社会人3年目の春、この街にもやっと慣れてきた
最初は右も左も分からなかった
だって新卒で入って1ヵ月で地元を離れることになるなんて予想してなかったんだ
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1年目は右往左往するばかりだった
2年目はだんだん慣れてきた。
楽しかった思い出は
アリーナで好きなバンドのライブを聞けたことだ。一緒に行った酒井さんも楽しそうでよかった。
今はこんなオレの彼女をしてくれている。
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そんなこんなでオレはこの会社でこれからもやってこうっていう覚悟が決まったワケだ。
ということで、まずは社員寮がわりに住んでいる築26年のボロアパート(俺の城)をちょっと快適にしようと思い立った
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最大にして最愛の敵は、そうエアコンだ!
夏に涼しく、冬にこの身をあたためてくれる
愛すべきヤツは昨年の夏、俺を裏切った
8月の半ば、急に冷風が温風に変わった
それから今日までヤツの冷風をこの身に受けていない
だから、泣く泣く買い換えることにした
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泣いて馬謖を切るとはこのことだ
苦しいことも楽しいこともあったこの2年間、火照るわが身をクールダウンしてくれたのはコイツだ
だが、ジャパ○ットを見て
『今なら、取り外し!取り付け費無料!古いエアコンを下取りに出せば、今だけ!2万円値引き!』
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考えるより前に電話をしていた
えーとこの部屋何畳だっけ、たしか6畳だけどキッチンまで壁がないワンルームだから8畳用かな
「8畳のモデルで!」
俺はオペレーターに言われるがまま
全ての注文を終えていた
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そうして訪れた取り替え日、土曜日の休みに電気屋さんが汗をかきながら取り替えているのを見ていた。
もちろん、スムーズな取り替えのためのサポートは欠かさない。
ちょっとお高めのスポーツドリンクを差し入れしてオレの仕事は終了だ。
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万全のサポートを終えた後、やることもないのでドアを開け外でタバコを吸っていた
部屋から「あっ!」と声が響く
なんかあったかなー、何もなければいいなーと思いつつ部屋へ入る
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すると、作業員さんが
「エアコンの取り替えは無事終わったんですけどね、コレ。」
とななめ下を指指した
そこには1枚のお札が落ちていた
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おんぎょう…さい…りつれい…みたいなことが書いてある
「いやー、時々あるんですよね。コレ、古いエアコンの裏の壁紙に貼ってありました。」
オレは何もいい言葉が思いつかず
「へぇー、そうなんですか」
とだけ返していた
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それからは地獄だった。
休みの日に家にいると家鳴りはひどいし、テレビはリモコンに触ってもいないのについたり消えたり
仕事の都合で遅くなる日もある
そんな日にはいつも決まって何かが焦げている
それは冷蔵庫に貼ったゴミ出しのスケジュールや、ポストに溜まった取り出し忘れたチラシ、彼女と撮った記念の写真だったりした
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彼女と撮った写真が焼けたのを見てオレは思った。
アレだ。あのお札が落ちてきてからこんなことになっちまったんだ。
このままじゃ彼女にも累が及ぶかもしれない
お札は落ちてきた日からずっと本棚に置いてある
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何度も何度も壁に貼ろうとした
エアコン外すのは無理だから出来るだけ近くのとこに、でも、ガムテで貼ってもアロンアルファで貼っても落ちてくるってどういうことだよ!!
どうしようもなくなってオレは近所の寺にそのお札を持って行った
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住職から「縁がつながっている」と言われた
「縁を切るには遠方へ行き、仏寿を奏する必要がある」と言われた
意味わかんなかったからさあ
ちゃんと聞いたよ
結局、『地元に戻って毎日墓参りして先祖に守ってもらえ』ってことだったよ。
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嫌だよ。おれ、やっと仕事楽しくなってきたんだよ。
彼女だってできたんだ。
すげーかわいいんだよ。
全部捨てて地元に帰るなんて出来るわけない
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でもさ、最近カーペットに赤ん坊の手形みたいな焼き跡がついてさ
夜、眠くなったときに限って聞こえるんだ
おぎゃーおぎゃー、ってさ
だんだん部屋の隅からオレの布団の方に近づいてくるんだ
このペースだとあと2日ってとこだろう
もう無理、ごめん、みんな
オレは帰るよ
作者春原 計都
春原計都、春の彼岸祭り①