短編2
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おいしい噴水

梨佳さんの自宅近隣にあった公園での話。

あるとき遊んでいた幼児たち三人がずぶ濡れになって腹痛を訴え、集団で救急搬送された。

聞けば彼らは保護者が目を離した隙に、敷地内にある噴水の囲いを越え中に入り、循環している飲用ではない水を飲んでしまったのだという。

幸い大事には到らなかったが、そのなかには梨佳さんの娘もおり、ほかの二人は無理やり誘われたのだ……ということが判る。

なぜそんな真似をしたのかと訊くと《美味しそうだったから》と事もなげに答えた。

それ以来、娘が異常なまでに公園へ行くことを切望するようになった。

正確には噴水に、である。

公園へ行けば、遊具には目もくれず噴水に近づき、じっと動かない。ゴミや葉っぱの浮いた、清潔とは言えない水面を物欲しげに、飽きずに眺めている。

梨佳さんの監視の目がなければ、すぐにでも水を飲もうとしたらしい。

奇妙な行動に困り果てていたのと同じ頃。

その噴水で、ハトやネコが水面に浮かんだ状態で不審死を遂げているという事件が頻発するようになった。

さすがに子供を連れていく者は激減し、梨佳さんも娘に《もう公園にいくのはやめる》と宣言した。

娘にとっては一大事だったのだろう。

公園へ行けないことがストレスなのか、かんしゃくを起こすようになった。

夜中に目を覚まし、公園へ行くのだと泣き叫んだこともある。

一日がかりで遠出し、もっと広い別の自然公園や遊園地などに行っても無駄。

医者にみせるべきかと悩み始めた矢先、町内で有志をつのり公園のゴミ拾い及びパトロールをする運びになった。

気が進まなかったが、近所同士のしがらみというのもある。娘に公園へ行くと悟られぬよう、夫に遠方へ連れ出してもらい単身で参加した。

開始から五分ほどで、一同騒然。

垢じみた服装の老人が、上半身を噴水の水の中へ突っ込んだ形で意識を失っていたのである。

参加者らが駆け付けた警察に事情を聞かれているあいだ、結局その老人は助からなかったとの報せが入り、公園はしばらくのあいだ立ち入り禁止になった。

理由は不明だが、その日を境に娘は憑き物が落ちたように公園に執着しなくなったという。

それが、五年ほど前の話。

今現在、梨佳さんは別の地区へ転居している。

最近、たまたま公園のそばを通った。

救急車が停まっており、人だかりが出来ているのを見かけたそうだ。

逃げるようにその場を離れたため、事情は判っていない。

Concrete
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