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体験談 「俺の生い立ち」

中編5
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体験談 「俺の生い立ち」

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これは俺が幼少期に暮していた東北地方のある集落で体験した話だ。

文章が冗長な上に稚拙だと思うから、暇な奴だけ聞いてくれ。

俺の住んでいた集落にはある言い伝えがあった。

その内容と言うのが、集落の外れから歩いて30分ほどの開けた場所に祠があるのだが、そこから先へは絶対に行っては行けない、というものだ。

物心ついた頃からずっと大人に教え込まれていたもので、代々子供に物心がついたら教えてきたもののようだった。

集落の神社の神主の家系以外、当時入っては行けない理由を知るものはいなかった。

そもそもその話が集落内での唯一の「タブー」だった。

ある日のこと。

俺は集落で唯一歳の近い親友(Aとする)と、その兄であるBの家に遊びに行っていた。

とんでもない田舎であり、今とは違って遊ぶものも大して無いので、例の祠で肝試しをしようと言う話になった。

俺は前からその話に興味があったし、それを親に話してこっ酷く叱られた事もあり、真相を突き止めたいと言う好奇心があった。AとBも同じようだった。

早速、次の日の昼に祠に肝試しに行くことになった。夜は流石に怖いし、親も家から出してくれないので昼に行くと言う事で話がまとまった。

次の日。俺は親には昆虫採取に行くと言って、虫取り網を持ってAの家に行った。

A達と合流し、祠を目指して山道を登った。歩き始めて30分程経った頃、開けた場所に着き、言い伝えの様にポツンと祠があった。

「本当にあったんだ…」俺らはみんな息を呑んだ。

祠にはコケが生えている他何も変わった点は無く、「これがみんながタブーとしている物なのか??」と疑問に思う程だった。

祠の影が開けた大地に長く伸びていたのが印象的だった。

本来ならここで異変に気付いて引き返すべきだったのだ。今考えると、昼間に出発したのにもう日が陰っているのは明らかにおかしい。

まだ小さかった俺らはそんな事も考えず、「タブー」とされている祠の先へと足を運ぶのだった。

祠の先へ進んで数分、特にこれと言った変化もない一本道が続いた。

期待していた様な異変も無い為、今日はもう帰ろうと言う事になり、今来た道を引き返す事になったのだが。

ここで思わぬ異変が起こった。

10分歩いても20分歩いても、さっき通った祠に着かないのである。

「おかしい…同じ一本道を繰り返し歩いてる気がする…」とBが呟く。

「そ、そんな訳ないだろww」とA。

「でも、分かれ道なんて無かったよね…」と俺が発言すると、2人とも黙り込んでしまった。

もう陽も落ちかけて、辺りも暗くなってしまっていた。

俺「どうする??」

A「どうするって…」

B「とにかく、歩くしか無いだろ。きっと気のせいだ。」

辺りはもう暗いどころか夜になっていた。明らかに時間の進み方がおかしかった。

俺らは集落の「タブー」を犯してしまった事を後悔しながら歩き続けた。

それから15分後くらいだろうか。道の先に集落が見えた。「別の集落だ!!」とA。「ここで話をして泊めてもらおう。」と冷静なB。

恐怖から解放されたと言う一心で集落に駆け寄ると…。

俺たちの想像を絶する物が目の前に現れた…。

その集落は……

廃集落だった。しかも、それは俺らの集落だったのだ。その時は本当に訳が分からなかった。

目の前で起こっていることを信じたく無かった。

集落に入ってすぐ、Aの家があった。半壊の状態だったが、中に入ると確かにAの家で間違いなかった。

壁に掛かっているカレンダーは1963年6月で止まっていた。

俺らが肝試しをしてから丁度2年後くらいだ。

2年間の間に何があったのだろうか。

俺の家もあったが、こちらは全壊していてとても入れそうには無かった。

ここからはあまり詳しくは記憶にないが、確か無心で近くの県道まで走り、手を振り車に止まってもらった。

完全に我を失った俺たちが「事件だ事件だ」と言ったからだろうか。

その男のドライバーは不思議そうな顔をしたものの、警察を呼んでくれた。

俺はこの時、初めて「携帯電話」と言う物を見たのだった。

警察は俺らの話を信じてくれる訳もなく、結局迷子として処理された。

その後、俺らの親は一向に見つからず、施設に保護される事になった。

俺は今、そこに子供が欲しいと尋ねてきた老夫婦と一緒に暮らしている。本当に今でも信じられない。信じたくない。

俺らが肝試しをしてから8年(実際には51年)の月日が経った。

俺らは1961年に肝試しに行き、2012年に肝試しから帰ってきたと言う事になる。

本当に恐ろしい。

俺は現在17歳。関東圏の高校に通っている。この話を、誰かが信じてくれるとは全く思っていない。

実際、当人の俺でさえ信じていないのだから。

ただ、一つだけ言いたいことがあるとするならば。

言い伝えや「タブー」は、守った方がいい。

好奇心に負けないで欲しい。

取り返しのつかないことが起こる、その前に。

〜後日談〜

ここからは後日談です。

この事件に関して、「インターネット」と言う便利な道具で調べたことを全て書きます。

後から俺らの集落を調べてみたところ、1968年12月、廃村となっていた。

俺らの集落だけでなく、周り一帯の村自体が廃村となったみたいだった。

廃村の経緯は、まず俺らが肝試しをした8か月後の1962年1月に近くの山で大きな山火事が起こる。

暴風で村一帯まで火事の被害に遭い、それが深夜に発生した事もあり、村の大多数の人が命を落としたそうだ。

それから田舎の不便さもあってか、段々と人が移住していき、1968年12月、とうとう廃村に至ったらしい。

調べる過程で俺の家やAの家についての情報を探し回ったが、全く出て来なかった。

俺が今わかっているのはそこまでだ。

あともう一つ。

2年前にBが亡くなったとAから連絡があった。

死因はよく分かっていない。怪死だと言う。

俺らも怪死しないだろうか。

そうAと不安を語り合ったのを覚えている。

ここまで俺の拙い文章に付き合ってくれてありがとう。

あなたにこの体験を信じて貰えるとは全く思っていない。

ですが、科学の力では証明出来ないことも存在する、と言う事だけは分かって頂きたいです。

ここまで読んでくれて本当にありがとう。

感謝する。

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