とある地方都市、インター近くの田舎の町でNは戸別訪問のバイトをしていた
牛乳宅配会社からの委任で牛乳やヨーグルトの小さなビンのサンプルを配りつつ、宅配契約を取ってくる仕事だ
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Nには委託元の社員のYが教育係兼報告先としてつけられた
40代と年は離れていたが話しやすい雰囲気の気さくなおじさんといった感じの人だ
当時は夏だったこともあり暑さにやられないように2人で代わる代わるサンプルのはいった台車をおしつつ雑談をしながら家々を回っていた
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ガチャガチャと台車の車輪がうるさい中、仕事の話もしたが、Yは特にこの地域のことを話してくれた
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「最初の担当地がこの地域だっていうのはN君も不幸だよなあ」
「なんでですか?断られることは多いけど、気さくなおじいちゃんおばあちゃんばかりで結構気楽にできてる気がしますけど」
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「いやいや、人柄はね、そんな悪い人はいないよ。ただ君もあの匂いがわかるようになるんだろうなーって思ってさ」
会社に来るときも三ノ原は通ってきたが変な匂いはしなかったように思う
「あの匂いってなんですか?」
特別、花の匂いや変な臭いがすることもなかったNはYのいう匂いに心当たりがなかった
「うーん、いやいや、どうせじきにわかるし秘密にしとこう」
Yはそう言うと結局、教育期間でこの地域を一緒に回っている間、二度とこの話はしなかった
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教育期間が終わり、Nは1人でサンプル営業をしていた
盆の直前、セミがよく鳴く時期だった
社用車の窓から吹き込む風が心地いい
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いつものように家を訪問し、少し疲れてきたので休もうと神社の隣にある公園のベンチにこしかけて木陰に涼をとっていたときだった
Nは一瞬、セミが鳴きやんだ音を聴いた
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ベンチから見える住宅街の角の古屋、ずいぶん立派な和風建築だが、ながらく人が住んでいる気配がないのでNもYも一度も訪問したことのない家だ
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そこから、なにか、匂いがする
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嗅いだことのないような匂いだ
強いて言うなら煮すぎた煮物のような
Nはサンプルをベンチに置いたまま古屋に近づいた
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music:1
いつもは人の気配がなかったのに今日は家の前に黒いセダンが横付けされている
庭に人影はない
しまったなサンプルを持ってきてれば営業に来たって言い訳出来たのにと思いつつ
隠れるように庭に入った
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music:3
中から声が聞こえる
お経か?
声のする方へおそるおそる近づくと少し高い位置に引き違いの窓があった
どうやら台所のようだ
爪先立ちになり、その窓から中を覗き込んだ
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music:3
中には4人ほどの人物のシルエットがみえた
4人はなにかを囲むようにして手を合わせ経を読んでいる
その中心には大きな箱のようなものが置かれている
あの箱はなんだ?
だんだん匂いが強くなっている気がする
よく見ようと窓に手を掛けた
ガチャ
窓の桟から音が漏れた
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shake
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「ぬしゃ!なんしよんじゃー!」
突然窓の向こうに老人が出てきた
4人じゃなかったんだ!もう1人いた!
顔を見られたか?どうしよう!
Nはすいませんだかごめんなさいだか言葉にならない言葉を吐きながら必死で車まで走って逃げた
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Nは恐怖でぼーっとした頭で車を走らせているうちに気がつくと会社に帰ってきていた
社内にYの姿を見つけると妙な安堵感から思わず泣いてしまっていた
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「おお、どうしたNいきなりオレの顔見て泣くなよ」
Yから笑いまじりでそう言われて、急かされるように今日あったことを話した
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YはひとしきりNの話を聞き終わると
「そうか、やっぱりお前もあったか」
と言った
「あれはなんだったんです?言われたように変な匂いもしました!でも、あれって…」
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「よしよし、まあそれは今日の営業報告を聞いてからゆっくり話してやろう」
そう言われてNは公園のベンチにサンプルを忘れていることにようやく気が付いた
「あの…すいません。置き忘れてきたんで…その」
「…まあ、仕方ないか、オレもちゃんと話しておいた方がよかったかもしれんな。一緒に行ってやるから案内しろ、車中で話してやるよ」
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あの公園に戻るのは気が気でなかったがYも来てくれるというので不安も半減した
「あれについてだがな、実はオレもよくわからんのだ」
車内でYが話す声だけがやけに大きく聞こえる
「だが、この地方じゃあ盆には魂が肉の殻に戻るって言い伝えもある」
「どうして肉に戻らにゃならんのやら、どうしてそんな風習があるんかはわからん」
「でもな最近、親族の死に目というか、独居の老人だったんだがな、その身元確認に行くことがあって1つだけわかったことがある」
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「死体ってーのは時間が経つと、煮崩れた煮物みてーな臭いがするんだよなあ」
作者春原 計都
地名は全てフェイクです
※20/2/28少し改訂