『イマジナリーフレンド』
イマジナリーフレンドとは幼児期特有の幻覚で、多くは大人になると消えてしまうという。
ある日の学食で、隣の席の学生が「俺、イマジナリーフレンドいたんだ」と友人に話しかけていた。
つい、関係ない僕とオイちゃんも話に聞き入ってしまう。
「ナベちゃんって、なぜか鍋被った猫でさ。俺が一人の時に、オカンのお菓子の隠し場所とか兄貴の宝物とか、教えてくれたんだよな」
「それもういないの?」
「うん、気づいたらいなくなってた。俺、想像力豊かだったんだな」
彼らは笑いながら席を立ち、学食を出ていく。
オイちゃんがその変哲ない後ろ姿にブハッと吹き出したので、僕も左目で彼を見てみた。
彼の頭には、なぜか古びた鍋が乗っていた。
視線に気づいた鍋は、ギロリと僕らを睨んだ。どこが目かはわからなかったけれど。
「イマジナリーフレンド?」
「どっちかつーと、守護霊?」
「鍋が?」
その後しばらく、文句あるかとばかりの鍋に、会う度に睨まれたのだった。
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『親友』
自分にしか見えない友達というのが僕にもいた。
猫の形をした障子の破れ目から生まれた彼女を、僕は「ショアナちゃん」と呼んでいた。
ショアナは、当時弟が生まれたばかりでナーバスになっていた僕を慰めてくれた。障子出身らしくペラペラの影のような姿だったが、独り寝を嫌がる僕の布団に潜り込む時には、温かく柔らかい毛並みで安心させてくれた。
両親の愛情を奪った弟が憎いと思えば、その小さな顔の上で丸まって居眠りをした。赤子を亡くし茫然自失で、僕に見向きもしなくなった母が嫌いだと泣けば、階段上で母を躓かせた。自棄になった父が僕を殴った夜には、ストーブをひっくり返し僕だけを助けてくれた。
その後僕は施設に入ったが、勿論ショアナも一緒だった。施設生活は辛いことも多かったが、彼女のおかげで乗り切れた。
大人になった今、ショアナの姿はもう見えない。でも、困難にぶつかった時には、今でも彼女の存在を強く感じる。
彼女は僕の親友だ。
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『鬼を秘す』
母は六十歳で、若年性認知症と診断された。
結婚したての妻が、母の事であれこれ動いてくれた。常に丁寧に声をかけ、何を言われても怒らなかった。
昔を思い現状に苛立つばかりの私とは雲泥の差だ。
私達の子供が一歳になる頃にはもはや一人暮らしは難しく、同居になった。失禁や徘徊をするようになっていた。
私もできる限りはしたが、妻との負担の差は傍目にも明らかだった。
あの夜、寝ていた私を妻が揺り起こした。
「また、いないの」
「探す?」
妻の目は爛々とし、笑みさえ浮かべているようだった。
戦慄しながら私は、問答に負けた相手を食らう鬼の話を思い出した。
母は近所の側溝で遺体で見つかった。
発見時も葬儀でも、妻は泣いていた。その涙にも、生前の母を世話してくれた姿にも、きっと嘘はない。
一方で妻は、自身も気づいていないかもしれない鬼を、心の中に隠していた。
そしてその鬼は、あの日外に飛び出さず妻を抱いた私の中にも、確かに存在するのだ。
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『煙に巻く』
最近元気のない村田が、気になる子がいると白状した。
恋煩いかと茶化すと
「名前は知らん。授業中とか学食でよく目が合うんだ。髪が長くて白い服着てて、存在感が薄いのかな、晴れた日は透けて見えることもある。でも可愛いんだ」
返答に困ったが、後輩の坂本は
「それヤバくね?」
あっさりそう言った。
若白髪で老け顔なのにイケメンという、ムカつく奴だ。
「そんな怪しいのより、一年の春ちゃんが格好いいって言ってましたよ」
坂本はふてぶてしく言うと、あろうことか手にした煙草の煙を俺たちに吹きかけた。
「てめぇ!」
狭い部室内を数周鬼ごっこし
「じゃ」
と坂本は退室した。
文句を言いながら村田に向き直り、思わず二度見する。
顔洗った? と訊きたくなるくらいスッキリした表情だ。
「春ちゃんが…」
ニヤニヤするな。さっきの話はどうした。
心なしか重苦しかった空気も霧散していた。
坂本が撒き散らした煙草の煙だけが、妙に清廉な香りと共に空中に漂っていた。
(400文字)
作者カイト