A子とB子は大学生のときからの親友同士で、旅が好きだという共通点があった。大学生のときからずっと年に一度の海外旅行と、数回の国内旅行を二人で計画しては行っていたのである。
そんな二人もすでに28歳。本来なら、女性同士ではなく、彼氏とでも旅行に行っていていい年なのだが、女同士の気安さから相変わらずの女二人旅をしていた。
今回は、S県の温泉宿に来ていた。レンタカーを借りて、周囲を観光したり、ちょっと足を伸ばして日帰りスキーをしたりして楽しんでいた。その日は旅行の最後の日であり、山道をドライブしていた。
そんなとき、A子が道端に鄙びた寺を見つけた。A子は大学でも日本文化と日本史を専攻しており、こういった日本の古い建造物に興味があり、車を止めて行きたがった。特に名のある寺というわけでもなく、正直B子は特に興味はなかったが、A子が行こうというのでついていくことにした。
道路から急峻に立ち上がる山道を抜けると、森に囲まれた古いお堂が見えてきた。お堂の周囲には小さな地蔵がたくさんあった。お堂の名称は寺額がもうかすれていて読めなかったが、寺の周囲に掲げられた上りには、かろうじて「水子供養」とあるのが読み取れた。
「ここ、水子供養のお堂なんだね」
A子はしげしげと眺める。
「水子って、子供のうちに死んじゃったっていうやつ?」
B子は少し肩をすくめる。供養という言葉から、ちょっと怖いことを想像したようだ。B子はあまりこういった雰囲気は好きじゃない。
「そうね、水子っていうのは、生まれて間もない、もしくは生まれる前の子供のこと。こういう水子の供養堂は、そういう小さいうちに亡くなってしまった子供を供養するの。お地蔵様、正式には地蔵菩薩はそういう子供を極楽に導くと言われているのよ」
A子は説明しながら、お堂に手を合わせる。B子も恐る恐る手を合わせた。
「ねえ、もう行きましょう。ちょっと怖いわ」
言いながら、B子はすでに参道に向かおうとしていた。よほどいやらしい。
「うん、わかった。」
A子はお堂を振り返る。まだ、この世に産まれ落ちる前に死んでしまった子どもたち、
本当は楽しいことがいっぱいあったのに・・・
そう思うと、
「可愛そう・・・」
ポツリとA子はつぶやいた。
「何!?」
B子が振り返ったので、A子は何でもないと受け合うと、山道を二人で降り始めた。
A子に異変が起こったのは、この旅行から帰って数日後だった。
食事が思うように取れず、吐き気に悩まされるようになった。体がだるく、熱っぽくもあった。風邪かと思い、風邪薬を飲んだが一向に良くはならなかった。そんな日が1ヶ月以上も続いた。そうこうしているうちに夢を見るようになった。
夢の中で、A子が暗い夜道を歩いていると、前から赤い服を着たおかっぱ頭の女の子が歩いて近づいてくる。すれちがおうとすると、突然A子の腹に手を付き、そのまま体を突き抜けていくのだ。いつも、夢はそこで終わり、A子は汗びっしょりになって起きた。
具合の悪さから、会社も休みがちになり、心配したB子が見舞いに来てくれた。
B子がむいてくれたりんごをベッドの上で食べながらA子は自分の体調の悪さについて話しをした。
「なんか、妊娠したみたいだよね・・・」
A子がポツリという。しかし、A子には心当たりがなかった。
「実は、胸も張っているし、最近、お腹も大きくなっている気がするんだ・・・」
「え?でも、A子・・・その・・・心当たりあるの?」
B子が尋ねる。実はB子には彼氏がいるのだが、B子が知る限り、A子には彼氏はいなかった。
A子は首をふる。A子には全く心当たりがなかった。
「だから不思議なんだ・・・」
それから、またたく間に5ヶ月が経ち、A子はすっかり会社に顔を出さなくなった。病気ということで、会社には長期の休業届を出していた。
B子はA子の家にひさしぶりに行くと、目を疑った。明らかに腹が大きくなっており、妊婦然としている。その大きくなった腹をさすりながら、A子はまるでこれから生まれる子供を慈しむ母親のような表情を見せた。
B子はやはりA子が誰かの子を宿しているのだと確信した。自分が知らない間にA子にもいい人ができて、結婚前でフライングだが、妊娠したーということだと。でも、それを聞いても、A子は一向に肯定しない。自分には心当たりがないとの一点張りだった。
それからさらに何日か過ぎたとき、突然、A子がB子に電話をかけてきた。
「産まれそう。どうしよう・・・」
A子は非常に戸惑っていた。そういえば、A子は産婦人科に行っていたのだろうか?母子手帳は?もしかして・・・
B子はA子が不義の子を宿してしまい、自分でおろそうとしているのではないかと、ここに来て思い至った。だから、彼氏の存在も否定しているのではないか、そして、産婦人科にも行っていないのではないか、自分一人で出産をしようとしているのではないか。
取るものもとりあえず、B子はA子の家に急いだ。
B子が到着すると、A子は脂汗を流しながら必死にベッドの上でいきんでいた。
どうしたらいい??!
とりあえず、お湯を沸かすんだっけ?たらい?洗面器で足りるのか?お風呂にお湯を張っておくべきか・・・。
A子の様子にB子がパニックになっていると、ひときわ大きな声でA子が叫んだ。
『ふぎゃあ、ふぎゅあ、ふぎゃあ・・・』
赤ちゃんの鳴き声があたりに響いた。そして・・・
ふと、消えた。
B子が驚いてA子に駆け寄ると、脂汗をにじませながら、A子が微笑む。
「旅行のこと覚えている?水子供養のお堂。
わかったわ、私。私のお腹の中にいたのは、あの日お堂にいた子だったのよ。
産まれたかったのね。だから、私のお腹に入っちゃったんだ・・・」
そして、コクリと、寝入ってしまった。
A子のお腹はもとの大きさに戻っており、そして、赤ちゃんはどこにもいなかった。
想像妊娠だったのかもしれないともB子は思ったが、あの『出産』の日、確かにB子も産声を聞いたのだ。やはり、A子が言うように水子の霊が憑いたのだろうか・・・。
A子は、その後『妊娠の感覚が忘れられない』と言い、程なくして、彼氏を作って結婚した。今では、3児の母である。
作者かがり いずみ
今回はあまり怖くない話です。
きっとA子さんの優しさに惹かれて、お腹の中に水子が入ったのでしょう。
A子さんは大変でしたが、今回のことで母性が目覚めたようですね。
幸せになってほしいです。