すねこすり

チン！

エレベーターのベルが鳴る

この階に到着したワケではない、階数のランプは4階を示している

俺は内心、舌打ちした

このビルのエレベーターはこれ一つ

しかもこのおんぼろはタラタラ動くもんで

この状態なら3階に行くには階段の方がはやい

nextpage

エレベーターの右隣には人一人分の空間が空いて回り階段がある

回り階段のための人一人分の空白には集合ポストが九つ、壁を覆うように回り階段の底板に押しやられるようにくっついていた

左からエレベーター、ポスト、階段の入り口ってことだ

nextpage

つまりはエレベーターのすぐ横にある階段を登れば早いってこと

なのに俺は未練たらしく階数ランプを見る

けれども4から動きゃしねえ！

多分この間5秒程度、でもなんだかソンした気分になってイライラしながら階段に足をかけた

…ポストの前に緑のチェックのシャツの男、こんなヤツさっきからいたっけ？

nextpage

がこん、男がポストに何かを投函した

今まさに足を踏み出そうとしていた階段が

ブレて見えた。

すべって、転んだ。

手すりってこのためにあるんだよな、

21年生きて来て初めて手すりに感謝したよ

右手で掴んだ手すりのおかげで階段のカド、ギリギリのところで左目は無事に済んだ

nextpage

いや、ホント、ギリギリだったんだって！

階段のカドでメガネが上にずらされて、左目の視界はカドについたホコリの繊維まで見えたんだから

nextpage

心臓バクバク、息するの忘れて、手すりにすがって立ち上がった

集合ポストの前には誰も居なかった

…これがヤツとのファーストコンタクトにしてワーストコンタクトってやつだ

このネタ分かる？なんちゃって

nextpage

結局その日はエレベーターで3階に上がったよ

ていうか、その日からエレベーターしか使ってないが

だから問題は昨日だったんだよ

エレベーターの修理だってさ、クソが

ありがたいクソトロいエレベーター様に乗らなけりゃ、その

怖えじゃんか

nextpage

でも昨日はそう言う訳には行かなかった

3階は予備校だ

そう俺は浪人！浪人！浪人生！

クソが！21だぞ！

まあいい、それは、どうでも

…昨日は今後の勉強計画のために大事なテストの返却日兼解説の日だった

だから行かなきゃいけなかったんだ

nextpage

リュック背負ってエレベーター前の工事看板を見た

イライラする

仕方ないからガッシリ手すりを持って階段を上がり始める

めまい、危ない、コケる

俺は両足から崩れ落ちた

nextpage

完璧！このシミュレーションは完璧だった！

コケる前に膝をつけば大怪我するコトはない！

俺はめまいが治り、少し口元が緩みながら顔を上げた

集合ポストに緑のチェックのシャツの男がいた

メガネを掛けている

集合ポストに投函しようとしている

アレは予備校への入学届だ

nextpage

チン！

エレベーターが到着した

気づくと俺は馬鹿みたいに4階から下がってくる階数ランプを見てたんだ

エレベーターが空いた

スーツを着たメガネの男が一人、出てきた

nextpage

『きみはそのままでいいのかい？』

男に聞かれた

何も言えなかった

そのスーツは俺がハタチのとき着るはずだったモノだ！

…俺は同級生に会うのが怖くて成人式には行けなかった

いや、行かなかったのか

きずつきたくないから

nextpage

音も無くエレベーターは閉まっていた

ドアを塞ぐように工事看板があった

俺はフラフラと階段を上って試験の解説を受けた

nextpage

そして、今日

…クソだ！オレは！

やっと気付いた

俺がクソなのはオレ自身のせいだってことに

父さん、スーツ買ってくれてありがとう

母さん、成人式の写真撮らなくてごめん

足を引っ張ってたのも

こけさせようとしてたのも

自分で膝を折ろうとしたのも

全部オレだ！

nextpage

なんでオレは大学に行こうとしてたんだっけ？

なんで成人式に顔出せなかったんだっけ

なんでオレはいっつもイライラしてたんだっけ

本当の道を見つけたら真っ直ぐ歩けるかも知れない

nextpage

だから今日、あの階段を登った

今度は手渡しで退学届けを出すために

ちゃんと両親にも話した、ありがとうって

nextpage

階段を上るときめまいは起きなかった

退学届けを出して階段を降りたとき

『がんばれ』

小さな自分が階段の一段目に座りながらそう言った、気がした。

nextpage

チン！

エレベーターのベルが鳴る

この階に止まったわけじゃない

今もまだ上昇中だ