ストリートビューで異世界へ

長編9
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ストリートビューで異世界へ

ちょっと前まで働いてたオフィスでの話。

その日は自分と自分の隣のデスクのAだけで深夜残業。時間はもうすぐ日が変わろうかというあたり。

ふと見ると、作業に疲れてきたのかAがグーグルマップで遊び始めている。地図をかなり縮小した状態でストリートビューの黄色い人型アイコンを適当な場所に落として、ここどこだろうねーみたいな。

自分もちょっと休憩しようと思って下の自販機から缶コーヒーを買ってきて、しばらく場所当てゲームをすることに。

田舎の田んぼのあぜ道だったり工場地帯の真ん中だったり、かなり歩いてみてもわからないときはギブアップということでマップで答え合わせ。

そんな遊びを何回かやってたんだが、あるときドロップの瞬間にカーソルがズル滑りしてしまった。

どこに落ちたのかよくわからんのだけど、そのときに開いた景色はなんか不気味な山の中の廃道みたいな場所だった。

とりあえず今度はどこなんだろうってことで歩いてみるんだけど、ずっと同じような山道が続くだけ。

目印らしいものと言えば途中で神社の鳥居のようなものを潜ったくらい。その横にボロボロの立札で「淀間入峠」なんて書いてあったけど、それがどこなのかはよくわからない。

仕方ないので今回も答え合わせーってことで現在地マップを開いてみたんだけど、なぜか真っ黒。変にズル滑りさせたせいでバグったのかもと、そのときは思った。

答え合わせができないのも気持ち悪いのでその「淀間入峠」って名前で検索してみると、心霊スポットのような情報がいくつか出てくる。

でもそれらをよくよく見ていくと、どうやらその心霊スポットは「淀間入の首吊り峠」とかいうネット小説に登場する架空のものっぽかった。

さすがにちょっと意味がわからないので、とりあえずもう少し見てみようってことで歩を進める。

でも結局行けども行けども見通しの悪い山の廃道の景色が続くだけ。途中で似たような鳥居は何度か潜ったけど。

いや待て。これは同じところをぐるぐる回ってるだけなんじゃないのか。ふと鳥居の前で立ち止まると、横には見覚えのある「淀間入峠」の立札がある。

分岐みたいなところもない一本道だったはずだし、やっぱりこれは何かがおかしい。

「サンカイ……」

確かにそう聴こえた。Aの声じゃない。か細い女の声がPCのスピーカーから聴こえたんだ。

三回ってことだろうか?よくわからないが、なぜかAには聴こえていなかったようだ。

今思えばここでやめておけば良かったんだと思う。でも怖いもの好きのAがもうちょっと調べようなんて言い出して、仕方なく探索を続けることに。

本当に他に行けるところはないのか?本当に他に手がかりのようなものはないのか?ただの山道もカーソルを隅々まで動かして手探りしながら進む。

そして結局これと言って何もないまま、また同じ鳥居のところに戻ってきてしまった。

「ヨンカイ……」

やっぱりだ。今度はAもはっきり聴こえたらしい。

その瞬間、オフィスが停電し真っ暗に。同時に自分とAのスマホから不気味な警告音みたいな音が鳴り出す。

そしてガタン!という音とともにぐらぐらと揺れ始める。まさかこんなタイミングで地震と停電だなんて、心臓が飛び散るかと思った。

翌日、Aは会社を休んでいた。昨日の体験がよほど応えたのだろう。

同僚のBに昨夜のことを話すと、意外な答えが返ってきた。

「昨日地震なんてなかったけど?」

そうは言ってもあれだけはっきりと揺れたし、その前に自分とAのスマホには地震速報の警告音も流れていたということを熱弁する。

「警告音ってこういうやつだっけ?」

Bがおもむろにスマホから鳴らしたそれは、紛れもない地震速報の警告音。

いや、昨日鳴った音じゃない……昨日のはもっと気持ち悪い、変な不協和音だった。

Bがさらに調べてみると、昨日の深夜にここから400kmくらい離れたS県で大きな地震があったそうだ。

そしてその地震があったあたりには、通称「四度参りの峠」と言われる心霊スポットがあるという。その山中にある古い鳥居は、四回続けて潜ってはいけないという古い言い伝えがあるそうだ。

あまり知られていないが、例の「淀間入の首吊り峠」というネット小説のモデルになった場所らしい。

もちろん、昨夜ストリートビューで見た場所がその実在する心霊スポットだったんじゃないのか、という説もすぐに否定された。

そこは以前から立ち入り禁止区域の山中で、そもそもストリートビューのデータなど存在しない。

かなり心配になったので、終業後にAに連絡を取る。少し疲れが出ただけということだったが、念のため除霊しに行こうと誘う。

幸い週末だったので、翌日は朝から自分とAの二人で高名な霊媒師のところへ。

ことの顛末を話すと、それはネット小説の作者の怨念だと言われた。

「淀間入の首吊り峠」の作者は、この作品を書き上げた直後に本当に首吊り自殺したのだと。

とりあえず自分とAに取り付いた怨念を清める儀式を済ませてもらったが、ストリートビューの中でやってしまった「四度参り」の呪縛を完全に解くには、逆回りの「四度参り」をしなければならないという。

怨念を清めた今はもうストリートビューで繋がってしまうことはない。つまり本当にそのS県の「四度参りの峠」に行って逆回りの儀式をしなければならないということになる。

もし呪縛を解かずに放っておくと、今はオフィス全体が霊的な人質に取られているような状態のため、今後は社員の誰にどんな災厄が降りかかっていくかわからないそうだ。

翌早朝、自分とA、そして気がかりなことがあるということで昨日の霊媒師の人も同行し、その山奥の心霊スポットへ向かう。

先の地震でのダイヤの乱れも心配される中、日が落ちてしまうと非常に危険ということで新幹線まで使ってS県まで飛ばし、どうにか午前中には最寄のT駅という無人駅に現地入りできた。

ちなみにここまでの移動中、念のため今もネット上に掲載が残る「淀間入の首吊り峠」に目を通しておいた。

その内容は、ある女性が恋愛成就のために四度参りの儀式を行うが、成就の暁に差し出す生贄として恋人が選ばれてしまい、結局女性が身代わりになって首を吊る、というもの。

確かに悲しい話ではあるが、これを見た直後にやけにAの元気がなくなったような気がした。やはりまだ何か良からぬものが取り憑いているのだろう。

T駅から田舎道をひたすら歩く。ここから先はどう見ても自己責任と言わんばかりの柵を乗り越え、真昼間だというのにいよいよ景色は何やら禍々しさを増していく。

地震の爪痕らしき崩落に気を付けながら薄暗い山中の廃道をひた進み、時間がちょうど正午に差し掛かるころにはとうとう実在の鳥居の前に到着した。

そしてその鳥居の前には、ストリートビューで見たのと同じような古びた立札があった。そこにはあるはずのない「淀間入峠」という架空の地名が、なぜか左右反転の鏡文字で書かれている。

どういうことなのかわからないが、とにかくここで大事なのは「逆回り」をしなければならないということ。間違って順回りなどしてしまったら今度こそ取り返しがつかない。

何しろ逆回りかどうかがわかるのは昨夜の二人の記憶だけが頼り。よくよく考えて相談して方向を決め、いよいよ「逆回り」の儀式を開始する。

ストリートビューでは得体の知れない山道をくねくねとけっこう長く歩かされたように感じたが、実際に足で歩くと一周だいたい10分くらいで元の鳥居のところに戻ってきた。

その調子でどんどん歩を進め、ちょうど三周したときだった。

「サンカイ……」

どこからともなく「あの声」が聴こえてきた。Aにも聴こえたようだ。

何か嫌な予感がする。霊媒師も何かがおかしいと言う。立ち止まってもう一度よく景色を観察してみる。

左右反転の鏡文字というのがやはり引っかかる。ストリートビューで見た景色ではそんな違和感はなかったはず。つまり景色そのものが左右逆になっていたということかもしれない。

霊媒師によれば無暗に途中で振り返ることは危険だが、儀式をやり直すことはできるという。念のため、指示に従ってここまでの儀式を一旦リセットした。

時間だけが無駄に過ぎていく。焦る気持ちを抑えながら、今度はさっきと逆方向に歩き始める。

そしてまたちょうど三周しようかというときだった。

「……ィァクナス!」

妙な声だった。やはり方向が間違いだったのだろうか。いやしかしこの不自然さはどこかで……そう、まるで音声を逆再生したときのような声だ。

立ち止まってまた考える。逆再生されているということは、呪縛は解かれる方向にあると考えるべきだろうか?

時計を確認するとすでに三時を回っている。覚悟を決めるしかない。

恐怖と迷いが入り混じった鉛のように重い足取りを、気合いで進めていく。

しかしようやく半周くらい来たところで、急に自分とAのスマホからあの不協和音が鳴り出し、同時に足元がぐらぐらと揺れ出す。激しい揺れに、三人とも崩れるように倒れ込む。

遠くでどーんという地滑りのような音が響いたが、地震はやがて収まる。何か強力な霊力が我々の行動を拒んでいるように感じると、霊媒師が言う。

こんなに寒い季節だというのに焦りと恐怖で変な汗がだらだらと流れている。とにかく儀式を完了させなければ、一体何のためにこんなところまで来たのかわからない。竦んで動かない足に鞭打ってまた歩き出す。

しかしここからがまた異様だった。行けども行けども鳥居がない。途中どこかで道を間違えてしまったのか。

焦る気持ちばかりが先行し、冷静さを欠いていく。

時計はついに四時を回ってしまった。辺りがいよいよ薄暗くなってくる。世にも恐ろしい気配が背後からひたひたと迫ってくるようだった。

諦めて帰るしかないのか。いや、もうまともに帰ることさえできないのかもしれない。

さらにどれくらい歩いただろう、薄暗がりの向こうにようやく鳥居の影らしきものがぼんやりと見えてきた。

はやる気持ちに一瞬足が軽くなったが、それもすぐに止まってしまう。鳥居に何かがぶら下がっている。

長い髪がばさりと垂れる、真っ黒い服の女の首吊り死体。

儀式の完了は目前だというのに、恐ろしすぎてもはや一歩も動けない。というより気持ちはすでに全力逃亡寸前。

しかしふと見るとAがふらふらと鳥居に近づいていく。霊媒師が制止する声すら耳に入らない様子。

どうも様子がおかしいと思っていた。やはりAはまだ怨霊に取り憑かれたままだったんだ。

鳥居の下でAは足を止め、ゆっくりと死体を見上げる。

その瞬間、首を吊っていたロープが切れてAの上に死体が落ちる。

あまりの出来事に思わず霊媒師と二人顔を見合わせたのも束の間、すぐに鳥居の方を見返したのだが、なぜかそこにはAの姿も首吊りの姿もない。

ほんの一瞬のうちにAとともにすべてが消え、ただ元の鳥居だけが静かにそこにあった。

恐る恐る鳥居に近づくが、もう何の異変もない。とにかく儀式だけをきっちりと終え、すぐにAを探す。

しかしすでに日が暮れかかっていたこともあり、とうとうAを見つけることができないまま帰ることになってしまった。

あれから一年、結局Aは行方不明のままだ。

起こった出来事を詳細に話したところで、何の証拠もなければまるで雲を掴むような話。どうしようもない。

霊媒師は今でも心配して時々連絡をくれる。

そういえば自分たちに同行してくれたときに気がかりなことがあると言っていたが、どういうことなのか尋ねてみた。

Aに除霊の儀式を執り行ったあの日、彼の首に小さな銀細工が下がっているのが見えたという。

そのちょうど一年前、やはり同じように霊媒師のところに尋ねてきたある女性がいたのだが、彼の首にあったその銀細工はかつて彼女のために作った特別なお守りとよく似ていたのだそうだ。

ふと何となく例のネット小説が気になった。幸いまだ削除されてはいなかったので、久々にまた読み返してみる。

一度読んだ話なのですぐに読み終わろうとしたのだが、その結末だけが変わっていた。

「二人は手を取り合い、ともに生贄として淀みの間に入っていった。」

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@小夜子 ありがとうございます!こういうのを文章にするのは初めてなので、あまりエッジの効いた怖さを表現できてる自信がなかったですが、好評いただけて励みになります!

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