義政さんが子供のころ、両親と自分の三人でキャンプに行ったときの話。
夕食を終え、テントを張り、眠る前に父が《怖い話をしてやろう》と笑った。
厭がる母に対し、前のめりになる義政さん。
《これを教えてくれた人には、誰にもしゃべってはいけないと言われてるんだが……》
という前置きで始めたのを記憶している。
父が続けようとするとテントの外から突然、割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
数人やそこらではなく、コンサートの幕間のごとき盛大なものである。他の客のテントは二十メートル以上離れた場所にぽつぽつとあるだけだった。
数秒間のそれが静かになったあと、父がゆっくり外を覗いた。
そのあと、父は《やっぱり怖い話はやめよう》と中断を提案した。
母と義政さんが《何を見たのか》と訊いても《朝になったら教える》と言うだけで、二人が外を覗こうとすると必死に引き留める。普段は気丈な父が、あきらかに怯えていた。
その後無事に朝を迎えたが、何を見たのか教えてもらえない。
自宅にたどり着いたあとも《じつは、何もいなかったんだ》とはぐらかし、結局本当のことは判らないまま十数年が経つが、そのキャンプ場にはそれ以来足を踏み入れていない。父の《誰にもしゃべってはいけない怪談》も聞けずじまいだ。
作者退会会員