私はピアノが趣味である。その趣味を生かして・・・などと大それたものではないが、市内の小学校の合唱部伴奏を務めている。
伴奏というのはただ歌に合わせて弾いていればいいというものではなく、たとえば、歌とピアノの音のボリュームのバランス、指揮に合わせて弾くのと同時に歌をけん引しつつも歌に寄り添うことを忘れないなど、細かなテクニックが必要とされる。
また、ご自身の音楽性のイメージを強く持っている先生などは、伴奏者の弾き方、奏でる音色などのリクエストが特に多くなる為、ひとつの合唱曲を仕上げるまで何度も先生と打ち合わせを重ねることになる。打ち合わせはとても緊張する時間だったが、例えれば、冬の朝の、晴れわたった空の下の雪景色、寒さが冷たく頬をさすが、澄み渡った空気を全身に送ってくれるような心地よさを伴う緊張感で、私はその緊張がとても好きだった。
合唱練習終了後、子供達は保護者のお迎えで帰り、音楽室で私と先生二人、いつもの打ち合わせをしていた。
すると、ふと先生が
「この学校もね、出るのよ」
と言う。
「出るとは?」
いきなり話が変わったことと、その話がなにやら怖そうな雰囲気を持っていたので、ちょっと苦笑いで私は訊いた。
先生は続ける。
「私がね、放課後、階段のところの壁にポスターを貼っていたりするでしょう?そうすると、周りには誰もいないはずなのに、目の端にね、ささって見えるのよ」
私は黙って先を待つ。
「あれ?誰か残ってるの?って思ってあたりを見るんだけど誰もいないのよ。だからまた、ポスターを張り始めたんだけど」
先生がポスターを張り始めるとまた、先生の右目の端の下の方に、子供の足がささっとかけぬけていくのが見えるのだという。
「もうね、あえてあたりを見回すことはやめたの。それで急いでポスターを貼って職員室に戻ったのよ」
と先生は言った。
時には、先生の横顔にふぅ~と何かが息をかけることもあるのだという。
「先生、それ、怖すぎですよ」
笑いながら私は応え、先生も「ほんとよね~」と笑い、その話はそれで終わった。
その後また打ち合わせを続け、終わったのは21時を回るころだった。
校舎には私と先生しかおらず、三階にある音楽室以外は校舎内全て明かりが消されていた。ピアノのふたを閉じカバーをかけ、窓の戸締りを確認し階段の電気をつけた後、音楽室の電気を消した。
三階の階段の電気をつけ二階に降りると二階の電気をつけて三階の電気を消す。
一階についた時は二階三階の階段の電気は消され、昇降口周りの電気のみしか明かりがなくなっていた。
次の練習日の確認をしながら一階階段下にいた時である。
カツ~~~ン・・・・カツン・・・カツン・・・カツン・・・
小さな固い何かが床に落ちた音が三階の音楽室から響いた。
上を見上げた後先生と顔を合わせ、
「さ、早く帰りましょう」
という先生と共に昇降口から校舎を出た。
「こういう時は気づかないふりをするのが一番なのよ」
先生はそう言い、
「ではまた。練習でお会いしましょう」
と、それぞれ車で家路に向かった。
作者anemone