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中編6
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どんどこさん

今年85歳になる義母は去年ご主人に先立たれ、田舎の広い一軒家に一人で生活をしている。

末っ子だった妻は義母には特に可愛がられていたらしく、私の会社がしばらく休業ということもあり家族で妻の実家に行った。

家族と言っても、私と妻と今年小学校4年生になる息子の翔大の3人だけなのだが。

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午後3時頃私たちは到着した。

義母の家は隣県の山あいの部落にあり、今は珍しい藁葺き屋根だ。

入口前には古く錆び付いた農機具が置いてあり、茶色い鶏が数匹忙しなくうろちょろしている。

立て付けの悪そうな木の扉をガタガタ開けながら、モンペ姿の義母が姿を現した。

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「おう、おう、あんたたち元気にしとったね?」

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日焼けしたシワだらけの顔をさらに崩しながら、直角に曲がった腰で出迎えてくれた。

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七三分けで四角い顔の実直そうな義父の写真が飾られた仏壇に線香をあげてから、妻と私は広い和室の座卓の前に座り寛いでいた。

西側の障子は開け放たれており、息子の翔大と義母は縁側の板間に並んで腰掛け広い庭を眺めている。

時刻はもう午後4時を過ぎており、庭の植え込みや地面はそろそろ朱色に染まりだしていた。

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しばらくすると翔大がこちらの方を振り向くと、心細げな顔をしながらこう言った。

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「ねぇ、パパ!『どんどこさん』って知ってる?」

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「どんどこさん?知らんなあ、何だそれ?」

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「あのね『どんどこさん』は暗くなると出てくるんだって ちっちゃな太鼓を鳴らしながら『悪い子はいないかあ、悪い子はいないかあ』て言いながら」

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おそらく義母がたった今、息子に話し聞かせたものなのだろう。

私は息子に尋ねる。

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「悪い子がいたら、どんどこさんはどうするの?」

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少し不安げな顔をして翔大は言った。

「山のずっと奥の方に連れていくんだって。

そこはパパもママも友だちも誰もいない真っ暗なところらしいよ」

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「わあ、それは怖いねえ。

ところで、どんどこさんはどんな人なの?」

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「あのね、園長さんみたいなんだよ」

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「園長?」

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隣に座る妻の美沙代がクスクス笑いながら、私の耳元でささやく。

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「ほら、うちの近くの教会の」

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「ああ!あのシスターさんね」

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私たち家族の住む住宅街のちょうど中心辺りに、小さな教会があり、翔大はそこに併設したカトリック幼稚園に通っていたのだが、その園長が教会のシスターさんだったのだ

今もうちの近くでたまにすれ違うのだが、上品に微笑みながら頭を下げてくれる。

黒い修道着姿が何かエキゾチックで印象的だ。

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この「どんどこさん」の話は、妻の美沙代も幼い頃聞かされたことがあるようで今も記憶に残っているそうだ。

それは意外にも悲惨な話だった。

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なんでも戦後間もない頃、この部落から少し離れた山あいに小さな教会があったらしく、そこには夫婦二人と幼い息子の三人が暮らしていたそうだ。

夫婦は部落に通い溶け込み熱心に布教活動を行い、ようやく部落の中にも信者が何人かできだしたある日、その息子が「神隠し」にあったかのように忽然と姿を消したそうだ

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夫婦は警察とともに長い間息子を必死で探したのだが、結局見つからなかった。

息子を失った夫婦の悲しみは半端ではなかったらしく、特に奥さんは夜になると黒い修道着姿で小さな太鼓を叩きながら息子の名前を叫び、部落の中を徘徊していたらしい。

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そして粉雪の舞う冬のある朝、奥さんは山の奥まったところで木にロープを通して首を吊って死んでいたそうだ。

残されたご主人も悲しみに耐えきれず、後を追うように教会で首を吊って死んだらしい。

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それからというもの、しばらくこの部落では数年に一度、幼い子供が消えたそうだ。

村人たちはそれを「どんどこさん」の呪いだと言って、恐れおののいていたという。

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その夜、義母の田舎料理に舌鼓をうった私たちは、仏壇のある畳部屋に敷かれた布団で三人並び寝た。

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静かだった、、、

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時折聞こえてくるのは、風で擦れる枝の音と、名も知らない鳥の声くらいだ。

昼間の疲れもあり、私はすぐに心地よいまどろみの谷底に落ちていった。

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どれくらい経ったころだろうか、、、

右肩に何かが触れるのを感じた。

びくりとして横を見ると、妻の美沙代の不安げな顔がある

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「どうしたんだ?」

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尋ねると「ねぇ、何か聞こえない?」と呟く。

私は耳を澄ましてみた。

すると確かに微かだが、何かを叩くような音が聞こえる。

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─トン、トン、、、トン、トン、、、トン、トン、、、

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それは、太鼓の音だった

しかも大きなものではなく、小さなものだ。

規則的に間をとりながら、うち鳴らしている。

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─トン、トン、、、トン、トン、、、トン、トン、、、

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「火の用心で誰か見回りしてるんじゃないか?」

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なんとなく思い付いたことを言ってみた。

美沙代は一つ大きなため息をつくとそれきり黙り、向こうを向いた。

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翌日の午後、美沙代は義母を連れて町のスーパーに買い物に出かけ、私と翔大は広い家で二人留守番することになった。

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仏壇のある畳部屋の真ん中に枕を敷き私は本を読んでいた

翔大はしばらく広い家の中を走り回っていたのだが、やがて退屈したのか今度は庭に出て遊び始めた。

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庭の見える縁側の障子は開け放たれており、そこから春の暖かい陽光が射し込んできていて、私は読みかけた本を傍らに置くとうとうとし始めた。

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それからどれくらい経っただろうか。

意識の下の暗い深淵からまた、昨晩聞こえたあの奇妙な太鼓の音が聞こえてきた。

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─トン、トン、、、トン、トン、、、トン、トン、、、

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目を開く。

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音は昨晩と違い、どうやらすぐ近くで鳴っているような感じだった。

すぐに私は起き上がろうとした。

だがそんな意思とは裏腹に、体は石のように硬直してほとんど動かすことが出来なかった。

私は必死に首だけを動かしながら、なんとか音の鳴っている右側を見た。

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とたんにゾクリと背筋を冷たい何かが駆け抜けると心臓が激しい拍動を始めて、胸の辺りに猛烈な息苦しさを感じだす。

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畳部屋の入口の障子は開いており、薄暗い廊下に女が立っていた。

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黒い修道着姿でその白い顔は異様に大きく頬骨が張っており、白目のない瞳は暗い洞窟のようだ。

片手で柄のついた小さな太鼓を持ち、もう一方でバチを持ってひたすら叩いている。

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─トン、トン、、、トン、トン、、、トン、トン、、、

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女は太鼓を叩きながら、ゆっくりと移動し始めた。

それは歩くというより、背筋を伸ばしたまま移動しているという感じだ。

女は固まっている私の頭上を通り過ぎると、翔大のいる庭の方に向かう。

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─だ、ダメだ、、そっちに行くな

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─トン、トン、、、トン、トン、、、トン、トン、、、

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懸命に動こうとするのだが、先ほどの右に首を向けた姿勢のままで動くことが出来ない。

私の思いとは裏腹に、女は縁側から庭に降り立ったようだ

しばらくすると、翔大の叫び声が聞こえてきた。

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「パパー!パパー!パパー!」

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─ま、待ってろ、翔大、、今行くからな

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「パパ―、、、パパー、、、」

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─トン、トン、、、トン、トン、、、トン、トン、、、

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やがて翔大の叫び声は消え失せると、あの忌まわしい太鼓の音にすり代わり私の意識は徐々に遠のいていった。

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そして私たち夫婦の一人息子の翔大は消えた。

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その日から地元の警察、消防団は総動員して、捜索にあたってくれた。

もちろん私たち夫婦も、、、

だが何の手掛かりも出て来ず、いたずらに日が過ぎていった。

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追記、、、

あれから半年経つが翔大は未だに見つかっていない。

妻の美沙代は鬱を発症し、家から一歩も出なくなっている

私の脳裏からは、あの時の黒い修道着の女の姿が焼き付いて消えない。

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そして、あの忌まわしい太鼓の音も、、、

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@五右衛門 様
怖いポチ、コメント、ありがとうございます
確かに、おっしゃる通り(笑)

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可愛い子供じゃなく、悪い老人を連れてってくんねぇかなぁ‥
遠い遠い所へ‥‥

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