「城山…ウザいからってさ…何もここまでやる事無いんじゃないの…?」
その日、僕のクラスは1日「自習」となった。学年のアイドル的存在とも言える彼女が、この高校の裏サイトに投稿した内容は瞬く間に学年全体に知れ渡り、皆その話で持ち切りになった。
当然だろう…僕達のケータイ画面に映っていたのは、
「坂井紗菜を自殺に追い込む会発足☆」
という、彼女の名で投稿されたスレッドだったのだから。
城山が、好き嫌いが表情や態度に出やすい少々Sっ気のあるキャラだという事は、この高校に入学した時から皆知っていた。
それでも彼女が孤立せず…むしろ輪の中心に居る事が出来たのは、目を見張る顔の可愛さと愛嬌に加え、勉強嫌いと言いながら常に学年上位の成績を保持し、教師ら大人達から絶対的な信頼を置かれているという事と、クラス全体の意見を纏めるのが上手い、実質リーダー的ポジションだったからだ。
しかし、転入生としてやって来た城山の幼馴染、紗菜が、そのポジションを揺るがすと思ったのだろうか…
転入して間も無い頃から、城山の紗菜に対する態度がやけに、僕らにする時よりもキツいのが、僕等には気がかりだった。
だが…「美穂は子供の時からあんなだったから、慣れてるよ」と、笑う紗菜の言葉を、本当に慣れで済む話か?と思いつつも…僕もクラスの皆も、そのまま受け取ってしまっていた。
それに、城山のクラスメイト弄りはいつもの事と、「ちょっとタチの悪い挨拶程度」に思っていたせいもある。…とにかく日が経つ毎に、城山は紗菜を「ウケる」だの「キモい」だのと言ってからかい、時には「ウザい」と辛辣に当たるようになった。そして、エスカレートしたその末に…
「ねえ、今日もアイツ休みなの?不登校とか、病弱アピール?構ってちゃんでウケる~!」
僕等が携帯で裏サイトを凝視するその背後で、意気揚々と話しながら教室に入って来た城山は、その1時間後教室から姿を消した。
校長室に連れて行かれ、そしてそれぞれの親が呼び出されたらしい…と、どこぞから情報を聞きつけた数人が野次馬根性でこっそり様子を見に行ったが、帰ってくると一様に「耳が痛てぇ~(笑)」と両耳を手で抑えていた。
何でも、こっそり校長室の扉に耳を澄ませていたら…その扉がビリビリ!と鳴る位のデカさで女が喚いていたそうだ。声を聞く限り城山本人ではなく、多分彼女の母親だろうと…
野次馬達は暫くその場に留まって、中で一体何が起きているのかを知ろうと聞き耳を立てたが、余りにもヒステリックにデカい声で怒鳴っているので、耳の痛さに負けて渋々帰って来たそうだ。
だが、修羅場の真っ最中である事は誰が見ても明らかで…自らの立場を不利にする投稿をわざわざするなんて「あいつ本当はバカだったんだな!」と、教室内では既に笑いすら起きていた。
そして、裏サイトでは早速匿名の誰かによって城山に関するスレッドが立てられ、瞬く間に書き込みが増えて行った。出るわ出るわ有ること無い事…手の平を返すとはこの事とばかりに、皆城山の事を言いたい放題書き込みまくっていた。
「津田!お前もだいぶ弄られてたんだし、これくらい書いたって罰当たんねぇって!」
島崎が僕に向かってそう言った。一時期は城山に惚れていた癖に、なんて都合のいい奴…と一瞬思ったが、何だかんだ僕の味方でいてくれる。
彼女の「ターゲット」にされていた時は、頭の回転だけは誰よりも早い、このヒョロヒョロと細い友人に何度か理論武装して貰った事もあった…そう思うと、「まあ一理あるよな」と妙に納得してしまい、僕はカバンからケータイを出して、ブックマークしてあった裏サイトのページを開こうとした。
その時だった。
「おっ!出て来たぞ!!!」
教室の窓側の席から、野次馬組の1人が大声で言った。その声に釣られてわらわらと集まり窓の外を覗くと、校庭の隅っこを歩く人の姿が見えた。城山と、彼女の両親らしき男女…ヨタヨタといかにも重そうな足取りで帰ってゆくその後姿を、皆、罪人の市中引き回しかの如く眺めていた。
そんな中…僕はぼんやりと、「紗菜は戻ってくるかな…?」と考えていた。
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「もしもし…功希君?」
電話越しに、紗菜の声が聞こえた。声だけ聞く限り、割と元気そうだ。
「あ、うん…そう。具合どうかなって…学校まだ来れそうにない?」
僕はしどろもどろになりながら、紗菜に尋ねた。電話口が静かだ…やっぱ不味い質問だったかな…?と思っていると、
「うん…学校ね、明後日から行くことになった!心配かけてごめんね…」
と、いつもの明るい声で返事を寄越して僕は安堵した。
「ごめんねって…君が謝ること無いだろ?早くゲームの続きやろうな!1番最後にやった所でセーブしてあるからさ!」
「マジで!ありがとう!…でも勉強、大丈夫かな…追いつく自信ないや」
「そんなの皆で教えるって!あ…島崎にノート借りればいいや!アイス10個と交換で!(笑)」
そんな笑い話を幾らかすると、紗菜は元気を取り戻してきたのか、いつもの屈託のない笑い声を聞かせてくれた。
「じゃ、待ってるからな!」
そう言って電話を切った後、僕は言いようのない疲労感に襲われたが…紗菜にはまだ知られてないよな…という安心の方が大きかった。
城山があの後…取り壊し予定の旧校舎に逃げ込み、飛び降りの自殺未遂をして大怪我を負い、病院に運ばれただなんて、口が裂けても言えない。
「ギャアアアアア」と言う母親の絶叫と共に聞こえた、「ドオォーン!!!」という鈍い音…今まで聞いた事の無いその音が余りにも衝撃的過ぎて…恐怖すら感じた。
裏サイトは学校側に見つかり、サイト発足当時にあった面白おかしいスレッドも何もかも全て消去され、閉鎖された。「あの『教頭のハゲの原因を考察するスレ』は残しておいて欲しかったな~!」なんて呑気な事を島崎は言ってたけど、平和に越したことはない。例え退屈でも。
それに、僕と紗菜は密かに、友人から1歩踏み入った関係になりつつあった。あの女のせいで彼女が傷付くなんて…と言うか、全部城山の自業自得にしても、許せない!と…家に帰って1人になった途端、急に怒りが湧き上がった。それは腹の奥からグツグツと昇ってきて、身体全体を覆っていく感覚だった…
「身動き取れないなら丁度良い、紗菜の分まで言い返してやる…」
今思えば、なんて恐ろしい事を考えていたんだろうと思う。だが、当時の僕にはこれが精一杯の仕返しになると本気で考えていたのだ。
その夜、僕は城山に何て言ってやろうかとひたすら考えを巡らせた―――――――
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この街に病室のある大きな病院は1つしか無いから、城山の入院先はすぐに分かった。
家族がいた場合を考えて、お見舞いという体裁を見せる為に一応安い花束だけは用意し、僕は病院の受付を済ませるとエレベーターのボタンを押した。
受付のすぐ隣には救急外来があった。今しがた2台の救急車が運ばれてきて、山岳用の恰好をした男女2人が、数人の救急隊員に励まされながら運ばれていくのが見えた。
城山もこんな風に運ばれたのかと…かなり複雑な気持ちになる。
やがてエレベーターが到着し、僕は城山のいる病室に一歩一歩近付いて行く。近付く程に、自分の心臓がバクバクと鳴るのが嫌でも分かった。ビビってんのか…?いや、あいつが弱っている今を、隙を突いて言い返してやるんだ…!と心を震わせながら、病室の前に立ちすくんだ。
いや…立ちすくむしか出来なかった。
ほんの少し開いた病室の戸の僅かな隙間から、明らかに普通の手足の長さではない…包帯をぐるぐる巻きにされた短い四肢を投げ出し、人工呼吸器からヒュー…ヒュー…という細い息を漏らしながら、ベッドに伏す彼女の姿がそこにはあった。
「…え…?」
心臓をさっきよりもバクバクと鳴らしながら、隙間から見えるその「異質な塊」を覗いていると、男女数人が何やら話しているのが聞こえてきた。
「お嬢さん、様態もかなり落ち着いてきましたね…しかし、生きているなんて奇跡ですよ、将来的には、切断部分を移植して、手足を以前と同じように動かすことも可能でしょう…」
「将来って…!だとしてもこんな姿で何年もなんて…可愛い娘が…何でこんな事に…」
「お前…確かに美穂は不憫だが…坂井さんに謝罪もしないでこんな事するなんて…相手の親御さんに何て言えばいいんだ…」
「そんな事よりも美穂の事考えてよ!この間だって、私にばっかり喋らせて!ほんと役に立たないんだから!」
「何だと!大体お前、昔から美穂をわがまま放題にしてきたじゃないか!何でもかんでもやりたい放題させて…傷つけられた方の気持ちを理解させようとしないのが悪いんだ!」
「何よ!私が悪いの!?」
「…じゃ、じゃあ、私はまた暫くしたら様子を見に来ますから…」
両親の口論から逃げるように医者が出て行った。急いで向かいの空き病室に隠れて良かった…と安堵するも、僕は城山のあの姿を到底受け入れられず、病室に踏み込む気をすっかり失ってしまった。
他のクラスメイトにも、当然紗菜の耳にもいつか入るだろう…紗菜はショックを受けるだろうか…?嫌な汗がツー…と頬を伝う。
そして暫くの静寂の後…また病室で、城山の両親が何やら会話を始めた。
「ねえ…あの方に頼みましょうよ…」
「え!?お前…本気で言ってるのか?あんなの本気で信じてるのか!?」
「…美穂のこんな姿…見るのが辛い…先生は本物だって聞いたわ…」
「しっかりしろ!あんな不確実な、霊魂だの霊域だのが信じられるか!」
「でも…!『魂を鞍替え出来る』って…記憶を留めたままでいられるって…信じたくもなるじゃない!…あなた娘の事愛してないの?そうなのね…この冷酷男!」
「……お前はいつもそう言って俺を責めるが…もしその…なんだ、『鞍替え』っていうのが出来たとして、お前は美穂の姿じゃなくなった美穂を愛せる自信はあるのか!?どうなんだ!」
「言わないで!!!…そんな残酷な事言わないでよ…あなた…うっ…ううう…」
「おい…聡子…すまない、言い過ぎた…」
「うっ…う、ううっ……ふ、うう…」
「頼むから…顔を上げてくれ…、聡子…?」
「ふっ…フフフフッ…フフフフフフッ…」
「聡子…お前…何だ…?」
「そんなに…そんなに私を邪険にするなら…フフッ、いいわよ…私は構わないもの…」
「何を考えてる…!」
「…そうだ、あなたのお兄さんのとこの、リョウちゃん…受験失敗して引きこもってるんですって?…日がな一日、部屋から動かずに人生持て余してるんだったら…丁度いいわねぇ」
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大量の汗を流しながら、青白い顔でゼエゼエと息をする僕の姿に、島崎は目を丸くして玄関前で暫く固まっていた。
城山の姿、あの不気味な母親の笑い声…そして「鞍替え」とか言う謎の言葉…
「津田…どうした?まあ…入れよ」
僕は島崎がそう言うのと同時に急いで中に入ると、急いで鍵を閉めた。
病室を離れようとした時、僕は足元のバランスを崩して尻餅をついてしまった。
そして…その音に気付いた城山の母親が飛び出してくるなり、「あなた誰…もしかして今の話…」そう言って僕の腕を掴んできたのだ。
真顔で、両目の白い部分を血走らせた形相で…
僕は思い切って腕を振り切り、そのまま急いで病院を抜け出した。だが、あの母親が追いかけて来そうな気がして…思わず恐怖に駆られたのだ。
「鞍替え」って何だ…?城山じゃない体にって、訳分かんねぇよ。あの母親、頭おかしすぎ…
僕は島崎にだけと思い、病院に行った事、そして病室での出来事を打ち明けた。島崎はその間もずっと、目を丸くして「マジ…マジかよ」と頷くだけだったのだが…僕が「鞍替え」という単語を言った途端、「え…」と言葉を詰まらせ、一層驚いた顔を見せたのだ。
「俺、知ってる…1番上の兄ちゃんがさ、言ってたんだよ…」
この町の外れには「禁足地」と言われている場所がある。そこは昔から心霊現象が後を絶たない事で有名で、僕も含め地元民は滅多に足を踏み入れない。だが、そこは本当は…儀式に使われていた(いる?)神聖な場所らしい。
何でも、肉体から魂を切り離して、別の肉体に移し替える事が出来るとかで…。だが、全ての人間がそう出来る訳ではなく、犯罪者や悪事を働いた人は鞍替えする事は許されず、むしろそういう人は「神様への食事」として扱われ、魂を消費させるのだとか…?とにかく、捧げモノが必要らしい。
そして、移し替えが出来る魂は、儀式の後で時折「別の世界」に行くことがあるそうで…そこで暫く過ごした後、またこっちの世界に戻ってくるのだ…と。だがその別世界っていうのが何なのかまで分からないそうで、島崎の兄はそれを確かめたいと躍起になっていたんだとか…。
「兄ちゃん…昔オカルトに夢中になってて…それ話してきた当時も、大学の友達と変な儀式やったとか言ってて…何か、降霊術とか異世界に行く方法だとか…俺その頃、まだ小学校4年だったんだけどさ…子供ながらに気持ち悪ぃって思ってたんだよ」
「そうなのか…でも、やけに詳しいなお前の兄貴、誰から聞いたんだ?」
「知らないよそんなの、知ってても、もう聞きたくないし…兄ちゃん大学生の時さ、休みで帰省した時なんか、俺相手にしょっちゅう自慢みたいに話してきて、マジでウザかったよ(笑)まあそのまま向こうで就職して、それから音沙汰無いから今は楽だけど(笑)」
「はは…そりゃ、大変だったな(笑)」
「ああでも、その禁足地って場所、意外と日本各地にあるっていうのだけは面白いって思ったけどな~」
「…なあ、兄貴の話が本当だとしたらさ…さっきの、悪人は食事にってあれ…城山、どうなるんだ…?」
「あ~…駄目だろうね…そういや俺、昨日野次馬組の1人から聞いたんだけど、あいつの母ちゃん、校長室で『娘はやってない!!!』って言ってたらしいよ?信じらんねーよなぁ(笑)」
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…流石にやり過ぎたかな?
だって「自殺に追い込む会」だよ?我ながら酷いタイトル考えたな~
でも美穂って子、いかにも思ってそうだし…ああやって書けば、誰でも美穂がやったって思うじゃん?その為に1週間も学校を休んじゃったから、功希君には余計な心配かけちゃったけど…
「鞍替えした」先は、母1人子1人の慎ましい家庭だった。…でも、何の因果か、あの女の家族と幼馴染だなんて…
聡子、私の彼氏欲しさに、屋上から事故に見せかけて私を突き落とした女…
そのせいで母は、私のために自らの魂を捧げてしまった…!
あっちの世界に留まって生きることも出来たけど…半死半生の人間の記憶で創られた世界は嫌だった。
それぞれの生きてきた時代がごちゃ混ぜになった…辻褄の合わない、継ぎ接ぎの幻想…過去の青春だの郷愁だのが、私には気味悪く思えたのだ。
でも…1つだけ気掛かりな事がある。
村上君、ちゃんと生まれ変われたかな…?次こそは、健康で幸せに生きて欲しいな。
「紗菜ちゃーん?部屋にいるの?ごめんね仕事遅くなっちゃって…すぐ夕飯作るからね」
「お母さんお帰り!私も手伝うよ!」
「そう?ありがとう…紗菜、本当に大丈夫なの?無理して行かなくてもいいのよ…?」
「うん…でももう大丈夫!早く皆に会いたいし!」
「そう、そうね…美穂ちゃんね、学校辞めるそうよ、残念だけど仕方無いわね…紗菜にあんな酷い事してたなんて…気付いてあげられなくてごめんね…」
「も~、泣かないでよお母さん…私大丈夫だから!」
今ね、ほんとに元気なの。まるで生まれ変わったみたい―――――
作者rano
「虚構の世界」シリーズ第4話
結婚のハガキ、通ってはいけない、手記に続く話です。