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中編4
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とべさん

基子さんはベテランの小学校教師だ。

新学期の時期になると必ず思い出すという、あるクラスの話。

基子さんが教師になり十年目の節目の年だった。

五年生から二年間受け持ったクラスが六年生になり、卒業を控えた残り少ない授業にて。

必須科目は終え、卒業式の練習やレクリエーションなどが中心だったが、あるとき《わたしだけの学校の思い出》を書くというものを行った。

《わたしだけの》というのはつまり、学校行事や授業などではなく、誰も知らない個人的な学校での思い出を書くという名目だ。

これは基子さんが高学年を受け持った際には必ず生徒に課していたことで、すぐに発表したりはしない。何を書いても怒ったり、誰かに伝えたりしない。

大切に保管しておき、何年後かに同窓会などで集まったときに本人の了解を得て話題にあげるのだ。

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《図書室で読んだ本のおかげで、将来は作家になるときめた》

《校舎の裏になぜか百円おちてた。行方はひみつ》

《理科室のビーカーを割ってしまい、破片をすべて棚の下へ隠した。ごめんなさい》

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など、思い思いのささやかだが大事な思い出を書いてくれるのが常だった。

ただし、今回は違った。

後日、生徒の提出物を見比べていくうちに、基子さんは奇妙なことに気づく。

男女問わず生徒全員が書いているものがまったく同じなのだ。

ただし、学校行事ではない。

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《とべさんに、ほんとうに会えたこと》

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と表記されたそれは全員、六年生になったばかりの時期のことだとしていた。

《とべさん》という人物の名前らしきものと、それに邂逅できたことに対する驚きのみで、具体的にどう接したのかなどは一切書かれていない。また基子さんが知るかぎり、生徒や教師にその名前はないのだ。

顔が広く、子供たちと接することの多い自治体の人物か。もしくは生徒のあいだで流行っているタレントやアイドルか。

《発表しない》と前置きした以上、生徒に直接訊く訳にもいかず、情報がない。別のクラスに訊いても《とべさん》の名前を知る者はいない。

その不自然な一致から、基子さん自身が生徒と同じ年頃の時期に流行った《こっくりさん》のようなオカルト遊びかもしれない、と推測。

教師として推奨もできないが、そんなことを蒸し返すのも奇妙だ。

基子さんはそれ以上の詮索をやめた。

こうして、問題はなかったように思えたのだが。

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卒業式まであと一週間ほどのところで、ケガ人が出る。基子さんのクラスの生徒であった。

校庭のジャングルジムで遊んでいて落下した、というのだ。

軽い打ち身とすり傷だけで済んだのだが、同じ日に別の生徒もケガをしていた。

こちらは学校内ではなく、近隣の公園。高く漕いだブランコから手を離した、というものだった。

このように、学校内外を問わず基子さんの生徒からケガ人が続出。

《思い出》を書いた日から三日間ほどでクラス全員が、何かしらのケガに遭遇していた。

一番深刻かつ不可解なのは《訳もなく》自宅の二階の窓を開け、自ら落下し足の骨を折った女子生徒。松葉杖が不憫でしかたがなかった。

相次ぐケガを受けて緊急で保護者会の集まりがあり、情報交換をしてみたが得るものはない。基子さんの目からは、いじめや問題行動があるクラスには見えなかった。環境が変わることの不安で、動揺しているのだろうか?

保護者の前で《とべさん》の名前は口にしなかった。

戸部、戸辺、都辺、十倍、土部。

書き方はたくさんあるが、基子さんはどうしてもある漢字を《とべさん》に当てはめて考えてしまい、それはあまりにも不謹慎で、なおかつ信じてはもらえないだろうと考えたからだ。

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ーー不幸中の幸いで、回復できない傷を負う生徒はおらず無事に卒業式は行われた。

ただひとつ、気になったこと。

卒業式の前日、クラス競作で《全員集合の絵》を書いたとき。

巨大な一枚の紙に、ひとりひとりが自分の絵を描きこみ完成したのだが、三十九人のクラスに四十一人の姿が描かれていた。

クラスで一番絵が上手いと評されていた女子の描いた基子さん。

先生の絵。

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そして《赤一色で描かれたひと》の絵。

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赤いひとは、頭の部分が花やカニのはさみを描いたようにVの字に割れていた。

誰が描いたのか?

これは例の《とべさん》なのか?

この絵が突然混ざっていることに、全員が何の疑問も持たないのか?

基子さんは訊くことができなかった。

卒業式のあとも数週間、校内に掲示されていたのだが指摘する者は居なかったそうだ。

彼らが卒業し、十年以上が経過している。

それこそ絵に描いたように仲良しで理想のクラスだったが、卒業後のことは不明。

三十九の《個人的な思い出》……というより《とべさんの思い出》は塩漬けにされている。

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同窓会に来る者が、このクラスにかぎり誰一人として居ないのだ。

基子さんの名誉のために記しておくが、未だに新任時代の生徒から年賀状が届くような人物である。

彼ら三十九人だけが一切の連絡を絶っており、その理由は不明なのだ。

その事と《とべさん》に関連があるかは判らない。

全員元気にしているといいが、と基子さんは顔を曇らせた。

Concrete
コメント怖い
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シンプルに怖い、、こういう話いいですね

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たはー。とっても無気味なお話ですねー。
読んでてゾワゾワしちゃいました。

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