健一郎さんはある冬に友人と二人、両者男だけのドライブに出かけた。
目的地を百キロほど先に定め、夜中のうちに出発。
道中、ある県道にさしかかった。
灯りが少なく、ハイビームでも見通せないわりに信号機はやたらに多い。
何やら、あるタイミングで赤信号につかまると、その後の信号でも次々に赤で停車することになってしまう道でドライバーには有名だそうだ。
人家も店舗もない、静かな場所だ。
停車するたびに、外の闇が迫ってくるように感じる。
とはいえ、二人もいて怖いことはない。
適当な雑談をしつつやり過ごしていたのだが、友人が突然急発進をするやいなや、猛スピードで赤信号地帯を抜けていった。
わずらわしい気持ちは判るが、事故でも起こされてはたまらない。
健一郎さんが制止するも、友人は返事ひとつせずアクセルを踏みつづけ、そのまま五分ほど走った先に現れたコンビニの駐車場へ入った。
逃げるように入店した友人のあとを追うと、怯えたようすで状況を説明してくれた。
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友人は何度目かの赤信号停車で、ふと信号機の下に何かを見つけた。
大人の男女と、その間に子供。
親子と思われる三人連れだった。
停車しているのに彼らは道路を横断するわけでもなく、ただじっ……とこちらを見ていた。
真冬に似つかわしくない薄着である。
不気味ではあったが、友人が気づいてすぐに信号が青にかわり発進してしまったため、さほど気に止めることもなかった。
そして、再びの赤信号。
また、親子はいた。
右側の歩道。今度はこちらの車と並行の位置、真横にいる。
あまりに同じ様相なため、注意喚起のための標識看板ではないかとすら思ったらしい。
しかし、ちがうと気づく。
ただでさえ奇妙な薄着が、三人ともまるで泥遊びをしてきたかのように土で汚れ、布地のところどころが裂け肌が見えていた。
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再度、発進。
赤信号。
停車。
アクセルを踏んでいるあいだは姿が見えないのに、赤信号で停車すると、いつのまにか親子は右にいた。
しかも、その距離は少しずつ縮まっている。
今度は歩道から、車道に出てきていた。
靴をはいていない足はぴくりとも動かないが、確かにこの車のほうを向いていた。
《このままでは何かが起きる》
友人はここで急発進を始めた。
いくつもの信号機を停車することなく切り抜け、最後の信号機はほぼ赤だった。
そのとき。
友人は一瞬、横目で、親子が車内を覗きこんできているのを見た。
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親子に顔はなかった。
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三人とも、雑に皮をむいたリンゴのような凸凹が顔全体にあるだけで、目も口も鼻もなかったのだという。
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その後は、健一郎さんも知っている通り。
友人は冗談を言っている様子ではなかった。
すぐにでもこの場を離れようと提案した健一郎さんに、友人は
《停まるたびに来たんだ。いま車内に戻って、もし後部座席に乗ってたらお前責任とれるか》
と言った。
健一郎さんも友人も、コンビニの窓ガラスをへだてて至近距離に駐車している車のほうを見ないようにした。
朝がくるまで雑誌の立ち読みをする男ふたりに、店員は迷惑そうだったという。
作者退会会員