高知県。
若草さんが子供のころ、姉と二人で近所の川へ遊びに行った。
たわむれに水面に小石を投げ入れてみると
《うわははははは》《うわははははは》
と地の底から響いてくるような、くぐもった男の笑い声が聞こえた。
笑い声は波紋が静まるまで続き、再び小石を投げ入れると
《うわははははは》
《うわははははは》
とまた同じように聞こえてくる。
それは姉にも聞こえていたらしく、二人とも大喜び。
二人でいくつもの小石を投げ入れては、笑い声を誘った。
同時に複数を投げ入れれば笑い声も複数になり、声の大きさは投げる石の大きさに準じているらしいことが判った。
若草さんが両手で抱えるほどの石を投げようとしたとき
《危ないことをするな》
と通りかかった男性にとがめられた。
若草さんは笑い声のことを説明し、再現するために小石に持ちかえ投げてみたが、どれほど水面をゆらしても声は聞こえてこなくなっていたという。
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埼玉県。
真夏の夜、ある川辺のキャンプ場。
桂木さんがテントの外で缶ビールを空けていると、対岸で動く人影が視界に入った。
シーズン中で大勢の客が訪れていたため、初めは同じ趣味の者だと考えたがどうも様子が違う。
注意を向けると、それは
《三輪車にのった男の子》
だった。
小石だらけの川の岸辺を軽快に、ぐるりぐるりと走り回っている。
家族で来ているのかもしれないが、真夜中であり周囲に保護者の姿も見えない。
何よりキャンプにわざわざ三輪車を持ってくるだろうか、と考えると急に不気味に思えた。
自分のテントに戻ろうと立ち上がると、男の子は急にペダルを踏む足を止めた。
そして男の子は方向を変え、三輪車にのったまま川へと入った。
《危ない》
と思った桂木さんの予想とは裏腹に、水上を滑るように三輪車を漕ぎつつ、ゆっくりとこちらに向かってきた。
桂木さんいわく、男の子は
《顔だけが、ビデオ映像のノイズが走っているように白黒でざらざらに潰れているように見えた》
そうだ。
桂木さんは慌ててテントに逃げ込み、震えていたが、その後は何事もなく朝を迎えることができた。
実はこの三輪車の少年、目撃者は相当数にのぼり有名な話らしいのだが、そのキャンプ場で事故などが起きた事実はなく、まったく謎の存在である。
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埼玉県。
額賀さんの通学路には小さな橋があった。
登校中のある朝なにげなく川に目をやると、人の顔が水面に浮いていた。
《お面が捨てられている》
ように見えたらしい。
頭髪も、身体も見えない。
顔だけが水の流れに影響されず、川のちょうど中央、一点にとどまって空を眺めている。
額賀さんが立ち止まると同時に、顔は目だけをギョロリと動かして額賀さんを睨み付けた。
真っ白な、若い女性の顔に思えた。
あれは何だろう、と判断がつかぬうちに顔のそばへ小さな鳥が飛んできた。
羽を休めようとしたのか、顔へ足をおろそうとした途端に表情を変えることもなく、顔はスッと水のなかに消えた。
鳥がそのまま飛んでいったあとも、額賀さんはしばらく川を見張っていたが、顔は二度と現れなかったという。
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茨城県。
湯原さんは川釣りをしていた。
穏やかな水面に糸をたらす自分の姿が映っている。
小一時間ほど経過しふと気づくと、川に映る自身の背後に、大勢の人々が並んでいた。
驚いて振り向くと、誰もいない。
再度水面に目を戻すが、映っているのは自分だけである。
見間違えにしては異様に鮮明であり、湯原さんは細部を記憶している。
彼らは老若男女とりまぜてボロボロの服装をしており、血を流しているような明らかな怪我人もいた。
そして、皆一様に怯えたような様子で上空を見上げ、そこに存在しているらしき
《何か》
を指差していたそうだ。
それが何を意味するのかは不明である。
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栃木県。
東さんが子供のころ、地元で有名な深い川は格好の遊び場であり、男子は度胸だめしに高台から飛び込みをするのが通過儀礼であった。
東さんは水泳が得意なこともあり、小学校低学年の夏に飛び込みを行い同級生を驚かせたが、その場所自体を好ましくは思っていなかった。
水深が五~六メートルほどあるのだが、川の底に苔むした石地蔵が何十、何百と並んでいたからである。
近くで見てみると、相当に長い歴史があるのか、水の流れに洗われ目鼻立ちのはっきりしない地蔵がほとんどであった。
そんな場所に地蔵を並べて何の意味があるのかも判らなかったが、他の連中がいちいち口にするわけでもなく、そんなものかと思っていたらしい。
中学に進学したころ、毎夏のように川へ潜ると突然地蔵たちが跡形もなく消え失せている。
仲間に理由を訊いたときに
《そんなものは知らない》
と言われ、初めて自分だけが見ていたのだと知ったそうだ。
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宮城県。
立原さんが家族で花火をしていた川で目にした光景。
上流から、何かが流れてきた。
緑色の藻類が塊になったような、約一メートル四方の不定形なものだったという。
川の途中には凹凸の激しい岩場があり、小さな滝のようになって流れ落ちている。
流れは激しく
《あの緑の塊が巻き込まれたら砕け散るだろうな》
と考えていた立原さんの目前で、塊はブレーキをかけたように流れに乗ることをやめ、岩場の周辺をうろうろと泳ぎまわったあと、あろうことか水流とは逆に遡上していった。
塊は完全に見えなくなり、再び流れてくることもなかった。
家族には一笑に付されたそうだ。動画を撮影すべきだった、と今でも悔しがっている。
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中国、広東省深圳市。
ある冬に、川で遺体が発見された。
若い男性のものだったが、身元確認をすると驚くべき事実が明らかになる。
男性は二十二年前に行方不明になり捜索願いが出されていた地元の青年であり、所持品や服装、何より年格好なども当時のままであった。
自殺や死体遺棄の線を洗ったものの当然ながら立証はできず
《川の中にタイムトラベルでもしてしまったのではないか》
という者も存在した。
死後数時間しか経過しておらず、直接的な死因は溺死や凍死ではなく
《全身の火傷》
によるものだったという。
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東京都。
西田さんは中学へ進学したさいに地方から越してきたのだが、引っ込み思案な西田さんにやたらと話しかけてくれ、意気投合したウエノという同級生に
《面白いものを見せてやる》
と言われ連れていかれたのが、心霊スポットとしても有名な川の水門であった。
実はその水門が見える道が通学路になっていた西田さん。うわさは耳にしており興味はあったが、同時に怖がりな西田さんは一人ではわざわざ近寄らないようにしていたのだ。
ウエノと二人なら、大丈夫だろう。
昼間でも雰囲気は充分なその場所に恐れおののきながら歩みを進めていくと、水門付近の柵に何かが置かれている。
西田さんはのけぞった。
《日本人形の、頭部だけ》
が五つ、並んで置かれていた。
怖がる西田さんに対しウエノは落ち着き払って
《ここはマジだから》
などと言う。
別段、何を体験したわけでもないのだが、西田さんはさっそく他の同級生に
《人形の首が置かれた、恐ろしい心霊スポット》
の話を伝えた。
しかし、誰に話しても反応は鈍い。
それもそのはずで、最初にその場所を教えてくれた例のウエノは小学校時代から嘘つきで有名であり、その心霊スポットに人形の首だのロウソクだのをこれ見よがしに置くといった自作自演をしては、事情を知らない人間を連れていくことを楽しみにしていたのだ。
人形の首は彼の十八番で、何度片付けられてもどこで入手するのか、懲りずに並べ直しているのだという。
それを知ってからは、あれだけ馬が合うと思えたウエノが大したことのない人物に思えた。
何とはなしに徐々に距離を置いてしまった西田さんだが、彼は相変わらず水門への供え物を行っているらしく、頻繁に人形が置かれたり片付けられたりを繰り返しているのを確認した。
そうこうしているうちに、ウエノは学校へ来なくなってしまう。
同級生たちのうわさでは
《真夜中、近所の墓地に忍び込み墓前に供えられた人形やロウソクなどを盗んでいたのがばれ、少年院に連れていかれた》
とのこと。
おそらく、水門の柵へ置くためのものだろうーー西田さんはそう考えた。
そして、そのままウエノとは音信不通のまま卒業してしまった。
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再びウエノの名を聞くのは、それから十年以上あとのことになる。
就職と同時に街を離れることになった西田さんが、同級生たちに送別会を開いてもらったさいに
《最近、ウエノが自ら命を絶ってしまったらしい》
という話を聞いたのだ。
その頃の西田さんたちは、もちろん墓でのコソ泥ごときで少年院に連れていかれることなどあり得ない、と判っていた。
おそらく彼は、何らかの形で心のバランスを崩しており、通学が難しくなったのだろう。
その夜、西田さんは酒の勢いと思い付きで例の水門へ足を向けた。
もうここへ来ることも無いだろう。
深い付き合いはなかったとはいえ、後味のよくない結果になってしまったことに、いくばくかの罪悪感を覚えたのかもしれない。
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結論から言ってしまうと、置かれていた。
人形の首が。
水門の柵に。
それも五つや六つではなく、端から端までびっしりと数えきれないほどの首が連なって。
西田さんは逃げるようにしてその場所を離れた。
それからというもの、水門には近付いていない。
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いくらでも説明はつく。
かつてのウエノのいたずらが形骸化し、誰かが同じような真似を続けていたことは充分に考えられる。
しかし西田さんは
《ウエノの自死そのものが、悪質なデマなのではないか》
と考えている。
ウエノは今でもちゃんと生きており、時おり水門へやってきては人形を置いているのではないかーと。
確かめる術はない。
ウエノの実家は、西田さんが街を離れたのと同じタイミングで越してしまい、そのときは既に売家になっていたからだ。
それからさらに数年がたつ。
西田さんは、近々あの水門へ足を伸ばしてみようかと考えているそうだ。
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