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長編15
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スキー

今年は雪が少ない。

俺の住んでる地域も割と豪雪地帯と呼べる場所にあるが、例年にないほどの積雪量だ。

先日、6歳になった息子がスキーをしたいと言うので近所のスキー場に連れて行った。

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止まり方を教えて緩い斜面を滑らせる。

なかなか上手い。

今度は曲がり方を教えて滑らせる。

おお、呑み込みが早い。やるじゃないか。

さあ、あと何回か練習したらリフトに乗ろうか。

と思っていたら、

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「ねえ父ちゃん。これなにが面白いの?」

耳を疑った。

嘘でしょ?

なんかこう、あるでしょ?

スピード感とか、なんかそういうの。

だが、よく考えてみると息子の言う事にも一理ある。

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確かになにが楽しくて、わざわざ斜面を登っては降りるを繰り返すのだろう?

雪の積もった斜面を板に乗って滑り降りることになんの意味があるのか?

一体我々はなんの為に産まれ、なんの為に生きるのか?

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なんだか説明して解ってもらうのが面倒になった俺は、

「大人になったら解るよ。」

と問題を先送りにした。

多分大人になっても解らないと思う。

息子は、

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「そうだね!わかった!」

と言って帰る準備を始めた。

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おお、解ってくれたか。

いや解ってないだろ。

彼もまた、問題を先送りにした。

親子って怖い。

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息子の初スキーは一時間程で幕を閉じ、買ったスキー用具一式は2歳の弟の未来に先送りされた。

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俺がまだ都内のアパレル会社で働いていた頃の話。

今年もまた冬がやって来た。

うちの会社はアグレッシブな人材が揃っている。

夏は野球やサッカーをし、冬には雪山に行く。

まあ皆スノーボードでスキーは俺だけなのだが。

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面子は

我が社が誇るお祭り男、大吾さん。

九州生まれのスタンド使い、民生くん。

柴犬みたいな顔の犬山さん。

いつものチーム雪山だ。

「行きたい気持ちは満点。マウンテン。」

を合言葉によく週末に出掛けた。

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今回は初めて部長も参加することになった。

いつもは大吾さんが実家から車を持ってきてくれるのだが、部長が車を出してくれるという。

お言葉に甘えよう。

ついでに高速代とガソリン代も甘えよう。

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「部長ってスキー出来るんですか?

それともボード?」

「スキーは出来るぞ。

だけど今回は新しいアイテムを購入した。

お前ら驚くぞ。」

なんだかイヤな予感がする。

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当日の朝、会社に集合した俺達の前に部長の車が現れた。

スキーキャリアには見慣れないフォルムのアイテムが括り付けられていた。

自転車?

いや、前輪後輪の代わりにボードが付いている。

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スノースクートというらしい。

部長が自慢げにその奇天烈な乗り物を説明する。

「こいつ、これに乗んのか。」

俺達は皆リアクションに困り、顔を見合わせた。

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俺達の困惑と共に車は出発する。

行き先は新潟だ。

俺達は車内で部長をどうするか話し合った。

いつもなら俺と犬山さんはパークで遊ぶ事が多い。

キッカーというジャンプ台で飛んだり、ハーフパイプに入ったりする。

民生くんと大吾さんは普通にゲレンデを滑る。

あとは大体その場の流れで合流したり、昼飯を一緒に食べたりと割と自由に楽しむ。

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当然部長は民生大吾チームと一緒に。

と思っていたのだが、部長は初参加だから皆で一緒に滑ろうと大吾さんが言い出す。

正直に言うと、ちょっと部長とはご一緒したくない。

大体実力が未知数だ。

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ほんとにそれに乗れるのか?

乗れたとしてついてこられるのか?

なんだかちょっと恥ずかしくないか?

そもそも何故それを選んだんだ?

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様々な疑問が各々の胸の内に渦巻いたが、

「そうしましょうよ。ねえ部長。」

と大吾さんが先手を取り、部長も同意したので俺と犬山さんは発言権を失った。

民生くんは呑気にカレーまんを頬張った。

人がカレーを食べてると自分も無性に食べたくなるのはどうしてだろう?

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スキー場に近付くにつれて雲行きが怪しくなってきた。

雪が凄い勢いでフロントガラスにぶつかる。

ワイパーがえっちらおっちらと雪を運ぶが、視界は悪い。

こりゃ山は吹雪だな。

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案の定スキー場に着いた俺達を待ち受けていたのは、山の半分以上を覆い尽くす灰色の雲と吹雪だった。

「とりあえず一本目は上まで行って、状況次第でどうするか考えましょう。」

犬山さんの案に皆同意する。

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二人ずつリフトに乗り込む。

民生くんと大吾さん。

俺と犬山さん。

部長と奇天烈な乗り物。

仕方がない。

そもそも抱えなければリフトに乗れないのだ。

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両親からのクリスマスプレゼントを大事そうに抱える子供のように、部長はちんまりとリフトに収まった。

チラッと後ろを振り返った犬山さんが、笑いをこらえて俺を見る。

やめろ。

こっち見るな。

笑っちゃうだろ。

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何度かリフトを乗り継いで山頂を目指す。

やはり雪が凄い。

俺達にもあっという間に雪が積もっていく。

犬山さんが止せばいいのにまた後ろを振り返る。

今度はこらえきれずに吹き出す。

釣られて俺も振り返ってしまう。

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部長とその相棒にも雪は積もっていた。

話相手もいない部長は寂しそうに遠くを見つめている。

なんて悲しいのだろう。

まるで罰ゲームのようなその姿に俺も吹き出す。

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「大事なプレゼントが濡れちゃうね。」

俺の言葉に犬山さんの笑いが止まらなくなる。

こっちも釣られて笑ってしまう。

やめろよ。

笑ってたのバレたら怒られんだろ。

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ようやく笑いも収まった頃、山頂に到着した。

先に着いた二人が手を振る。

俺達も手を振り返し、そちらに滑っていく。

部長と相棒のリフトも到着。

さっと滑れる俺達と違い、部長はドタドタと小走りでリフトから離れる。

この時点でもう面白い。

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ああ、ちょっと遅かった。

無人のリフトが大事な相棒をかすめる。

よろける部長。

その姿に再びスイッチが入る俺と犬山さん。

ドミノのように民生くんと大吾さんにもスイッチが入る。

ダメだ。笑っちゃダメだ。

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痙攣する口元と、攣りそうになる腹筋に耐えながら部長を迎える。

部長が不機嫌そうに近付いて来た。

「お前らなんか笑ってた?」

やっぱり気づいてた。

「全然笑ってないですよ。」

犬山さんが即座に答える。

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が、その声が震える。

やめろって。

無理して即答するから。

笑っちゃうだろ。

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ダメだ。耐えられない。

こういう時スキーは便利だ。

ボードと違ってすぐに滑り出せる。

俺は顔を見られないうちにその場を離れた。

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それにしても凄い雪だ。

視界は10m程度だろうか。

少し下りただけでもう4人が見えない。

上から声がする。

「中間にロッジがあるから。取り敢えずそこまで行こう。

あんまりはぐれないように、ゆっくり。

途中で止まってお互い確認しよう。」

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そうしましょう。

しばらく行ったところにあるコース標示の前で、俺は皆を待った。

犬山さんがすぐに隣に止まる。

少し遅れて大吾さんが、その後に民生くんが到着。

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部長は?

まだ見えない。

視界が悪い。

まだか?

皆が心配しだした頃、ようやく吹雪の中にシルエットが見えた。

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おお、意外としっかり乗れている。

さほどスピードはないが転びもせずにこちらへ向かって来る。

やるじゃないか。

いや、乗り物の構造上凸凹に弱いようだ。

衝撃を吸収しきれないのだろう。吹き溜まりの段差でいちいちバウンドをしている。

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吹雪のゲレンデを得体の知れない何者かが、モトクロスに乗ってやって来る。

自分の意思ではない小さなジャンプを繰り返しやってくる謎のライダーに俺達の腹筋は悲鳴をあげた。

ゲレンデに流れる「マツケンサンバ」が拍車を掛ける。

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もうダメだ。限界だ。

俺達の爆笑のなか、部長が到着する。

「お前ら、後で覚えとけよ。」

サーカスのクマが俺達に凄むが、笑いは止まらない。

「取り敢えず…ブフッ…

ロッジまで…ブフォフォ…

ヒー…向かいましょう……ファー…ヒー…ゴフッ…」

犬山さんの言葉に皆逃げるように一斉に滑り出す。

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猛吹雪と限界間近の腹筋と呼吸さえままならない笑いの三重苦を乗り越え、なんとかロッジまで辿り着いた。

皆揃ったか?

やっぱり部長が来ない。

勘弁してくれ。

取り敢えず身体に積もった雪を払い、ロッジに逃げ込む。

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しばらく入口で暖をとりながら部長を待つ。

大塚愛の「さくらんぼ」をバックにようやく部長の姿が見えた。

錯乱坊のお出ましである。

勿論小さくバウンドを繰り返している。

もうやめてくれよ。

この一時間程度で一年分は笑った気がする。

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大事な思い出や仕事の予定を俺達の頭から消し飛ばした元凶がロッジに入ってきた。

めちゃくちゃ不機嫌だ。

なんて理不尽なんだ。

頼んでもいないのに奇天烈な乗り物を選んだのはあんたじゃないか。

やり場のない怒りと笑いを飲み込み、ロッジになだれ込む。

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とにかく少しご機嫌をとっておかないと後が怖い。

結構根に持つタイプなのだ。

「ちょっと雪が収まるまでここにいましょう。

部長、ビール飲みます?

帰り俺が運転しますよ。」

大吾さんの提案に部長の頬が緩む。

いいぞ。その調子だ。

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「いいですね。飲みましょうよ。」

「なんか食べましょうか?」

次々に便乗し皆で盛り上げる。

よし、もう一押しだ。

皆でテーブルに着く。

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ビールと山盛りのポテトフライ、名物というチョリソーがテーブルに並ぶと

「しょうがねえなあ、お前らは。 

まあいいや!よし、飲むか!」

部長が満面の笑みを見せる。

チョロい。チョロすぎる。

もうちょっと飲ませばこの場も奢ってくれるだろう。

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吹雪の中のロッジはあっと言う間に居酒屋と化した。

まだ午前10時である。

しかしまだまだ吹雪は止みそうにない。

仕方ない。本腰入れて飲むか。

もはや滑る気のなくなった俺達はここがスキー場である事を忘れ、ひたすらに飲んで食べた。

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「おい、大吾。お前もいいから飲めよ。」

「いや、いいですよ。運転もありますし。」

「泊まればいいだろ。いいから飲めよ。」

あれ?

様子がおかしい。

部長を見ると完全に目が据わっていた。

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しまった。飲ませすぎた。

変なスイッチが入った部長は絡み酒に突入した。

誰だよ。こんな飲ましたのは。

俺だった。

大吾さんごめんなさい。

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民生くんは我関せずと目を合わせずにチビチビ飲んでいる。

犬山さんは元々黒目がちでどこ見てんのか解らない目をあからさまに伏せている。

こいつら。なんて薄情なやつらだ。

俺も同じように二人の押し問答が聞こえないふりをした。

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「ああ、もう!解りましたよ!飲みますよ!」

とうとう大吾さんがキレた。

最後の砦の陥落である。

「民生!このへんで泊まれるとこあるか聞いて押さえろ!」

こうなってしまったら誰にも止められない。

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先刻まで聞こえないふりを決め込んでいた民生くんが弾かれたように立ち上がり、ロッジの受付に走る。

事が自分に及ぶと途端に迅速に対応しだす。

小賢しいやつめ。石田三成みたいだな。

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ああ、また嫁さんに怒られる。

もういいや。どうとでもなれ。

やがて民生くんは下のリフト乗り場からほど近いところにあるコテージタイプのユースホステルを手配してきた。

仕事早えな、相変わらず。

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大吾さんが遅れを取り戻すように飲み出したのを見て、満足そうな部長。

暴君である。

やがてお昼どきになり、ロッジがぼちぼちと混みだした。

雪は止みそうにないが、何時までもここにいるわけにもいかない。

俺達は重い腰を上げた。

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やばいな。飲み過ぎた。

ただでさえ悪い視界が揺れる。

他のお客様には本当に申し訳ないが、こんな状態でも下山しなければならない。

せめて大人しく事故のないように、とスキーに乗る。

横を見ると例のバイクに部長が跨っていた。

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ああ、お前それで降りるのか。

忘れてた。なんだよそれ。

見れば見るほど面白いその姿に、酒でゆるゆるになったスイッチが入り始める。

もはや部長も笑っていた。

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笑いの連鎖反応はあっという間に広がり、俺達はまたもゲラゲラと笑いながらロッジを後にした。

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ダメだ。

笑いのスイッチどころかスキーのスイッチもゆるゆるだ。

足に力が入らない。

なんでもないバンク状の地形に煽られ、俺は斜め軸の回転をかます。

危ねえ。

どっちが空でどっちが地面か解らなかった。

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ケガだけはする事もさせる事も許されない。

慎重に行こう。気を引き締める。

部長は?

いた。

洗濯板の上を進むかの如くガクガクと俺の横を通り過ぎた部長の姿に、締めた気持ちがまた緩む。

もうなんなんだよ、あの人。

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取り敢えず部長が止まっている場所まで進む。

隣に立つと、部長はコース脇の立木になにやらブツブツと話し掛けている。

「一緒に滑りませんか?」

耳を疑った。

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部長は酔っ払って立木をナンパしていた。

「多分100年経っても一緒に滑ってくれないと思いますよ。」

俺は呆れて部長に進言する。

部長はまたブツブツと言いながら滑り出す。

大丈夫か?

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部長と愛機はまた自然の起伏に翻弄されながら斜面を下る。

そして一際大きなコブに乗り上げ、ポーンと宙に浮かんだかと思うと、

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そのまま谷底へ落ちていった。

俺は今度は目を疑った。

この短時間で自分の耳どころか目まで疑う事になるとは。

部長のおかげで自分の器官すら信用出来なくなった俺は、恐る恐る谷底を覗いた。

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そこには壊れた人形のようになった、かつて部長だったものがいた。

死んでる……

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残念ながらそんな事はなく、

部長と相棒は仲良く新雪に埋って見動きがとれなくなっていた。

特にケガも無いようだ。

うわあ、面倒くせえ。

レスキュー呼んだ方がいいかな。

なんて思っていると、

他の3人も集まって来た。

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取り敢えず無事な部長を差し置いて、なにがベストかを話し合う俺達。

「おーい!引っ張ってくれー!」

レスキューを呼ぶのがベストだとは思う。

「おーい!早くー!」

ただ俺達全員ベロベロに酔っ払っている。

なんか怒られそうだ。

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「冷たいよー!やばいってー!」

やはり俺達でなんとかするしかないのか。

「早く助けに来いよ!マジで!」

うるせえなあ。

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解ったよ。助けに行きますよ。

「ほれ、民生くん。行ってきな。」

さらっとふると民生くんは、

「おい、なんか一発芸かモノマネでも披露しろよ。」

と歓迎会で部長に言われた時とおんなじ顔をした。

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えぇー?

行くでしょここは、普通。

大吾さんと犬山さんも頷いている。

だが民生は引き下がらない。

「いや、ボード外したら靴埋まっちゃいますよ。

ボードも誰かに持って貰わなきゃいけないし。

スキーなら埋まりませんよね?外さなくてもいいし。」

カウンターを繰り出してくる。

大吾さんと犬山さんは、ここで民生を否定すると自分も選択肢に入る事を恐れてかすかさず民生の肩を持つ。

汚え。ほんとに汚え。

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しようがねえなあ。

「部長ー!今から俺が助けに行きますよー!

薄情なあいつらじゃなくて俺が行きますからねー!

酔っ払っててもちゃんと覚えてて下さいねー!」

念入りに恩を着せながら俺は谷底に下りていった。

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埋っていた部長と奇天烈バイクを掘り起こす。

が、部長はもがけばもがく程沈んでいく。

なんだ?流砂か?

いや、部長の靴が小さいのだ。

面積が狭いので抜いたそばから埋まる。

ああ、もう。面倒くせえ。

いっそ沈んで腐海の底に落ちればいいのに。

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上から声を掛ける薄情もの達に無事を伝える。

それと俺が下りてきた所から登るのは不可能である事、このまま登りやすい場所まで進んで見る事、

先に行って登れそうな場所を探すように指示を出す。

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このままでは埒が明かないので取り敢えず部長を奇天烈バイクに乗せることにする。

こうすると沈まない。

しようがない、俺が先導して雪を踏み固める。

部長は奇天烈バイクの前輪部分を持ち上げ、雪面を叩きながら付いてくる。

その巫山戯た絵面を見ると笑ってしまうので、なるべく後ろを見ないで進んだ。

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「飲み過ぎですよ。危うく死ぬところでしたよ。」

「おう。俺も、ああ逝ったなって思った。」

「それになんですか?さっきの。

立木ナンパしてましたよ。頭おかしいんですか?」

「立木?うっそだあ。結構可愛い娘だったぞ。」

「幽霊だとか言うんじゃないでしょうね。

それとも木の精ですか?」

「気のせいだったりして。」

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言うと思った。突っ込む元気もない。

それにしてもしんどいなあ。登れるとこあんのか?

「どっか登れそうなとこありますか?

てか、このまま進んで大丈夫ですかね?」

「大丈夫だよ。このまま進め。」

「なんか根拠があって言ってます?それ。

遭難フラグじゃないですよね?」

「信じろって。絶対大丈夫だから。」

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「部長のどのへんを信じればいいんですかね?

さっき俺、自分の耳と目疑ったばっかりですけど。」

「お前の役に立たない目よりかは、俺の方がいくらか視えるよ。いいからこのまま進めって。」

ん?

見えるのニュアンスが違う気がする。

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「違ったら違うって言って下さいね。

もしかしてなんか視えてます?」

「もしかしなくても視えてる。」

出たー。やめてくれよ本当に。

聞きたくねえなあ。

「何が?って聞いてもいいですか?」

「さっきナンパした美人ちゃん。」

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足が止まる。

目を凝らすが、木々の間には何も見えない。

「冗談ですよね?」

俺は部長に振り返る。

「ん?ほんとだって。

あそこの木のとこ。先導してる。」

もう一度見るが誰もいない。

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「それついて行っちゃダメなやつじゃないですか?」

「しつこいな。大丈夫だって。

どっちにしても進むしかないだろ。」

まあ、そうだけどさ。

コースに戻れそうな場所は見つからない。

「ほんとに視えないのか?マジで美人だぞ。

あ、首にロープ付いてるな。」

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やめてくれよ。そういうの。

なるべく足元だけに集中して進む。

「あ。」

部長が口を開く。

なんだよ。もういいって。

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前を見てしまう。

ああ、俺にも視えた。

吹雪の中、木々の向こうにシルエットが浮かぶ。

少しずつ近付く。

顔はまだ見えない。スキーウェアを着ている。

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さらに近付く。

美人か?

どっちかって言うと男っぽいというか、

見たことあるような。

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「あれ民生くんじゃないですか?

生きてますよね?それとも死んじゃったかな?」

俺は民生らしきやつに手を振る。

民生らしきやつも振返す。

やっぱり民生くんだ。

声くらい出せよ。おっかねえな。

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部長も手を振りながら声を掛ける。

「おーい!民生ー!

お前の落ち武者下がらしとけー!

女斬るなよー!」

そんな指示出来んのか。

部長を見る。頷く部長。

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「そういうの出来ませーん!オートですからー!」

出来ねえじゃねえかよ。

部長を見る。頷く部長。

うん、じゃねえよ。

こういうのがあるから信用出来ないんだよな。

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ようやく民生くんの側に辿り着く。

ここからだと登れそうだ。

上には大吾さんと犬山さんもいる。

あれ?

そう言えば民生くん、どうやって降りて来たんだ?

今も埋まってないし。

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聞くと、外したボードで雪面を固めながら降りて来たらしい。

「いやあ、大変でしたよ。三人で少しずつやって。

あ、登りやすいように階段状にしときましたから。」

そんなん最初からやれよ。

部長が落ちたとこでも出来ただろ。

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言いたいことは山程あるが、ぐっと飲み込む。

取り敢えず登ることが先決だ。

登った先に、大吾さんと犬山さんが待っていた。

泥酔の上、力仕事をしたせいだろう。

非常に眠そうでボンヤリした目をしている。

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二人にも感謝の言葉を伝えた後、

改めて二人を谷底へと突き落とした。

どんだけ苦労したと思ってんだ。

勿論俺達の後から登ってきた民生くんも落とす。

多少抵抗されたが2対1だ。思い知れ。

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登って来る三人をしつこく落とそうとする部長を嗜めて聞いてみる。

「助けてくれたんですかね。美人さん。」

「うーん…多分な。根拠はねえけど。」

「やっぱりなかったんじゃないですか!

だから信用出来ないですよ!」

部長も落としてやろうとするが意外と素早い。

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やばい。返り討ちにあいそうだ。

距離をとって睨み合う。

「で、まだいるんですか?その幽霊。

恨めしそうな顔で見てたりしないですよね?」

「いや、民生の落ち武者見て消えちゃったよ。」

そうか。あれに斬られるのは流石に可哀想だ。

最低だな、あの落ち武者。

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結局その日は吹雪は止まず、俺達は早々に引き上げた。

スキー場近くの日帰り温泉に入り、コテージでは飲み会が始まった。

どこに行っても大体最後はこうなるのである。

俺達は二度と部長と一緒にスキー場に来ない事を固く誓った。

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余談だが、その日の夜中にトイレに起きた俺は久しぶりに民生くんの落ち武者と遭遇した。

腰抜かすかと思った。めちゃくちゃ怖い。

見えないのをいい事に、最近落ち武者を馬鹿にしすぎた事を俺は多いに反省した。

なんだよあれ。反則だろ。

Concrete
コメント怖い
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@Kか H
返信ありがとうございます!
鳥取だったんですね!?
私は愛知の方かと思ってました。
とても思い出深いマンガで今でもたまに動画を観ては当時を懐かしく思い出します。

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@伽羅 様
コメントありがとうございます。
こちらこそはじめまして。
今後も宜しくお願いします。
「だっちゃ」って鳥取弁だって知ってました?
学生時代のクラスメイトが鳥取の子で、その語尾だけで好きになりそうでした。

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はじめまして。
毎回とても楽しませて頂いてます。
ここでこんなに笑いを堪えるのは初めてです‪w
今回もずっと口元をピクピクさせながら耐えていたのですが、錯乱坊が出てきた件で「運命じゃ」と脳内再生されてしまい、盛大に吹き出しました‪w
今後もこのシリーズを楽しみにしております。

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@鏡水花 様
コメントありがとうございます。
当時の曲ってなんだか今でも耳に残ってますよね。
うちにはずっとテレビ置いてないんですけど、あの頃は至るところに音楽が溢れていたように思います。
曲と一緒に当時の思い出が蘇っちゃいますね。

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@かがり いずみ 様
コメントありがとうございます。
よく思い出してください。怖かったはずですよ。

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@小夜子 様
コメントありがとうございます。
マツケンサンバいいですよね。時代を感じます。
いまでもマツケンサンバを聞くとテンション上がります。

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@竹雀 様
コメントありがとうございます。
笑って頂けたのであれば書いたかいがあります。
ってあれ?怖い話なんですけどね。
怖かったでしょ?

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@りこ-2 様
コメントありがとうございます。
部長は人のミスなんかはしつこくイジるのですが、人にいじられると機嫌が悪くなります。
天然のくせに。

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@arrieciaアリーシャ 様
いつもコメントありがとうございます。
実際見ると落ち武者はめちゃくちゃ怖いです。
なんかほんとごめんなさいって気持ちになります。

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