美由紀さんのマンションは線路沿いにあった。
二階建ての、全六世帯。 彼女は二階の最奥、二〇三号室に入居していた。
電車の通過音というのは間近で聞くとすさまじい。
テレビの音も掻き消されるほどの騒音がひっきりなしにするためだろうか。
自分を含めほぼ全ての入居者が線路側に面した窓を閉めきっており、また家賃の安さに反して長く入居している住人が居ないようだったという。
ただ、美由紀さんが帰宅するのはだいたい終電間近で、騒音に関しては妥協出来た。
入居から半年ほど経過したある晩、日付が変わるくらいの時間帯に帰宅。
徐々に近付いてくるマンション。
その敷地内に、妙なものを見つけた。
一〇一号室の前に、大勢の子供たちがいる。
歩道に面した廊下側には、それぞれの部屋の扉下半分ほどが隠れる塀があり、ちょうど背丈の低いらしい彼らの後ろ頭だけが見えていた。
ずらりと五、六人。
坊主頭の男子やオカッパの女子などだが、平日の真夜中である。あまりそぐわない光景ではあった。
子供たち同士で会話したり、一〇一号室に呼びかけているような様子はない。
ただ皆、一様に扉のほうを向き、じっと微動だにしないのだ。
そのときの美由紀さんは特に恐怖も感じず《その家の親戚かなにかだろう》と考え、さっさと階段で自室へ向かっている。
それから三ヶ月ほど経った同じような晩、またもや子供たちが訪れた。
今度は、一〇二号室。
子供たちはやはり扉のほうを向いて、じっと立ち尽くしていた。
さすがに今度は不気味に思った。
階段を上がる際に、一階廊下のほうから大勢の視線を感じたという。
さらに一ヶ月ほど後、順番通りに一〇三号室の前に現れた。
少しずつ、現れる間隔が短くなっている。
美由紀さんはマンションを通りすぎ、最寄りのコンビニで時間をつぶしてから再度戻った。
子供たちは、まだ同じ場所にいた。
二十分以上はそうしていることになる。
美由紀さんはいっそのこと見てやろう、と階段を上がる前に一階廊下のほうへ視線を向けた。
子供たちはどこにもいなかった。
隠れるようなスペースもなく、出入口も一ヶ所しかないマンションで、数秒前に歩道側から見えた子供たちは消え失せていた。
さすがに怖くなった美由紀さんは
《あれは人間ではないのだ》
と考えた。
同時に、昼間のマンションのことが思い起こされた。
いくら窓を閉めきっているとはいえ、あまりにも住人の気配がしなさすぎる。
今まではむしろ快適に感じていたが、よく考えれば電車の通過音以外、たとえば扉の開閉音や会話といった生活音が皆無なのである。
まるで、住人が自分だけしか居ないかのように。
自転車が一台とまっているのと、郵便受けの表札などはあることから恐らく住人はいるのだろうと推測していたが、確かなことは判らない。
そのことも不気味であった。
この時点で、美由紀さんは友人に相談し有名な霊能者とやらからお札を購入、玄関に貼っている。
さらに一週間ほど経過。
とうとう、二階の二〇一号室前に子供たちが現れた。
ただし、今度は。
ひとつだけ違うことがあった。
美由紀さんの見ている前で、子供たちは《移動》したのである。
扉のほうを向いたまま、隊列を乱すことなく横一線にすーーーーーっ、と左へ。
そのまま二〇二号室の前で、棒立ちを再開した。
頭しか見えない子供たちはぴくりとも動かない。
耳と耳がくっつきそうなほど頭を寄せあっている。
肩幅を無視したような距離感で。
まるで、首から下が存在しないかのように。
自室にたどり着くには、彼らのあいだを抜けていく必要があった。
美由紀さんはその晩はマンションへ入らず、近隣の漫画喫茶で朝を待った。
そのまま職場へ向かうとその日にまとめて有給を取り、即日入居が可能な物件へ転居を決意。
三日間ほど外出を昼間に限定し荷物をまとめながら、友人を代わる代わる呼びつけ極力ひとりにならないようにした。
転居手続きを終え、荷物を運び出した当日のこと。
電車で移動する美由紀さん。
車両の窓から、自室のベランダが目にはいった。
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子供たちの頭が並んでいた。
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住人の居なくなった部屋、閉めきられた窓を棒立ちで眺める子供たちの首から下は、ベランダの柵でさえぎられやはり見えなかったという。
《お札を貼った玄関側には来れず、ベランダのほうから三日間ずっと見ていたのかもしれない》
と美由紀さんは言った。
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……という話をしてくれた段階では、美由紀さんは新たな物件に入居していたのだが。
それから少しして続報が入る。
その物件にも、再び子供たちが現れたのだという。
今度は三階建て、階につき五部屋の十五世帯。
最初から一階をすっ飛ばして二階の最奥、二〇五号室前にいるのを目撃したのだそうだ。
美由紀さんは三〇二号室に入居していた。
また、上にあがってくるつもりかもしれない。
《あの子供たちは何なのか》《自分が狙われる理由が判らない》《また引っ越さねばならないのか》
と怯える美由紀さんからは、尋常ではないものを感じた。
この話の発表に関する許可は頂いたが、美由紀さんは一度、実家のほうへ戻ると言い《そのあとは何もなかった》という結論にしてほしいと希望していた。
また連絡します、と言い残して。
それから一年ほど音沙汰がない。
本人の連絡先以外を控えておらず、職場や実家へも確認できない状態だ。
ところで美由紀さんの実家もまた、マンションなのである。
住んでいる部屋の階数は判らない。
そちらにも子供たちが現れたのかどうかも気になるが、まず何より彼女の安否が心配である。
本人の納得する形ではないだろうが、あえて発表に踏み切った。
美由紀さんの名前は仮名だが、本人の目に触れればそれと判る記載をしてある。
可能であれば、連絡を切に願う。
作者退会会員