これも、銭湯の話。
今年還暦を迎える太一さんが子供のころから通っている銭湯の壁絵は、地元の名のある絵描きが描いたものらしく、利用客からの評判もよい。
富士や松の木や小判、七福神や鳳凰など縁起物が賑やかに描かれているのだが。
おそらく《民衆》を描いたと思われる、大勢の人物が笑顔で歌い踊っている様子。
そのなかの一人、手前に描かれた老人は昔、老人ではなかったという。
どういうことかというと、太一さんが子供のころの記憶で同じ位置に描かれていたのは青年であり、今の絵の人物とは顔は似ていても外見は明らかに違うらしいのだ。
思えば、太一さんの成長と同じように青年は少しずつ年をとり徐々に老けていったように思えてならない。この銭湯へ通い続けたいつの日かに、中年や、初老の段階の絵もみた覚えがある。
他の常連に同意は得られず、代替わりした店主も《補修は二回ほどしたが、絵そのものを塗り替えたりはしてない》と笑うばかり。
絵の老人は今日もニコニコと笑い、壁の中で舞い踊っているそうだ。
作者退会会員