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中編4
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風呂場に訪れる者

 私が中学二年生の頃のことである。

 実家の浴室のドアは向かって右側にガラガラ~と開けるようになっている。ガラスのドアだがもちろん、脱衣所兼洗面所は見えないようなガラス戸になっていた。

 ある夜の八時頃のことである。その夜は来客が一人来ており、茶の間で両親が来客の応対をしていた。風呂から上がった私はパジャマ姿で茶の間に行き、来客に挨拶をしテーブルに座った。ちょうど、客も帰ろうとしていたようで、私が座ってすぐに

「では、私もこれで・・・」

と立とうとしていた。

 両親が「今日はわざわざ来てくださって・・・」など客と挨拶を交わしていると、立とうとしていた客が動きを止め、浴室のある方を見た。

 両親も「あれ?…」と言い、両親と客の三人で顔を合わせている。私だけ座ったままきょとんとし、三人を見ていた。

 母が「F江のあと、誰かお風呂に入ったの?」と訊いてくる。弟も妹もそれぞれ部屋にいるはずである。風呂は私一人で入り、上がった時ももちろん一人だった。

「誰も入っていないよ?N重もМ美も部屋にいるし」

と言うと、両親も「そうだよね~・・・」と言う。

 三人とも何を言っているのだろう、しかもいい大人がと、三人の顔をじっと見ていた私だったが次に言った客の言葉で私の気持ちはすくみ上った。

「誰か、お風呂場のドアを開けたみたいなんだけど・・・」

 誰かが、お風呂場のドアを開けた?私の後に?

 両親も真剣な顔で「ドアを開けた音がしたんだけど、F江、おまえ一人だったの?」と私に訊く。

 妹も弟も部屋にいて、しかも、それぞれが小学校高学年である。一緒になどお風呂に入ることもなくなっている。

「あたしだけだったよ?N重とM美にも訊いてこようか?」

 私は両親と客の顔を見回しながらそう言って二階に行こうとした。だが、父がたぶん、客に気を使ったのだろう、「聞き間違いかな?」と軽く笑いながら言い、それに母も同調し、客も「そうかな?」と軽く笑って帰って行った。

 だが、聞き間違いだなどと両親が思っていないことは、その後の父の行動でわかった。父は木刀を手に持ち、風呂場の中、家の周り、敷地内全てを見回り、誰もいないことを確認して回った。

 私はドアを開ける音を聞いていない。聞いていないが、誰かが、私が洗面所から出た後すぐに風呂場のドアを開けて中に入った、または出てきたとしたら。それが、こちらの人間でないとしたら。もしかして、私が風呂に入っていた時同じ浴室にその、何かがいたとしたら。

 考えると怖くなったがその夜はそのまま寝てしまい、その後はその風呂場のドアの音を聞くこともなく、やがて、私は他家に嫁いだ。

 二度目にそのドアのあく音が聞こえたのは、私の娘が三歳の時、実家に泊まりに行った時だった。

 娘はおばあちゃん子で、週の半分は実家へ泊りに行っていた。その場に私はいなかったのであとで両親から聞いた話になる。

 娘が茶の間でお絵かきをし、父はテレビを見、母はキッチンにいたという。

 その時に、風呂場のドアが「ガラガラガラ~・・・」と音をたてたのだという。音は三人とも聞いたらしい。妹も弟もそれぞれ結婚し、実家には両親二人しか住んでいない。

 あれ?という顔をする娘、ハッとした顔で風呂場の方を見る父、キッチンから茶の間へ来る母。

誰も風呂場にいないのは確実である。父はまた、木刀を手に持ち、風呂場を見、家の中全てを確認し、家の周りを確認し、敷地内を確認して回った。当然、誰もいなかった。

 その日からしばらくして父が話してくれたのは、実家の風呂場を施工した工事業者の話だった。

 その工事業者は女性問題が原因で心中自殺をしているそうだった。実家の風呂場の工事をしてからすぐにというわけではなかったらしいが、女性と二人、車の中で心中していたのだ言う。風呂場を施工中から精神的におかしかったのかどうかは定かではないが、実家の湯舟は、洗い場とは逆の方向に斜めになっている。お湯をためているとそれがよくわかる。

「自分が作った風呂場を見に来たんだろう」と、父はブラック過ぎる冗談を言っていたが。

 父は大工の棟梁という職業柄、神仏を大切にする人である。霊にまつわる話なども決してバカにする人ではない。

 だからこそ、その父が真剣な顔で木刀を持ち、家の周りや敷地内を隈なく調べ、誰もいないことを確認しても「ただの聞き間違いだろう」とはしなかったことが、私にはとても怖かった。

 その後、実家は浴室を大きく改築し、今は両親は離れに住み、実家には弟家族が住んでいる。浴室のドアは音もなくすぅーっとあくドアである。

 だから、何かがドアを開けても、たぶん、誰も気づかない。

Concrete
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