中編6
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猫夜話

 うちには常時、猫がいる。明らかに捨てられたのだろうと思われる仔猫を見ると、私が放っておけないからなのだが、現在は七匹の猫達と暮らしている。

 子供達が生まれた時も三匹の猫がおり、それぞれ寿命をまっとうして天に召されていった。だが、欠員を補うように、すぐに仔猫を保護することになる。常に家の中を猫達が歩いていたり寝ていたりする家に生まれた子供達は、当然のように猫好きになり、当時はハスキー犬もいたので、犬猫含め、動物好きに育っていった。

 娘が高校生の頃のことである。

 娘の友人が仔猫を二匹、保護したという。娘から私へラインが入り、仔猫達の画像と共に「うちに連れて行ってもいい?」という文が書いてあった。その時うちには五匹の猫がいたのだが、かわいらしい仔猫の画像と、「うちはもう、だめだよ」と答えた時の悲しむ娘の顔を思い浮かべると、私は「連れておいで」と返信をしていた。

 仔猫達はオスとメスの組み合わせで、オスが全身こげ茶のトラ、メスが白とグレイのトラ模様の、とても愛くるしい仔猫だった。名前は、オスを「ゆず」、メスを「しず」とつけた。

 先住猫達との顔合わせなど、多々、大変なこともあったが、くるくると遊びまくる仔猫達は私達家族を笑顔にしてくれた。先住猫達と仔猫のやりとりなども、私達を笑わせてくれる。大人の猫達にはかなりのストレスになっていたのかもしれないが、日にちが経つにつれてなんとか同じ部屋で一緒に寝られるようになっていった。

 大変におもしろいことだが、猫や犬も人間と同じで一匹一匹、性格がまるで違うものである。うちの猫達に限ってのことなのかもしれないが、メス猫の方が性格がきつく、また、好奇心旺盛で、興味を持ったものには必ず突進していく。仔猫達も、オスのゆずは気が弱く慎重な性格で、階段を登れるようになるのにも時間がかかったが、メスのしずは、たとえ途中で足を踏み外し階段から転げ落ちても、何度でも階段を登っていった。

 そんなしずの性格が仇になった。

 つい目を離したすきに少し開いていた窓から外に出てしまい、車に轢かれてしまったのだ。学校から帰ってきた娘が、家の中にしずの姿がないことに気づき、仕事から帰った私と二人で夜遅くまで探し回ると、すぐ隣の家の車の下で、後ろ足を骨折し動けなくなっていたしずがいた。

 しずの左後ろ足は、あらぬ方向に曲がってしまっていた。すぐにでも病院へ連れていきたかったが、夜中を過ぎていた為、翌日、病院が始まる時間に急いでしずを連れて行った。

 やはり、左後ろ足は折れており、二回にわけての手術が必要になるとのことだった。命に別状はないとのことなので少しほっとし、その日から病院へ入院し手術を受けることになった。

 一度目の手術では、折れた足を固定する為、ステンレスの棒のようなものを折れた部分にあてがうという。その後、骨がくっついたところでステンレスを取り出すのだという。

 退院するまで娘が面会に行ったが、さすが動物というのか、手術からわずか三日ほどで退院となった。

 家に戻ったしずは、不自由な左後ろ足を引きずりながらもなんとか動こうとする。娘によくなつき、夜は娘のベッドで一緒に寝ていたので、二階にある娘の部屋に行こうと、果敢にも階段を登ろうとした。

 二週間ほど経ち、無事、ステンレスの棒もはずすことができ、また、いつもの元気なしずに戻った。私も娘も安心していた。

 ステンレスの棒を外す手術をして何日か後の夜のことだった。

 娘が、しずが食べたものを吐いているという。吐く様子も異常だという。すぐに病院へ連れていきたいという娘に、私は、もう夜だし明日まで様子を見てまだ吐くようだったら病院へ行こうと話した。納得できないような顔をしていた娘だったが、しずを抱きしめ、自分のベッドへ連れて行った。

 その夜の、正確には翌日の明け方である。

 二階から娘の「ママーー!!ママーー!!」と泣き叫ぶ声がする。

 何事かと階段の下から「どうしたの?」と声をかけると、しずの様子が変だと言う。

「しずがぐったりとしている。目を閉じている」と娘は泣いている。

「呼んでも返事をしない、動かない、鳴かない」と娘は泣きながら繰り返す。

 時刻は朝の四時くらいである。二階の自室でしずの名を呼びながら泣いている娘の声が聞こえる。だが、病院はまだ開いていない。朝一番で病院へ行こうと娘に話し、私がベッドに入ったすぐあと。

「しずが息をしていない」

と、娘がしずを抱きながら降りてきた。

「え?」

と、耳を疑う私。

 手術は成功している。その後、特に変なものを食べたということもない。ないはずである。事故での怪我は左後ろ足の骨折だけだと、レントゲンをとってわかっている。内臓に異常はなかったはずだ。

「・・・なんで」

 

 呆然としながらもしずの体を触り、しずを抱いてみると、しずの魂は静かに抜けていっていた。

 娘はしずを抱き、また、自室にこもり、その日は一日、しずの体が硬直するまでベッドで抱きしめ泣いていた。

 私とはその後しばらく、口を聞いてくれなかった。

 

 しずの遺体は、娘が友人と一緒に敷地内に埋めた。

 私が仕事に行っている間にだった。だから、私は息を止めたばかりのしずしか見ていない。しずの冥福を祈る機会を、娘は私に与えなかった。

 動物の救急病院があることは知っていた。娘はそこにしずを連れて行きたがっていたのだ。だが、救急診療と夜間診療はかなり費用が高い。当時、子供達にもかなりのお金がかかっていたこともあり、私には救急病院受診の選択はできなかった。

 そんな私を娘は怒っていたのだろう。

 しずにお別れを言わせないことで、保護した猫達を全力で守ろうとしない私を責めているのだと思った。

 しずの死から約五年ほど経った頃、娘が、

「これ、しずだよ」

と、しずの顔をアップでとってプリントした写真を私に見せてくれた。

 愛くるしい顔をしたしずが写っていた。大きな目、きれいなグレイのトラ模様、人間だったらきっとモデルになれただろうと思うほどの美猫だった。

 しずの話は私からは出せずにいたのだが、娘が写真を見せてくれたということは、あの時のことを許してくれたのだろうかと思った。

 

 すると、続けて娘が私に話し出した。

「しずが死んでしばらくの間、夜、寝ていると部屋の中で、タンスの上とか壁とか、音が鳴ってうるさかったんだよ」

と言う。

「え?どんな風に?」

「う~ん・・・まるで、猫がタンスから壁に向かって飛びかかったようなとか、タンスに飛び乗ったような音とか。壁から壁とか天井とか、ダン!!ダン!!ってとびかかるような。一週間くらい、夜寝る時その音がずっとしていて眠れないくらいだったんだよね。でも、しずが遊んでいるのかな~って思ってたんだ」

と、娘は特に抑揚もつけず、もちろん、怖がっているそぶりなども見せず、淡々と話してくれた。

「しず、おてんばだったし、まだ、遊んでいたかったのかも」

と娘が言う。

「今は?しないの?音」

と訊くと、

「今はしないよ。十分遊んだから天に行ったかな」

と、娘は言った。

 

 時々、娘は金縛りにあうそうだ。でも、そんな時でも、動けなくなっている娘の頭の横を何かがするっと動き、娘の顔のそばにそっと座るという。すると、すぅ~っと金縛りがとけていくのだという。

 その何者かの動きはまさに、猫の動き方、歩き方なのだという。

 今まで何匹かの猫達が天に召されていった。

 私の家に来て猫達が幸せだったのかどうかはわからない。食事に不満もあったりしたのではないかなと思ったりもする。

 だが、娘の金縛りをそっと解いてくれるものがかつて、うちにいた猫達の誰かなら、幸せを感じて一生を全うしてくれたのかなと思う。

 今では、夜間でも猫達の様子がおかしい時は動物救急病院を受診するようにしている。費用が高いので娘もアルバイト代から出してくれることもある。

 保護した以上、動物達にはかなりの覚悟を持って、その一生を支えていかなければいけないと思う。

 天に召された猫達、ハスキーの犬一匹。

 天国で楽しく遊んでいていほしいと、猫に囲まれながらいつも思う。

 

Concrete
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@arrieciaアリーシャ さま
コメント、ありがとうございます(^-^)
動物がいるといろいろ大変なこともありますが、家族に笑顔をくれることが多いですよね(^-^)
かけがえのない宝物です(^-^)

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素敵なお話ありがとうございます。
猫好きの私は読み入ってしまいました。

私も猫が好きで子供の頃、一時期には12匹も飼っておりました。
今は一匹ですが宝物なので毎日大切にしています。

また素敵なお話を楽しみにしております。

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@こうき さま
コメントありがとうございます(^-^)
私は毎日、猫たちに癒されております(^-^)

返信

良いお話でした。ふしぎと引き込まれてしまいました

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