朝起きると何か違和感を感じた。
最初はその違和感がなんなのかわからなかったが次第にそれがはっきりしてきた。
右耳が全く聞こえない。
突然の異常事態に少しパニックになる。それから更に違和感を感じる。何かが耳に詰まってるようなそんな感覚がした。指を突っ込むが何もない。耳掻きで奥の方をほじくってもそれは同じだった。
すぐに病院に向かった。しかし、医者は特に異常が見受けられないと原因が全くわからない様子だった。
困った。途方に暮れてどうしようかと悩んだ私はとある場所へ向かうことにした。
そこは米納津(よのづ)屋という骨董屋で、私は当時そこでアルバイトをしていた。店主は何か悩みがあると相談に乗ってくれる気の良い老人で、その時もとりあえず話だけでもとその店を訪ねた。
「おお、お前さんか。久しぶりだなぁ。どうしたこんな時間に?」
店には店主と子供連れの男が居た。
「お久しぶりです…、ちょっと病院に行った帰りで…、その…」
人も居たので今日起きた事を話そうかと躊躇していると客の男が「耳大丈夫かい?」と聞いてきた。
初対面の男に今日起きたばかりのことを指摘され、驚いていると
「ああ、御免ね。ここさ、なんか垂れてるから」
男は自分の右耳を指差してそう言った。
「なんじゃ生雲、わしには何も見えんぞ?またバケモンか?」
「そうだね…。㟴、瓶があったろ?」
言われた子供は鞄から透明なビンを取り出して男に手渡す。
「あ、あの何ですか?バケモンとか何とかって?だいたいあなたは…」
自分一人置いてけぼりで話が進められていくので、この展開に全くついていけない。男は「ああ、御免御免」と言うとにっこり笑って自己紹介を始めた。
「僕は椥辻生雲(なぎつじいくも)。この子は百槻㟴(どうづきかい)。それで、君の右耳、蚯蚓が入り込もうとしてるんだ」
自己紹介はあっさりと終わり、おまけに訳のわからないことを言い始めた。
「み、みみず…?」
「そう蚯蚓。取り敢えず、引っ張り出すからじっとしてなさいな」
そう言うと男は僕の右耳に手を伸ばし、見えない何かを摘んでグッと引っ張った。その時右耳から「ずりゅ」と何か気持ちの悪い音がしたかと思うと、何かがすーっと耳から抜けていく感触がした。「よし取れた」と見えない何かを摘んでいる手を僕の目の前にやるが、やはり何も見えない。それをひょいとビンに入れるとしっかり蓋を閉めて、物珍しそうにビンを眺めていた。
「お前さん。耳どうだ?」
店主にそう言われて気がついた。聞こえる。しっかりと僕の右耳は音を拾っていた。お礼を言おうと男のほうを見るとまだビンを眺めていた。
「あ、あの…、ありがとうございました…。医者からは原因不明と言われて困ってたんです…」
男は「まぁ、そうだろうね」と微笑むとビンを子供に渡してこう言った。
「偶々僕等が此処に居て君は運が良いよ。放って置いたら脳味噌耕されるところだったからね」
突然グロテスクな事を言われて固まってしまう。
「知らないかい?蚯蚓の居る土は良い土だって。蚯蚓って土を耕してくれるんだよ。この蚯蚓は土じゃなく脳味噌を耕すんだけどね、困った奴だよ。まぁ、早期発見出来て良かったね」
「それじゃ、そのままにしてたら…」
「廃人にでもなってたろうね」
そんな事を笑顔で言うと、「それじゃぁ、さようなら」と二人は店を出て行った。その場で呆然としていると
「あいつらはわしらに見えんもんが見えるんだ。お前さんは本当に運が良かった…」
店主は静かにそう言った。
しばらくの間は耳に若干の違和感が残ったが、あれ以来、耳に異常は起こっていない。
しかし、また耳に何か得体の知れないものが入り込むんじゃないかと、寝る時は耳栓をして寝るようにしている。もうあんな体験はしたくない。
作者一日一日一ヨ羊羽子
ミミズは見た目が気持ち悪くて苦手です。
生雲くんは素手でいったけど、僕は無理です。
ぞわってします。