モグラは日光に当たると死ぬ。
というのは嘘らしい。
死んだモグラを見るのが日光の下。というだけで別に日光に当たってもモグラは死なない。
実際、今この瞬間も地中では数多くのモグラが人知れず死んでいるのだろう。
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俺がまだ都内のアパレル会社で働いていた頃の話。
俺と、後輩の民生くんと、部長の三人は四国某県に出張に来ていた。
今でも何故部長が一緒だったのか、理由が思い出せない。
俺と民生くんは課が一緒なので解るのだが、部長はどうして一緒だったのか。
たしか日程の途中で、社長に呼び出しを受けて急遽帰社したのは覚えている。
まあ、取り敢えず俺たちは夜の街でウロウロしていた。
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工場視察を終え、関係者と夕食をとった。
ホテルで解散。となったが、まだ寝るには早い。
折角だから夜の街に繰り出そうということになり出てきたのだが、開いてる店が全然見つからない。
という状況だった。
東京とは違い四国の田舎町である。お姉さんの店を冷やかそうにも店自体が見付けられないのだ。
仕方がないので誰もいない夜の街をゾンビのように徘徊していた。
そんな中、民生くんが一軒のお店を見付ける。
看板には「土竜」とあった。
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看板の横には地下に続く階段が伸びていた。
薄暗いが突き当りには光が見える。
どうやらやっているらしい。
「ここどうですか?なんて読むんですかね、どりゅう?」
民生くんの言葉に俺が答える。
「モグラだろ。ってどうですか?って言われても、見るからに怪しいだろ。ねえ?」
俺は部長に同意を求める。
「怪しいなあ。取り敢えずお前見てこいよ。
大丈夫そうだったら呼んで。俺たちここで待ってるから。」
部長が民生くんにミッションを課す。
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「なんすか大丈夫そうだったらって。それじゃあ、見て来ます。」
民生くんは地下へ降りて行った。
部長が笑いながら言う。
「あいつやっぱり頭おかしいな。普通行かねえだろ。やだよ俺、こんなとこで飲むの。」
「ですよね。絶対怪しいですもん。っていうか行かせちゃダメでしょ。」
俺は同意しながらも部長を肘で突く。
「まあ、あいつも見てダメそうだったら戻って来るだろ。戻って来なかったら逃げよう。」
無責任なことを言って部長は笑った。
「逃げるって。あ、もしかして何か視えたんですか?」
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部長は所謂「視える」人だ。
今回も何か感ずるところがあって民生くんを行かせたのでは?と俺は勘繰った。
「いや、なんも視えてねえよ。ただ、」
「ただ、なんですか?」
「あいつの落ち武者が刀抜いた。」
俺は固まった。
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民生くんには落ち武者の霊が憑いている。
部長曰く、目についた霊を片っ端から斬り捨てる危ない奴らしい。
そいつが刀を抜いた。
思わぬ臨戦態勢に俺は民生くんの身を案じた。
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やがて地下から民生くんの声が聞こえた。
「三人なんですけど、やってます?
あ、大丈夫ですか。
せんぱーい!ぶちょー!オッケーですってー!」
「オッケーって言ってますけど。どうします?」
「いや、俺やだなあ。お前も見てこいよ。」
どうやら俺も見に行かなくちゃいけないらしい。
行きたくねえ。
俺が二の足を踏んでいると、
「え?なんですか?ちょっと、ちょっと!
離してくださいよ!」
ただならぬ民生くんの声に、俺は階段を駆け降りた。
いや、ほんとは及び腰でジワジワ降りた。
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「すいません!間違えました!間違えました!」
訳の解らない言い訳をしている民生くんの元に辿り着いた俺は驚愕した。
ドアの先では、やたら背の高い女性が民生くんの手を掴んで引っ張っていた。
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女性といっても50は過ぎているだろう、モコモコのパーマ頭で、何故かサングラスを掛けている。
さらにあろうことか、その女はネグリジェを着ていた。
そして、その180cm近い身長を駆使しがっちりと民生くんの腕を掴んでいる。
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これが噂に聞く山姥だろうか?
本当に生身の人間だろうか?
よほどそのまま逃げ出そうかと思ったが、後輩のピンチだ捨て置けぬ。
俺は大きなカブよろしく、民生くんを引っ張った。
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お婆さんが民生くんを引っ張って、
民生くんがお婆さんを引っ張って、
俺が民生くんを引っ張って。
民生が抜けない。
むしろ引き摺り込まれそうだ。
これがモグラか。名前の由来はこれか。
などと言っている場合ではない。
「ぶちょー!助けてくださーい!」
俺は助けを呼んだ。
が、部長は降りて来ない。クソが。
すると店の奥の暗がりで何かが動いた。
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俺は心底腰を抜かしそうになった。
奥から現れた女は、民生くんを掴んでいる女と寸分違わぬ姿をしていた。
双子か?
ドッペルゲンガー?
そういう趣向のお店なのか?
そんなことを考えている場合じゃない。
二体目のモグラが姿を現した。
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まずい。
非常にまずい。
1対2の現状でも均衡状態を保つのに必死。
その上、二体目の参戦となっては負けは必至。
部長は来ない。クソが。
なんとかしなくては。と思った時、
民生くんが起死回生の動きを見せた。
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腕をグルッと捻って、自らも回転。
ダンスの様な優雅なステップでモグラの腕を振りほどいた。
そんなん出来るなら最初からやれよ。
だが俺は一転、窮地に立たされる。
民生くんが回転したおかげで、彼の腰に取り付いていた俺はぐるっと一回転すると
モグラ二体の前に躍り出た。
主役交代である。
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民生くんは振りほどくやいなや何も言わず、本当に一言も発さずに階段を駆け上がった。
振り返りもしない。
俺はあの光景を一生忘れない。
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目の前のモグラが長い手を伸ばす。
奥のモグラも同じように長い手を伸ばす。
まるでスローモーションのように近付く手。
長い。
こんなにも長いのか。
予想していたリーチより半歩分は長いその手をすり抜け、
俺は階段を駆け上がった。
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俺が必死の思いで駆け上がった先には、誰も居なかった。
いや、いた。
少し離れた所で民生くんが立っている。
野郎、置いていきやがって。とっちめてやる。
俺は足の震えを隠すため、内股で民生くんに近付いた。
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民生くんは蒼い顔で震えていた。
無理もない。
彼は今、深淵を覗いたのだ。
俺は先程までの怒りを忘れ、民生くんと生還を喜び合った。
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やがて更に離れた所にいた部長が、手を叩いてゲラゲラ笑いながら近付いて来た。
まるで黒幕のように登場した部長に、俺は怒りの矛先を向ける。
「なんで助けに来ないんですか!呼んだでしょ!何度も!」
「いやあ、ごめん。聞こえなかったわ。
お前ら戻って来なかったから帰ろうと思ってさ。」
さらっと非道いことを言う。
「そしたら民生が凄え顔で上がって来て。
で、お前も四つん這いで出て来て。」
部長は言葉の合間に引き笑いを挟みながら答えた。
「いいでしょ!別に四つん這いでも!
速いんですよ!必死だったの!」
俺は四つん這いを見られた恥ずかしさから、普段より大声で言う。
それから地下で繰り広げられた攻防を伝えた。
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部長は大袈裟に肩を擦りながら言う。
「俺行かなくて良かったあ。おっかねえ。
で、ほんとに生きてる人間だったの?」
「生きてる人間でしたよ。多分。
幽霊だったら民生くんの落ち武者が……」
あれ?そう言えば落ち武者はどうした?
刀抜いてたって部長が言ってたな。
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疑問に思った俺は、部長に聞いてみた。
「民生の落ち武者?
ああ、民生と一緒に凄えびびった顔して上がって来たぞ。」
使えねえ。
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「だから守護霊じゃないって言ってんだろ。
そもそも自分より強そうなのには行かないんだよ、あいつは。」
ああ、そう言えばそんなこと言ってたっけ。
人の守護霊らしき物を斬っておいて、こんな時には役立たずの落ち武者に俺は心底苛ついた。
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「なんだよ、お前のスタンド!使えねえな!」
俺はやり場のない怒りを民生くんと落ち武者に向けた。
民生くんはバツの悪そうな顔で部長の陰に隠れた。
大体お前があんな店を見つけるからだ。
入るか?普通。
気の済むまで文句を言ってやろうと詰め寄ると、
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「いいんですか?そんな事言って。
今夜先輩のとこに落ち武者飛ばしますよ。」
と、出来もしない事を言って民生くんは強がった。
俺はちょっと怖かったので、それ以上追求するのを止めた。
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すっかり遊ぶ元気の失せた俺たちは、大人しくホテルに戻り部長の部屋で酒をあおった。
結局あれは何だったのだろうか?
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「絶対に生身の人間であり、双子が経営する店」
という俺の「変わった趣向のお店説」
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「来た客を引き摺り込んで同じようにしてしまう」
という部長の「吸血モグラ説」
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「奥にはボスが居て自らのクローンを産み出している」
という民生くんの「ハダカデバネズミ説」
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と三者三様の議論は当然結論が出るわけもなく、俺たちは熱い意見を交わし合った。
こうして俺たちの愛媛での夜は更けて行った。
作者Kか H