長編9
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ある不機嫌な夜の事

満月の夜は人は狂気に駆られやすいというのは、あながち間違っていないと思う。

仕事で散々な無茶振りをされても、いつもならそつなく引き受けるが、今日に至っては苛立ちを隠せなかった。

趣味で書いている小説も話が纏まらないし、髪もメイクもイマイチだ。コーヒーを3回もこぼして、お気に入りの服が汚れたし。それでも、理性を保って怒りをコントロールするのが大人…って、テレビでどっかのイケメン俳優が言ってたっけ?

でも、今日の私はそんなスマートでいられなかった。スマホのフリック入力の煩わしさに、思いっ切り床に投げつけたい衝動を抑えきれなかったのだ。

帰りの電車の中、上半分にヒビが入った画面を見て…ふと虚しくなる。同情してくれるような優しい男は、私の側にはまだ居ない。

あーーー今日はあんま良い日じゃ無かったな!!!

事件の動機で良くある、「むしゃくしゃしてやった」…ってやつ、めっちゃわかる、超わかるよ。

こんな日は、ジャンクフードありったけ持ち帰って、ネット動画を見るに限る。

駅前のバーガー屋でダラダラ並ぶJKと、口の臭いジジイに軽く殺意を覚えつつ、お気に入りの飯を注文して、待ってる間に動画サイトを漁ってのマイリストに追加した。

ついでにコンビニに寄って、カゴに手当たり次第にビールをブチ込み、会計したあとは脇目も振らずに全速力で家に飛び込んだ。

自分で可愛いと思って選んだ筈なのに、カーテンの柄に腹が立つ。いや、もう全てがムカつく。

手辺り次第に、近くにあった雑誌やらリモコンやらを思いっきり放り投げ、そこらじゅうにコンビニの袋とジャンクフードをぶち撒けた。

そうしてめちゃくちゃになった部屋の真ん中に座り、パソコンの電源を入れる。さっきの動画サイトを開いてマイリストを確認すると…何故だろう、ついさっきまで観るのを楽しみにしてた筈なのに、今見ると全然面白そうに見えない。

よくあるやつだ。これで完璧!バッチリ!って思っても、翌日になるとやっぱ変かも…って、結局やめてしまう。あれ、何だろうね?

だったら、残りおよそ5時間が過ぎて日付が変われば、この衝動的な気分も収まるのか?てか、満月って…いつから欠けるんだっけ?

そんな事をぼんやり考えながら、テーブルの上に散らかしたフライドポテトをビールに浸して食べる。

実家だったら確実に怒られる事も、このなんの変哲も無いアパートのワンルームなら全て合法だ。そう思ったら少し気が晴れた。

礼儀作法なんてクソ食らえだよな!!!あー1人暮らしって最高!!!

これで、私の衝動的な狂気を満たしてくれる動画があれば、もっと最高なのだ。

だが、延々と動画サイトをスクロールするも、こういう時に限ってなかなかコレっていうものが見つからない…気分も段々萎えてくる。

このまま何も無かったら、今夜は肝臓をビール漬けにして寝てしまおう…

そう思っていた時だった。

画面の端に、不思議なタイトルの画像がふと目に入った。

『不機嫌な夜にヤバイことをしてみた』

投稿者は『無題』。ちょうど配信を始めたばかりのリアルタイム動画だ。

サムネには、他の動画投稿者もよく使っているポップなフォントで、『ギリギリ合法!?』『閲覧注意!?』とだけ書かれている。

些細な言動が問題視されている時に、あえて挑発的な宣伝文を掲げている事にいささか高揚を覚えた。

多分、飲み干したビールが良い感じに回ったせいもあるのだろう。

迷いなく画像をクリックし、動画を再生する。

ジーーーッ…というノイズと真っ黒な画面が一瞬流れた後、パッと場面が切り替わり、画面に特徴的なビルが映し出された。

手持ちのビデオカメラで撮影しているのか結構画像はブレてるけど、そこが都内の某有名繁華街である事は容易に分かった。

「えーっと…ここは、っと…◯◯(土地の名前)です。今日は…よいしょと…えー、満月です。うお…LED眩しぃ~」

ガタガタの画面と素人丸出しのゆるい喋り。明らかにクオリティが低い…けど、なんだかこの感じが面白く思えた。

「えーっと、あの、タイトルの通り…今日は満月で…よく言いますよね?あの、暴れやすくなるみたいな…で、今夜は不機嫌な皆さんがざまぁってなる…みたいな事を、ですね、やっていきたいと思いまーす、うぇえ~い(笑)」

何だこいつwww

想像以上にゆっる~いテンションで不覚にもウケた。ちょっと無題君、面白すぎ。

「んじゃあ~そうだな…えーと、僕のメルアドに、やってほしい事を送ってください、やれそうな事から順にやってみます。ここでーす、ここね、」

画面にメルアドが載ったテロップが出たと思うと、暫くしない内に無題君のスマホが鳴った。良くも悪くも、ネットの反応って早くてつくづく感心する。

「早えぇ~(笑)うお、てかどんどん来る…ふっははは!しょーもな!(笑)まぁ~でも、これおもろいかも」

無題君、笑い声が可愛い。声を聞く限りまだ若いんだろう。卑しい要素が全く感じられない。

「えーと、じゃー色々来たので、最初は…と差出人は匿名でいきますねー、ふふっ『人の鞄にアイスクリームをこっそり入れる』やってきまーす(笑)!」

画面が『しばらくお待ち下さい』というテロップとお花畑の画像に切り替わり、すぐに元の映像に戻ると、無題君はコンビニ袋をカメラいっぱいに映して、

「はい!という訳で買いました!(笑)」と、コーン付のソフトクリームを出した。

場所は駅前に変わっていた。無題君は大勢の人がたむろしている駅前のロータリーを映し、アイスを食べる振りをしながら向かう。

暫く大勢に紛れ込んで物色すること5分…ベンチでスマホに夢中になっている派手目の女子を映すと、誰かを待ち合わせる様な素振りで近付いていく。

そして、後ろに放置されていたカバンにそっと、溶けかけのアイスを入れると…何事も無かったかの様にその場を後にした。

「やばいやばいやばいやばいやばい(笑)」

そう小声で言いながら、無題君はロータリーを足早に抜ける。

よく聞くと、ロータリーの人混みが騒然としている感じがした。バレてるのか?とにかく早く逃げろ!と、子供の頃にピンポンダッシュをした時の事を思い出して、ヒヤヒヤした。

無題君はなんとか捕まることなく、改札を通り駅のホームに到着した。そして、電車の到着を知らせるアナウンスを背後に、

「いや~焦ったやばい(笑)でも、まあ第一弾ミッション完了~じゃあ、あの~第二弾に続きます!いったん移動!」と言うと、すぐに配信を切った。

久々に、続きが観たい欲求に駆られた。無題君、凄い。けどこれって、配信だし…私以外にも見てるんだよね…通報されたら?いや、それはヤだな…しかし、あの後あの女、どうなったんだろ?あのバッグ…かなり高い奴だし…(笑)

そう思っているうちに、画面がまた切り替わり、配信が再開された。

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「はいっ、じゃー第二弾行きます!今回は…えーと、ですね~ブフッ…マジでこれ…(笑)

『ス〇バの客のPCに、チ〇コの絵を描いたシールを貼る』です(笑)では、やります(笑)」

無題君はまたコンビニ袋を見せると、そこから油性ペンと無地のシールを取り出した。

場所はス〇バのテラス席。これ、バレないようにするの難しくないか?なんて思っていたが、案外皆、スマホに夢中で気が付かない。

まあまあ大き目のシールにデカデカと書いたチ〇コを画面いっぱいに見せる。リアルに描いていてかなり笑えるが、ここからが本番なのだ。

無題君はハンドミラーを取り出して前後の席を確認する。そしてまた暫く物色すると、テラス席のテーブルに、PC作業をする男を見つけた。いかにもなインテリ感を醸し出す、意識の高そうな奴だ。

「フウ~ッ」と静かにため息を付くと、無題君はドリンクを片手に席を立つ。そして、テラスを通り過ぎる素振りで…

バシャーン!

と、アイスコーヒー入りのカップを地面に零した。

「ちょっとお…大丈夫ですかぁ?」PC男が無題君に、面倒臭そうに言った。無題君は申し訳なさそうに、「ご、ごめんなさい…あ!あのPC大丈夫ですか!」と、おもむろにPCの背中を触る。

PC男は「あ~、大丈夫だから…」とまた面倒臭そうに答えると、再び画面に目を向けた。…PCの背中に、ベッタリとチ〇コの絵が描かれたシールが貼られているのにも気付かず…(笑)

無題君はカップと氷を拾い、「すみませんでした!」と謝って、足早にス〇バから離れた。

「フフフッwwwヤバヤバヤバ!」

小声で連呼しながら、横断歩道をいくつか渡って、無題君はまた、駅前に移動した。今回は明らかに楽しんでいる。

「はいっ、えーと第二弾ミッション完了です!今回正直テンパったわ(笑)また移動します(笑)どこまでいこう…まあ、気まぐれに!(笑)ではまた後で~」

再び配信が終わり、また画面が暗転した。

早く次の配信が再開されるのを期待していたけど、いつになるか時間が読めない。PCの前で齧り付いていたが…やっぱビールの利尿作用には敵わなかった。

限界に来ていた尿意を抑えきれず、私はトイレにダッシュした。ライブ配信の難点はそこだよな…と思いながら急いで用を足すと、紙で拭くことも流す事もせずに、「座席」に戻った。

座ったタイミングで画面が切り替わる…安心して、私は懲りずにビールの缶を開けた。

結果から言うと、その後無題君は2時間近く配信を続けた後、「また次の満月に~(笑)」といって配信を終了した。

その2時間の配信中、無題君は何度も移動しては「依頼」を完了させるというのを繰り返した。

計6個。どれもまあ、しょーもない感じの事だったけど…見てる側としては、かなり面白かったし、スリルもあったし満足だ。

無題君、どうか通報とかされずにこのまま配信を続けて欲しい。…そうだ、私もあのアドレスにメールしてみよう。ざまあな目に遭って欲しい事が、山ほどある。

私はもう一度、動画の再生ボタンをクリックした。が…

あっという間に、動画そのものがサイトから消えていた。

もしやサイトの運営側の仕業?バレたのか?とも思ったが…もしかしたら無題君は、通報を免れるために配信直後に消去したのかもしれない。と考える方が妥当だった。よく思い出すと、視聴者は少なかったとは言い難い…そのほうが安全だ。

…でも、一夜の夢みたいにもう見れないなんて…さっきまでの高揚感と期待が嘘のように、酔いが一気に覚めてしまった。

そして、PCの右端の時間を見ると、時刻はもう、0時になる手前だった。

「…シャワー浴びよ」

ビールの空き缶やら何やら、帰宅時に散らかしたものを避けながら風呂場へ向かう。風呂から上がれば日付が変わる。気持ちも落ち着くだろう。

ウ~ウ~ウ~ウ~ウ~…

ピーポーピーポーピーポー…

消防車と救急車の入り乱れる音が遠くで響くのを聞きながら、髪もロクに乾かさずにベッドに体を埋めた。

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目が覚めると、正午を過ぎていた。久々の休日だと油断して、ついダラダラ寝てしまう。

でもそのせいか、気分はスッキリしている。ぼーっとしながらも、昨日のイライラしている自分がアホらしくてクソだな…と思う事は出来た。

無題君はあれからどうしただろう?チ〇コシール貼られたPC男は…アイスをブチ込まれた女は…きっと彼らは今日も、クソだって凹んでいるに違いない(笑)なんて不謹慎だろう。でも楽しかった。

あと、そうそうあれ…家の前に花火を仕掛けられた、どっかの芸能人も……え?

え?え?

起き抜けにみたスマホのネットニュース速報。あるイケメン枠俳優の自宅が火事にあったという記事。『家は半焼、焼け跡から本人と他2人の焼死体を発見―――』

救出された家族によると、事件当夜…俳優は不倫相手の女と口論になっていて、女が訳の分からない事を喚いたあと、鈍い音と共に静かになり、間もなく火の気が立ったそうだ。

出火元と原因は調査中らしいが、警察は現状から言って俳優が火を放ったとみている…と、記事に書かれていた。…ざまあ、怒りをコントロールとか何とか、バッカじゃねえの?

遺体は、俳優本人と女、それと某スキャンダル誌の男性記者だったという。証拠品だと載っていたノートPCに、見たことのあるシールが貼られていた。

満月の夜は人は狂気に駆られやすいというのは、あながち間違っていないと思う。

「おい!いつまで寝てやがる!事件だぞ!川上!」

スマホの電話口から上司の怒号が聞こえる…警察官になんてならなきゃよかったと、こんな時に後悔するなんて、思ってもみなかった。

奇跡的な偶然なのか…元から繋がりを知っていてなのか、分からない。でも、私は犯人が誰かなんて、絶対に言いたくない。

次の満月が、楽しみになれないじゃん。無題君には、逃げ切って貰わないと…

私達の、気まぐれで野蛮な狂気を満たすために。

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