『海幸彦と山幸彦』
~仕組まれた兄弟げんか~
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天孫ニニギの子に、海幸彦(ウミサチヒコ)と山幸彦(ヤマサチヒコ)という仲のよい兄弟がいました。
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なお、映画監督の堤幸彦さんは字面が似てるだけで関係ありません。
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海幸彦は『めっちゃ釣れる釣り針』を、山幸彦は『めっちゃ当たる弓矢』を持っていて、それぞれ得意なことで生計を立てていました。
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ある日、二柱は
「お互いの道具を取り替えっこしようぜ!」
と、よせばいいのに道具をトレードし、海幸彦は山で狩りを、山幸彦は海で釣りに勤しみました。
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そして、おおかたの予想通り、海幸彦はネズミ一匹捕れず、山幸彦は小魚一匹釣れませんでした。
それどころか、山幸彦は魚に針ごと持っていかれるという大失態までやらかしてしまいます。
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大事な釣り針を紛失された海幸彦は憤慨して、激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリームです。
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これに困った山幸彦も必死で釣り針を探します。
波打ち際、難破船の中、路地裏のゴミ箱……
そんな所にあるはずもないのに。
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山幸彦はお詫びに自分の剣をぶっ壊し、釣り針を千本手作りして返しますが、
シロートお手製の釣り針が千本あっても、魔法の釣り針の代わりになるはずもなく、
海幸彦は謝罪を受け入れず、頑なに受け取りを拒否。
戦略的無視を決め込みました。
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やさしかった兄を怒らせた山幸彦は、給料日直後に給料丸ごと落とした時くらい落ち込みながら、
孤独な笑みを夕日にさらして、背中で泣いていると、一人の老人が現れました。
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この老人は潮流の神です。
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老人「どうした?若者よ」
山幸彦「兄貴の大事な釣り針を魚に食われてもうて、めっちゃ怒ってて口も聞いてくれへん」
老人「ソイツァ大変だ!」
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老人は見てるこっちが引くくらい凹んでいる山幸彦を哀れんで、グッドなアドバイスをしてくれました。
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老人「釣り針のことなら海の神『ワダツミ』に頼んだらえぇ……この海の先にワダツミの屋敷があるから、そこに行くとよろしい」
山幸彦「ホンマ?」
老人「ただ、簡単には会ってくれんだろうから、こうしなさい」
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老人からいろいろとレクチャーを受け、山幸彦は小舟を作ってワダツミの屋敷のある島に向かいます。
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ワダツミの屋敷に到着した山幸彦は老人のアドバイスを守り、
いきなり突撃せず、門の外にある井戸でじっと待ちました。
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元々ハンターな山幸彦ですから、待ち伏せなんて慣れたものです。
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ただ、ワダツミが生活用の井戸を敷地内ではなく、わざわざ屋敷の外に作ったのかには、ノータッチでお願いします。
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しばらく身を潜めていると、老人の言った通りに屋敷から侍女が水を汲みに出てきました。
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そこで、山幸彦が侍女の前に颯爽と現れます。
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「そこのお嬢さん、水を一杯いただけませんか?」
とイケボで頼むと、人がいい侍女は器に水をくれました。
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器を受け取った山幸彦は、その水を素直に飲むのかと思いきや、
おもむろに首にかけていた玉を口に含んでから器に吐き出し、満面の笑みで侍女に返します。
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見ず知らずの男に優しくして水をあげたら、飲むどころか変な玉を吐き出して返してきたんだが。
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という、何処かのラノベのタイトルみたいな状況に陥り、侍女は困惑します。
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一見、何を血迷ったのかと思いそうですが、これも作戦です。
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侍女が汚物でも見るような目で山幸彦を睨みながら、器に吐き出された玉を取ろうとしますが、
玉は器にピッタリ貼り付いて取れやしません。
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このことを中にチクリに行き、侍女がワダツミの娘トヨタマヒメを連れて来ると、トヨタマヒメは山幸彦に一目惚れします。
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『但し、イケメンに限る』は、神代の時代から脈々と続く伝統だったようです。
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トヨタマヒメは父親のワダツミに山幸彦を紹介すると、
「どうも、アマテラスの孫のニニギの息子の山幸彦です」
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なんだかデジャブがイカついですが、やはり血は争えません。
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山幸彦のこれ見よがしの家柄の良さアピールに、まんまと食いついたワダツミは、
山幸彦をトヨタマヒメと結婚させ、ものすごく丁重にもてなしました。
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ワダツミからの厚遇に甘んじ続け、あっという間に三年の月日が流れた頃、
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「せや!兄ちゃんの釣り針探しに来たんやった!」
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と、ようやく何をしに来たかを思い出した山幸彦はワダツミに事情を話すと、
ワダツミは魚たちに一斉召集をかけて一堂に集めます。
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「誰か、婿殿の釣り針知らん?」
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魚たちに訊くと、ほぼ全員の「知らんがな」の空気の中、一匹の赤女(あかめ=鯛)が
「釣り針は知りまへんけど、そんなことより私のノドがずっと痛いんですわ」
と言うので、口の中を見てやると、なくした釣り針が深々と刺さっていました。
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探し物が見つかった山幸彦と長年のノドの痛みが取れた鯛とが、めでたくWin-Winの関係になったところで、山幸彦は嫁を残して実家へ帰ります。
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その時、ワダツミは山幸彦に『潮満ち玉(しおみちたま)』と『潮干き玉(しおひきたま)』を授けて、こう言いました。
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「兄が上の方で田んぼを作ったら下の方に、下で田んぼを作ったら上の方に作りなさい。
その後、兄が婿殿を攻めて来やがったら、その潮満ち玉を使って溺れさせ、降参したら、こっちの潮干き玉で助けてあげなさい」
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と、兄弟ゲンカ不可避のフラグの建て方と、それの納め方を伝授し、和迩(わに=サメ)に乗せて帰しました。
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この時の和迩は、山幸彦を送ったご褒美に神様になっています。
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華麗なシャークライドでクールに実家に帰った山幸彦は、兄に釣り針を返し、一旦は兄弟仲が戻りますが、
一級フラグ建築士の義父ワダツミに言われた通りに田を作ると、水を操るワダツミのチート能力で、兄の田には水が行かず、米が獲れないどころか稲が育ちません。
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これによって、海幸彦からの襲撃を受けますが、
これも義父の言いつけ通り、
潮満ち玉で海幸彦を溺れさせ、海幸彦が降参すると、潮干き玉で助けてあげました。
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無理にケンカをさせた意図はわかりませんが、そう書いてあります。
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その後、山幸彦の子を宿したトヨタマヒメがワダツミ邸からやって来て、
「子を産むから産屋を建てておくんなまし」
と言うので、山幸彦は産屋を建ててあげました。
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実家で産めばいいのに……と思いますが、
「太陽神の血族を海の底で産むわけにはイカン!!」
という、ワダツミの強い使命感からですので仕方ありません。
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そして、出産直前のトヨタマヒメと山幸彦の間に、
「絶対に見んなよ?!フラグじゃねえからな!!」
という、いつか見たような件(くだり)がありましたが、もちろん、イザナギの血を引く山幸彦はバッチリ一部始終を見てしまいます。
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産屋の中では、FFの召喚獣みたいなゴツい龍が、ヒッヒッフーして子を産んでいました。
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こうして歴史は繰り返すんです。
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そんなラスボスクラスの龍という真の姿を見られたトヨタマヒメは、
正体を見られた恥ずかしさのあまり、我が子を置いて実家に帰ってしまいますが、
夫は憎いが子はかわいいもので、子を育てる乳母として、妹を派遣したということです。
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そして、この山幸彦とトヨタマヒメの間に生まれた子こそが、天皇家初代の神武天皇の父なのです。
続く?
作者ろっこめ
これにて、古事記の上巻は終わりになります。
(上巻長すぎワロタ)
この『山幸彦の伝説』は『浦島太郎伝説』の元ネタだったのではないか説があり、真偽のほどは不明です。
ここに出てくるワダツミは、本来は『綿津見』と書きますが、『海神』を『わだつみ』と読むのは、ここから来ています。
殿方諸兄は合コンあたりで、「海神の語源は古事記からなんだよ」と、ロックオンした女の子に教えてあげると、「へぇ」というレスポンスがいただけるかと思います。
次からは中巻になりますが、もうおなかいっぱいですかね?
中巻も読みたいぞ!メガネ!このやろう!という知的好奇心の権化のような方は、こちらの作品宛コメント欄にコメントください。
リクエストが多かったら、中巻編も書きたいと思います。
ただ、系譜も多い(下巻はほとんど系譜)ので、面白そうなエピソードだけをわかりやすくまとめ、わたしが味つけしたものを投稿する流れになりますので、予めご了承ください。
ここまでのおつきあい、本当にありがとうございます!!
南都華大学 文学部 国文学科(仮) 客員教授 ろっこめ