った。

「そんな失礼なことはできません。鶴岡さんが来てくださるのを、朝井さんとても楽しみにされてるんです。もともとしっかりされた方だけど、最近はますますイキイキとされて。私達も嬉しいんです」

心からそう言っているであろう職員の様子は、美也子にはとても好ましく、眩しく映った。

部屋に入ると、青く小さな栗の実にヒワは目を細めた。まだ柔らかい毬にそっと触れ、「懐かしいわ」と微笑む。

「昔、母がよくこれを茹でてくれたの。半分に切ってお匙ですくって食べるのよ。山栗だから小さかったけれど、甘みは強くておいしかったわ」

「『里の秋』そのままですね」

「本当にね」

そう言ったヒワの後ろの机の上に、なにやらノートと色鉛筆があることに、美也子は気がついた。今しがたまで使っていたのか、ノートは開かれたままだ。

「ヒワさん、塗り絵をなさるんですか?」

美也子が尋ねると、ヒワは小さく照れ笑いしながらそのノートと色鉛筆を見せてくれた。

それは花の塗り絵だった。開かれたページには、彼岸花が端の方を少しだけ赤く染めて佇んでいた。

「それがね、私、昨日が誕生日だったのよ」

照れ臭そうにヒワは言った。

「そうだったんですか。おめでとうございます」

「まさか自分が、こんな歳まで生きるとは思わなかったんだけれどね。それで、昨日は職員の皆さんが誕生会を準備してくださって、これをプレゼントにいただいたのよ。私が花が好きだから、って」

「それは良かったですね」

ヒワは嬉しそうに大きく頷きながら大事に塗り絵をしまい、美也子に向き直った。

「これだけ生きていても、生まれた日をお祝いしてもらうというのは、本当にありがたいわ。でも実は私、烏丸のお屋敷でも誕生日をお祝いしていただいていたのよ」

「え、本当ですか?」

美也子は驚いて声を上げた。今まで聞いていたヒワの話からすると、とても意外に思えたのだ。ヒワも「驚きでしょう?」と頷く。

「もちろん今のように、ケーキやご馳走やプレゼントはなかったんだけれど、毎年その日になると朝一番に旦那様が『おめでとう、良い一年を』と言ってくださるの。それがとても嬉しくて、毎年楽しみにしていたわ」

「ますます意外です」

美也子の正直な感想に、ヒワは可笑しそうに笑った。

「それにしても、ヒワさんのお誕生日をよく烏丸さんがご存知でしたね。聞かれたんですか?」

「さすが美也子さん、鋭いわ。そこがね、不思議なところなのよ」

ヒワは椅子に座ったまま、体を少しだけ美也子の方に傾けた。そしてまた、烏丸邸にまつわる不思議な話を語り始めた。

・・・・・

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ヒワが烏丸邸に勤め始めて十年が経った頃。

夕食後の勉強を終えた烏丸が、ふと思い出したようにヒワに言った。

「そういえば、明日はお前の誕生日だな」

ヒワは一瞬キョトンとしてしまった。

突然のことに驚いた、というだけではない。当時は誕生日という考え方は庶民にはあまり浸透しておらず、ヒワの周りでも誕生日を祝うという習慣はなかった。数え年で自分の年を言うことが主流で、そのため新年の祝いと年を重ねた祝いを同じように考えていたのだ。

そのため、ヒワもなんとなくでしか自分の誕生日を知らず、烏丸に言われてもすぐにはピンとこなかった。

「そ、そうだったかもしれません」

「うん、そのはずだ」

なぜか当の本人よりも確信を持って、烏丸が頷いた。

「あの、旦那様? なぜ私なんかの誕生日をご存知なのですか?」

恐る恐るヒワは訊いたが、烏丸は「まぁ、知っているんだよ」と答えにならない答えを呟いたきり、自室に戻ってしまった。

次の日、朝食の片付けをしていたヒワの元に烏丸がフラリと現れて、

「おめでとう。良い一年を」

一言そう告げると、すぐに踵を返した。

その後ろ姿を見送りながらヒワはしばらくポカンとしていたが、烏丸の言葉が誕生日である自分に向けられたものと気づいた時は、嬉しさとともに笑いがこみ上げてきた。

祝いの言葉にしてはそっけないあの一言は、普段表情を変えることのない烏丸の精一杯なのかもしれない。そう思うと申し訳ないながらも、自身の祖父以上に年の離れた主人のことが、なんだか可愛らしく思えてくるのだった。

その年から毎年、烏丸はヒワの誕生日を一言祝ってくれた。ヒワは二十歳もとうに過ぎ、年を重ねることに子供の時のような喜びは無くなってしまったものの、烏丸からもらえる一言は毎年格別のものだった。

「旦那様は、ヒワさんのことを実の娘のように思っていらっしゃるのでしょうね」

ある年の誕生日、朝から機嫌のいいヒワを目を細めて眺めながら、桜がそう言った。

「娘…って、ゆき様という方ですか?」

ヒワは思わず桜に詰め寄った。

そのヒワの顔を、桜は懐かしそうにまじまじと眺めて頷いた。

「ヒワさんはなんとなく、ゆきお嬢様に似ているのよ。目元の辺りなんかが特にね」

「桜さんは、そのゆき様をよくご存知なんですか?」

「えぇ。橘と私は、もともとお嬢様のお側にいたのよ」

桜は遠くを見ながら言った。

「お嬢様は明るく聡明な方で、旦那様もそれは可愛がっていらしたわ。自分の跡目を継ぐのはこの子だ、そんじょそこらの奴にはやらんと、ほんのお小さい頃からそう仰られていてね。おかしかったわ」

「そうなんですか」

「お嬢様の元を離れてからは二人ですることもなく過ごしていたのだけれど、旦那様がご隠居なさる際に私達にお声をかけてくださって。それでこちらに来たのよ」

話しながら、桜は微笑んだり眉を下げたり、珍しく表情をコロコロと変えた。元の主人であるゆきの元で過ごした日々は、よほど思い出深いものなのだろう。

ヒワはその桜の様子を見て、思い切って訊いてみた。

「以前、旦那様から『娘はいなくなった』とお聞きしました。桜さんは、そのことを何かご存知ですか?」

桜はまっすぐにヒワを見据えた。それは先ほどゆきの思い出を語っていた時とは打って変わった、感情の読み取れない人形のような表情だった。

「…いつか、旦那様がヒワさんに直接お話になることがあるかもしれないわ。橘と私の口からは、それ以上は言えません」

硬い声に、ヒワは慌てて頭を下げる。

「申し訳ありません。出過ぎたことでした」

「いいえ。私たちは、本当に何も言えないのよ。ごめんなさいね」

ゆっくり顔を上げると、桜はまたいつもの穏やかな表情に戻っていた。ヒワはホッと胸をなで下ろす。

「ヒワさんは、旦那様にそれだけ親身に仕えてくれているのね。旦那様を、これからもよろしくね」

「そんな… 私なんかでは、まだ橘さんと桜さんの足元にも及びません」

「でも、私たちではない、ヒワさんでしかできないことがあるでしょう。それに、偶然とはいえお嬢様に似たあなたの存在は、それだけで旦那様の心をお慰めしていると思うわ」

「もったいないことです」

もう一度頭を下げながら、こそばゆいような嬉しさをヒワは感じた。その気持ちで、主人への疑問には無理やり蓋をする。

旦那様の過去になにがあれ、今私がすることは心を込めてお仕えすることだけだ。

そう自分に言い聞かせた。

しかしそうは誓ったものの、その後も度々烏丸への疑問が胸をかすめることはあった。

一度だけだったが、ある時烏丸が突然に数輪の菊の花束を渡してきたことがある。

「今日は、お前の母親の命日だろう」

と。

ヒワは烏丸が差し出してくれた菊の花を、すぐに受け取ることができなかった。嬉しさよりも、「なぜ?」という疑問が先に頭を占めたためだ。

ヒワは自分の誕生日はうろ覚えだったが、母の命日は忘れようもなく、毎年こっそり供養をしていた。とはいっても里帰りは許されておらず、長兄と折り合いの悪い実家にはもとより帰るつもりもなかったため、母の眠る墓の方角に手を合わせるだけだった。それも誰も見ていないであろう明け方に、台所の片隅で行なっていた。

烏丸は、その姿をどこかで見ていたのだろうか。

それとも、なにか他にそのような情報を得る手段があるのだろうか。

すぐに手を出さないヒワをどう思ったのか、烏丸は菊を彼女に押しつけるようにすると、その後はヒワの母親の命日について口にすることはなかった。

・・・・・

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ストーカー、その一言が喉元まで迫り上がる。それを無理やり飲み込もうと、美也子はわざとらしい咳払いをした。

ヒワはその心中を察したように苦笑いをする。

「別に旦那様は、特別私に執着されていたというわけではないのよ。あの方の元には多分、必要かそうでないかに関わらず多くの情報が集まっていたんだと思うわ」

「情報が? どういうことですか? それに私、先週聞いた中で気になることがあったんです。ヒワさんは、烏丸邸に三十年以上お勤めされたと言われていましたけど、ヒワさんが奉公に出られた時点で烏丸さんはもう九十歳近くだったんですよね? それって… どういうことなんでしょう?」

うまく言葉が出てこず、曖昧な質問になる。それでも、美也子が言いたいことはヒワに十分伝わっているようだった。

「旦那様も、さすがにいつまでもお元気というわけではなかったわ。だんだんと自室を出られる機会が減って、楽しみだった夜の勉強会もいつしかできなくなって。残念だったけれど、時折見せてくださる姿はその度に細く弱々しくなられて、見ているこちらが辛くなるくらいだった。でもまぁそれにしたって、旦那様はギネス記録もびっくりの超ご長寿であったことには変わりないんだけれどね」

「はぁ」

「以前も言ったけど、私もすべてがわかっているわけではないの。だからこれから、旦那様から聞いたことをそのまま話すわね」

「聞いたことを?」

「えぇ。旦那様が、ある時私を呼んで話してくれたのよ」

ヒワは美也子をまっすぐ見つめて言ったが、その目は美也子のずっと向こうを見ているようだった。

美也子は、話がいよいよ終盤に入ったことを感じながら、その話に耳を傾けた。

・・・・・

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それは、ヒワが四十歳をいくつかすぎた頃だった。

烏丸邸にいると時の流れが曖昧で、三十年近い年月も長かったのか短かかったのか、ヒワにはまったく実感が湧かなかった。ただ鏡を見るたびに、自分の顔が年相応に老けていることは認めざるを得ず、それで時の流れを感じていた。

だというのに、ともに働く橘と桜は、出会った頃とまるで容姿が変わらなかった。ヒワとしてはもはや、不思議というより羨ましく、確かに年下なはずの自分がいつしか二人を追い越して老いてしまうのではないかと、それが心配だった。

また、その頃には烏丸邸で養われ奉公先を斡旋されていた子供達も、姿を消していた。最後の子供が屋敷を離れたのが五年ほど前で、それ以降新たに増えることはなかったのだ。

一度ヒワは、橘にその理由を尋ねたことがある。

「世の中がだいぶ落ち着いてきて、親と暮らせない可哀想な子供がずいぶん減ったからですよ」

橘はそう穏やかに笑ったが、烏丸邸から出ることがなく世の情勢をほとんど知らないヒワにとっては、これまた実感のない話だった。

烏丸の姿を屋敷内で見ることは、まったくと言っていいほどなくなっていた。ヒワが烏丸のために作る食事も、量が最初の半分以下に減り、内容も粥や柔らかく煮たおかずなどに変わっていた。

ヒワは当然烏丸の容態を心配したが、食事を運び直接身の回りの世話をする橘は「大丈夫ですよ」としか言わなかった。確かに、食事は量は減ったものの毎食きれいに平らげられており、時折「美味かった」とメモがつけられていることもあった。

ある、冬の日の午後のことだった。

昼食の片付けが終わったヒワの元に、橘がやって来た。

「ヒワさん、旦那様がお呼びです」

驚くヒワを抱き上げて階段を二段飛ばしにし、橘はあっという間に烏丸の部屋に辿り着いた。まるで初めての時と同じだと、驚く反面ヒワはなんだかおかしかった。

「旦那様は、お変わりないのですね。なんのお話でしょう?」

橘を見上げて聞くと、「まぁ、お会いになってもらえればわかります」となんとも曖昧な返事が返ってきた。

室内は、なにやら薬草のような不思議な香りで満ちていた。中央ではだるまストーブが焚かれ、上に置いてあるヤカンがしきりに湯気を上げている。そのせいで、大きな窓は一面が白く曇り、まるで雪の日の朝のように室内を明るくしていた。

橘は、入り口に背を向けて置かれた豪華な肘掛け椅子へと向かった。ゆっくりと回り込み、対面する椅子にヒワを下ろす。

正面に座る烏丸の姿を見て、ヒワは息を飲んだ。

「旦那様…!」

苦笑するように小さく顔を歪めた烏丸は、ヒワの記憶の中の彼とはかけ離れた姿だった。

蝋のように白い肌に生気は感じられず、触れれば崩れ落ちそうなほど乾いて脆く見えた。目鼻立を隠してしまうほど深く刻まれた皺、そしてなにより、

「旦那様、いったいなにがあったのですか⁈」

烏丸の着物の袖や裾はペチャンコで、そこにあるはずの四肢の質感はまるで感じられなかった。

「いやなに、驚くことではない」

意外なほどはっきりと烏丸は言って、薄く目を開ける。しかしその瞳は左右が互いに違う方向を向き、すぐ目の前のヒワのことすら捉えていない。濁ったような色のそれは、明らかに義眼だった。

「だ、旦那様…」

「別に、驚かせるためにお前を呼んだわけではないのだ。少し落ち着け」

そう言われたところで落ち着けるわけもない状況だが、烏丸の「お前に話しておきたいことがある」という一言で、ヒワはようやく我に返った。

「話、ですか?」

「そうだ、お前にだ。お前はこの屋敷で、もはやただ一人の人間だからな」

ヒワは反射的に振り返り、後ろに立つ橘を見た。橘はいつも通りの穏やかな笑みを浮かべたまま一礼すると、音もなく部屋を出ていった。

「さて、なにから話したものか。といっても、儂の所業をすべて告白したいのだから、事の始まりからだな、やはり。長くなるぞ、覚悟しろ」

「旦那様、なぜ私のような者にそんな大事なお話を?」

困惑を含んだヒワの質問に、烏丸は小さく笑った。

「儂にもようやく死期がきたようでな。そうなると、誰かに自分の人生を語ってみたくなるものだ。許しを請いたいのではなく、ただ聞いてもらいたいのだ。それには、ずっとそばで仕えてくれたお前が一番ふさわしい。この家に何十年も閉じ込め、嫁にも出さず、悪かった」

「そんな…」

とんでもない、と言おうとしたが、烏丸はもうヒワの言葉など聞く気がないように、体を深く椅子に預け、軽く上を向いて目を閉じた。

・・・・・

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儂は十五の歳から今の仕事を始めた。元号が明治に変わる前年のことだったな。

始めたと言っても、真似事以下だ。街角に自分で粗末な掲示板を立てて、そこに毎週瓦版を貼り出した。とにかく自分が見聞きし知ったことを、他の人間にも教えてやりたくてな。儲けることなんて、これっぽっちも考えてなかった。

少し反応が出てくると人目を引きたくて、有る事も無い事も関係なく書きまくったよ。真偽もあやふや、内容もデタラメだ。

当時は報道倫理なんて、言葉も考えも頭になかったからな。面白おかしく書かれた者がなんて思うか、なんて考えもしなかった。当然、反感を買うことも多かったよ。せっかく書いたものをビリビリに破られたりなんかはいい方で、夜道で後ろから殴られたり雑踏の中で足を引っ掛けられたりな。もちろん、何度も廃刊する目にあった。今思えば、よくも懲りずに続けたものだ。

いったい何度目の廃刊の時だったか…ちょうど、娘が生まれたばかりの頃だった。家庭を持ったというのに幾ばくも稼げないままの廃刊で、自棄になって呑んだくれた帰り道のことだった。提灯なんていらないような、月の明るい夜だったな。

したたかに酔っていたせいで、家に着く前に意識が朦朧としてきてな。思わず、道端の松の木の下に派手に嘔吐したんだ。そしてそのまま、木にもたれて眠ってしまった。

どれくらい寝ていたかはわからないが、奇妙な音がするので目が覚めた。ピチャピチャと、犬が水を飲む時のような音がしてな。なにかと思って見回すと、先ほど儂が嘔吐したあたりに、なにやら黒い塊がうずくまっていた。

月の明るい夜だったが、それにしたってそいつは全身真っ黒で、何者なのかさっぱりわからなかった。強いて言うなら、一抱えもあるような丸い甲羅の、カニのような姿だった。足はムカデのように無数にあったがな。あぁ、そんな顔をするな。信じ難いだろうが、嘘は言っていない。

そしてそいつがなにをしているのかといえば、どうやら儂が吐き出した吐瀉物を食っていたんだ。それに気づいた時には、全身に怖気が走ったよ。

気味の悪い化け物め、と踏みつけてやろうと思ったんだが、それを察したのか、そいつが一声鳴いたんだ。威嚇や、仲間を呼び寄せるためではない。甲高くか細い声で、「ピー」とな。

それには聞き覚えがあった。なんだと思う? 鳥の雛が、親に餌をねだる時の声だよ。

儂は子供の頃、巣から落ちたカラスの雛を世話していたことがあってな。瞬時にそれを思い出し、思わず足が止まったんだ。するとそいつは儂の足元まで這い寄ってきて、黒い体が一度溶けるように縮んだかと思うと、すぐにカラスの雛の姿になったんだ。いや、度肝を抜かれるとはこのことだよ。

そいつは儂の記憶の中のカラスそのままに、足元でピョンピョン跳ねたり、顔を見上げては小首を傾げたりしてきた。得体の知れない化け物ではあったが、その様子はやはり可愛らしくてな。思わず拾い上げて、懐に入れてしまったんだ。まだ酔いが残っていたのもあったろうが、生まれたばかりの娘を思うと、小さな生き物をあっさり殺してしまうのが偲びなくてな。文字通り、魔が差したというやつなのかもしれん。

次の日の朝、儂はそいつに突かれて目が覚めた。昨夜のことが夢ではないとわかって、なんだかおかしかったよ。

そいつは、儂のいるとこにはどこでもついてきた。まるで雛が親鳥を慕うようにな。刷り込みというわけでもなかろうが、もしかしたら、儂が吐いたものを食ったのが原因なのかもしれん。

本当は好きに姿を変えられるんだろうに、儂が好んでいるのがわかるのか、そいつはいつもカラスの姿をしていたよ。仕草もカラスそのものでな、気を抜くとただの鳥を飼っているんだと錯覚しそうだった。

でもやっぱり、あいつは違ったんだなぁ。

・・・・・

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コンコン

突然の音に、ヒワはビクリと身を震わせた。まるで夢から覚めたような心地で、慌てて音の出所を探す。

白く曇った窓に、三十センチほど大きさの黒い影が映っていた。影が小さく跳ねるように動くと、鋭く尖ったくちばしのようなものが見えた。

「ヒッ…」

烏丸の話に出てきたカラスかと、ヒワは小さく悲鳴をあげる。

「こら、やめろ」

烏丸が苦笑しながらいうと、窓辺の鳥は翼を広げて飛んでいった。

「怖がることはない。あれはただの、鳥のカラスだ」

「でも…」

「自分と同じ姿の奴を、あいつは意のままに操れるんだ」

なんでもないことのようにそう言って、烏丸は大きく一つため息をついた。

「大丈夫ですか、橘さんをお呼びしましょうか」

「杖もないのに、お前では呼べんだろう。いいよ、時間がないからな。このまま続きを話そう」

ヒワは正直、疲労から烏丸が話すのを断念してくれればいいのにと思った。烏丸の話は荒唐無稽で信じ難いものだったが、本人の言うとおり嘘ではないだろうと直感していたからだ。

それでも、聞きたくないと思う一方で話に強く引き込まれてしまうのも確かだった。自分でも気づかないうちに、ヒワは身を乗り出して烏丸が語り始めるのを待っているのだった。

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