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中編7
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怪物

「おとーさん!今日も本読んでー!」

一人息子の優紀が、僕の背中にバサッ!と飛び乗ってきた。

どうやら、最近のマイブームらしい。妻のほうにも、不意を突いて飛び乗るらしく…「最近背中がね~」と、苦笑していた。

「おとーさん!早く早く!よーんーでー!!」

こと、僕に対しては一層激しく…耳元に向かって大きな声でねだりながら、その小さな握り拳で肩のあたりをポカポカ叩くのだ。

子供というのは何故、こんなにも小さい身体なのに、こんな大きなパワーに溢れているのだろう…

「わかったわかった!読むからちょっと待ってて!」

寝る間際の、一番のお楽しみ。息子は今か今かと、ソファにピョンと飛び移って、目をキラキラさせている。

が…もう家にある絵本や、子供向けの本は全て読み切ってしまったのだ。

どうしたもんか…と暫く考えたのち、僕は、そう言えば息子に、まだ話していない事があるじゃないか、と、ある話を思い出した。

「優紀、優紀はお父さんとお母さんがどこの国から来たか、知ってるかい?」

「しらなーい」

「じゃあ、今日のお話は、お父さんとお母さんがまだ若い時の、昔々の話をしよう…」

「うん!」

「じゃあ、物語の、はじまりはじまり…」

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それは、ある田舎の村から始まったんだ。

村の人間が1人、また1人と、突然いなくなって、皆でいなくなった人達を探しに行った。

そして…周りとはぐれて、森に迷い込んだ1人の村人が、何かの物音を聞いた。

それは、バリバリという音を立てていてね…音のする方へその人が近付いていくと、そこにはなんと…見たことも無い怪物がいたんだそうな。

そして、その怪物は…見覚えのある村人の、片っぽの脚を、今まさに呑み込もうとしている所だった。

もうわかるだろう?

村人がいなくなってしまったのは、怪物に襲われたからなんだ。

怪物の姿を見たその人は、急いで逃げて、村中にその事を伝えた。でもね…どんな姿をしていたか、どんな鳴き声だったとか…その人はどう言っていいか分からなかったんだ。

それもその筈。見た事も無い姿形で…

しかも一瞬、木々の隙間から口元と、咥えられた脚しか見れなかったんだ。

それでも…村にそんな化け物がいるって分かって、村の人間は皆恐れおののいた。でもね、これは村だけに起きていた事ではないんだ。

同じ頃、大きな町でも、人が突然いなくなってしまって、大きな事件になったんだ。

で…この村人の様に、怪物の体の一部分だけを見たという人が現れるようになって、お父さんもお母さんもそれはそれは、びっくりしたよ。

怪物を見たという人はそれからも次々と現れた。

でも…皆、人を食べる、という事だけは同じに言っていたけれど、体の特徴だとか、どんな感じだったとか、てんでバラバラで…何が本当か分からなかった。嘘かも知れないからね。だから、その得体の知れない存在に名前を付けられなかった。

だから、皆はそれを、「怪物」って言うことにしたんだ。

「それで、みんなはどうしたの?たたかったの?」

それがね…その化け物は、とっても動きが素早いんだ。目には見えない、あっ!という間に、獲物を捕らえて去ってしまうんだ。

勿論、戦おう!と言った人もいたけれど…目に見えない速さで襲ってくるという事に、多くの人は怯えていた。

戦うにも、いつ、どこに現れるか全く分からない…どうしたらいいか、方法が分からなかったんだ。

「そうなんだ!こわいね~!」

そう…怖かったんだ。それでね…とうとう、その日がやって来てしまったんだ。

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「その日、って?」

ある日の事だった。皆、仕事に行ったり遊びに行ったり、町は沢山の人で溢れ返っていた。

でもね、突然…

「怪物だああぁぁああ!!!!!」

そう叫ぶ声が、通りの奥の方から聞こえてきた。

皆びっくりして、声のした方角を見ると…1人の男が、物凄い勢いでこちらに向かって走っていた。

もう、優紀が駆けっこで思いっきり走るのの、2倍くらい…すごく必死で、すごく怖がっていた。

「かいぶつがきたから!」

そう…男は走りながら、「怪物だ!」と言っていた。その姿に、見ていた人も、段々と怖いと感じる様になっていた。

でも、信じていない人もいたんだ。その姿を笑ってる人もいたし、ぼんやり眺めている人もいた。

だけど、次に男が言った事で、それも出来なくなった。

「あっちから来るぞ!!!」

男は、今度はそう…通りの奥を指さしながら、大声で言ったんだ。

それを聞いた皆は震え上がった。

だって狂暴な怪物が、今まさに、目の前に迫っているんだからね。

誰ともなく、男の言葉を聞いた人が…次から次へと、指さしたのと反対方向に逃げて行った。

「怪物だ、怪物だ」「怖い」「食べられたくない」って言いながら、男の人も、女の人も、大人も、子供も…

大パニックさ。テレビもネットも。何故なら、他の町でも、同じ事が起きていたんだ。

怪物は、1人じゃなかったんだ。

色んな町で、誰かが怪物に追われていて…しかも、姿形の見えない、乱暴な奴がいるってなれば、もう皆、逃げるしかない。

でも皆、一つの方角に逃げるもんだから、我先にと、押し合いへし合いになって…

そこら中でワーワーキャーキャーと叫ぶものだから、男の「怪物だ!」を聞いていない人達も、何が何だか分からないまま逃げていたんだ。

そしてね…ついに皆、ひと塊のぎゅうぎゅうになりながら…

ほら、前に水族館に行っただろう?その時、小さな魚達が集まって、大きな魚に見えただろう?…あんな感じになったんだ。

そこに、「怪物」と言う名前の、大きな大きな魚が、鯨が来たと思えばいい。

先頭について、流れのままに皆ただひたすらに逃げて、逃げて、逃げていた。

だけどね…突然、先頭の方で、「うわあああああーっ!」って声がした。

先頭はずっとずーっと前の方にあるから皆気付かないし分からない。ただ流れながら、とにかくこっちのほうが大丈夫だ、って思っていたんだね…

違ったんだ。

皆が逃げた方向にはね…大きな大きな口が、牙が沢山ついた口がポッカリ開いていたんだ。

サメよりも、鯨よりも大きい…そう、優紀の大好きな、デッカイ恐竜みたいな口だ。

人々は、そこに流れるままどんどん吸い込まれて行った。

もうその頃には、悲鳴もあんまし聞こえなくなっていたよ。あっ!という間も無く落ちて行ってしまった。

怪物は、後ろから追いかけて来てなどいなかった。

皆が「魚の塊」になるのを…じっと待ち構えていたんだよ。

で、どうなったと思う…?その口は、すっぽり皆を一人残らず吸い込んだ後、ガッシャン!と口を閉じたんだ。

そして他の町でも同じように、逃げ惑った人間の塊が…その大きな口の中に吸い込まれていって、その口がガッシャン!と閉じていった。

あっちの町でもガッシャン!こっちの町でもガッシャン!ガッシャン!ガッシャン!

…やがて、一切の悲鳴も聞こえなくなって、町はいつもよりずっと、ずーっと静かになって…

そうして、お父さんとお母さんが生まれ育った国は…

「ニッポン」という、小さな小さな島国は、一晩にして無くなったんだよ────

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優紀は、僕の方を見ながら、目をぱちくりさせて、口をあんぐりさせていた。

いつもなら、絵本を閉じて、僕や妻が「おしまい」と言っても、

「なんでなんでなーんーでー!!!」

と、手足をじたばたさせて、納得いかないって態度を見せるのだが…今日は、あまりにも刺激が強すぎたのだろうか…?

「あなた、そろそろ…」

妻が僕を呼んだ。さて、仕事の時間だ…

「おとーさん、どこ行くの!?」

息子が寂しそうに尋ねる。その瞳からは、今にも零れ落ちそうに涙が溜まっていた。

僕は事実とは言え…息子を不安にさせてしまった事を、少し後悔した。何て言おうか…そう戸惑っていると、

「おとうさんはね、これから仕事なんだよ、今日はこれからなの」

妻がそう言って、息子の頭を撫でた。すると、息子の顔はパッと明るくなって、

「ああ!『やきん』ね!」

と、自慢げに…最近覚えた言葉を僕に向かって言った。

「そう!夜勤!お父さん頑張ってくるからね!優紀はもう、おやすみ」

「おとーさん!行ってらっしゃい!ぼくも、ねるの、がんばるから!」

玄関先で、妻に抱っこされて手を振り、見送る息子に微笑みかける。そう、僕もこれから頑張らなければ…

「もしもし?準備出来た?…そう、じゃあ、今夜はどうする?誰が一番手?」

「…僕?うん、いいよ…で、どの町に行けばいい?…うん、わかった、未だにそんな所あるんだな…訳も考えずに遊び惚ける奴等が、わんさかいるのか」

「じゃあ、合図宜しく」

ちっとも学習しないんだな…やっと、命からがら、お前らは安住の地を手に入れたというのに…忘れるばかりで、同じ事の繰り返し。

目の前の現状を疑う事も、その理由すら考える事も放棄して…ただただ、誰かの言う事に従っていれば、安心して生きられると思っているのか?

世界を狂わせたのは…国を失ったのは「怪物」のせいじゃない…お前らの思考1つ1つだという事を、一体いつになったら、彼らは理解するのだろう?

僕は目を瞑り、精神を集中させた。

手が、足が、体が…内側から膨らんでいく。そして、メリメリ、バキボキ、と音を立てて…僕の体は、鋼鉄の様なウロコを生やし…鋭い牙が剥き出しになった。

全ては、静謐で平穏な世界で生き続けるために…

さあ…準備完了だ。

「怪物だあぁぁあああーーーーっ!!!!!」

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