尚志さんが小学生だった当時、世間は熱狂的なオカルトブームに踊っていた。
中でも友人のタイキくんはテレビから雑誌までくまなく情報収集、UFOが出現するとウワサの山などにおもむき写真撮影をしてくるなど、仲間内でもその熱の入れようは群を抜いていた。
彼とは家も近所、幼なじみで共通の話題も多かったのだが、尚志さんのほうはオカルトに全く興味がなく、ただの聞き役に徹するのが常だった。
あるときタイキくんが《尚志に見せたいものがある》と自宅へ来るよう促された。
いつになく深刻な様子ではあった。自転車をとばして駆けつける。
UFO関連のものであることは察しがついていたが、どうせハッキリしない光が写りこんだ写真か何かだと考えていた尚志さんの予想は裏切られた。
それは、カメラのフィルムケースのなかに入れられた金属片であった。
太さも長さもまっすぐ伸ばした中指ほどの大きさ。
二本のひもを互いにねじっていったようなそれは《金属製のおさげ髪》のようだったという。
一ヶ月ほど前に例の山で拾ったのだ、とタイキくんは言った。こんなネジは存在しない、宇宙人の持ち物に違いない、とも。
《しばらく尚志にコレを預かっていてほしい》と言うタイキくん。
理由を訊くと
《へんなやつ》
が来たのだという。
前日の夕方ごろだった。
家で一人留守番をしていた、タイキくんの自室の扉が突然強く叩かれたのだ。
《タイキ。タイキ》
と名前を呼ばれたのだが。
それは《水中でダイバーが喋っているような声》だった。
タイキくんは異変を察し、扉を開けなかった。
鍵をつけていたわけではない。ノブを回せばすぐに開けられてしまう扉だったのだが《そいつ》は開け方が判らないのか、べちゃべちゃと湿った音で扉を叩きつづけている。
数十秒間ほど部屋の前にいたようだが、やがて足音もなく扉の向こうの気配は消えた。
両親が帰宅するまで、部屋のなかで震えていた。
その両親には《オカルト番組の観すぎ》と言われたそうだ。
タイキくんは身の危険を感じ
《尚志の家にはいつも犬が居るのだからだいじょうぶだろう》
というよく判らぬ理屈で尚志さんを預かり役に選んだのだそうだ。
捨ててしまえばよいではないか、という尚志さんの提案には渋った。やはり貴重な発見であるという考えはぬぐえなかったのだろう。明日、テレビ局に売り込みに行くのだと息巻いていたのだから。
尚志さんは預かり役を請け負い、持ち帰った。
繰り返しになるが、見た目はただの不思議な形状をした金属である。
光るわけでも、音が鳴るわけでもない。
懐疑派、というよりはっきり否定派であった尚志さんはむしろ《へんなやつ》が来たら面白かろうと考えていたのだが。
結局尚志さんのところへは、何も現れなかった。
現れなかったのは、タイキくんもである。
翌日の学校に登校してこなかったのだ。
下校時に家を訪問すると、共働きで日中は留守だと言っていた両親が玄関口に出てきて
《タイキは“こころの病気”になってしまい、入院している》
という意味のことを言った。
昨日の、今日である。
にわかには信じがたかった。
しかし、入院先はどこなのか、連絡するには……という本来するべき質問をせずに逃げ帰ってきた。
両親は《ダイバーが水中で喋っている》ようにゴボゴボとこもった声でそう言ったからである。
つい昨日、タイキくんと顔を合わせたことがバレたらとんでもないことになる、そんな気がした。
そして、それ以来。
タイキくんとは会えずじまいなのである。
一ヶ月ほどで、タイキくんの家族たちは引っ越していってしまった。
学校の先生にも尋ねたのだが、そちらには仕事の都合による転勤という話になっており、事件とはとらえていなかった。
自分の親や交番にも相談したが相手にされず。
たしかに金属片を拾っただけで、奇妙なものが家に侵入したりしてきたのは、彼の脳内だけで起きていたことなのかもしれない。それまでの尚志さんであればそちらを採用したのであろう。
尚志さんが預かった例の金属片を保管していたが、なんの異変もなかったのだから。
しばらくは。
タイキくんの家族が姿を消し、半年後。
庭で飼っていた犬が死んだのである。
リードが首に巻き付いて窒息してしまった事故だったそうだが、尚志さんは金属片と関わりのあるやつからの《警告》だと推測した。
リードは例の金属片と同じように、束ねた部分を交互にねじられていたのだ。
尚志さんは金属片を例の山へ捨ててしまった。
それからは、何も起きていない。調べたくもないという。尚志さんは、元来オカルトに興味はないのだ。
しかしタイキくんが言っていた《へんなやつ》は確実に存在している。そう考えているそうだ。
金属片があった山はいまだにUFO目撃談があとをたたない。インターネットで検索すれば真っ先に名前があがるような場所だ。
家主が不在のままなぜかいつまでも残されていたタイキくんの家は《夜になると明かりがついている》という噂話をされていたが、ついこのあいだ不審火を出し、それを機に解体されたという。
作者退会会員