大学時代の友人、加村から久々に連絡が来たのは、ちょうど半年前の事だった。
「俺、テレビに出る事になったんだよね」
何でも、あるローカルテレビのレギュラー番組で、心霊系の特番が放送されるのだが、その中の事故物件を紹介する枠で、加村の家が出るというのだ。
「え…!あの家が?マジで…?」
数年前に結婚した加村は、閑静な住宅地に新居を構えていた。僕も何度か行った事があるのだが、明るくて広くて立地も良い…これ以上に無い物件にしか見えなかった。
だから、そんな曰く付き物件だったなんて…と、驚きを隠せなかったのだが、更に驚く事に、
「ああ、悪ぃ…俺な、離婚したんだわ(笑)あの家は売っ払って、今アパートで1人暮らし中(笑)テレビに出るのはこっちの方なんだ」
と聞かされ、僕はいささか頭が混乱した。
加村の奥さん、見た目も器量も良さそうな感じだったし、仲良くやってると思っていたのだが…
実際は、結婚後も親にベッタリの所謂「実家依存」状態で、しょっちゅう実家に帰っては夫婦生活を省みなかった為に、度々口論を繰り返していたそうだ。
しかし、改善される事は無く…遂には奥さんが、2人で住むと約束していた筈の新居に、両親を呼び寄せると勝手に決めてしまい、他にも色々と原因が重なった結果、関係が破綻してしまったのだという…
「もうさあ、疲れちまってな(笑)、丁度いいから、遊び来いよ!」
なんて言われても…そんな事情を一気に聞かされて、どんなリアクションすればいいか分からない。しかも事故物件ときた…気まずい。
「あ、ああ…まあ、それなら外で飲もうぜ!」
そう言って、どうにか家に行くのをやんわり断ろうとしたのだが、加村は僕の反応を遮るように、
「でさ!まあ事故物件って言ったけど、実は…」
と…僕にある「計画」を打ち明けた────
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「…ははぁ…そう言うことだったの?」
加村の住むアパートに程近い、商店街の中にある個室居酒屋の一室。久々に見る加村の顔は、少しやつれてはいたものの、学生時代から変わらない、少々悪戯っぽい笑いを浮かべていた。
「まあ、そう言う事…勿論、資金はこっちで出すよ!慰謝料無しで別れたから、金はあるし(笑)なぁ、面白れぇと思わないか?」
それは、加村が自宅からアパートに引っ越して2ヶ月が経った頃。
それまでこちらから連絡しない限り、ロクに返事も寄越さなかった奥さんから、突然電話が掛かってきたそうだ。
「母親が病気をして介助が大変、家事もやらなきゃいけない、父親はあてにならない、戻ってきて欲しい…」と。
加村は「アホらしい」とスルーしていたのだが、とうとう最近になって、
「親を捨てる!そっちのアパートに住む!」
とまで言ってくるようになった。それも、1日に何度も…
ひどい時は、メールや着信のアラームが鳴りっぱなしだった事もあるそうだ。
今の所アパートの住所は教えていないから、いきなり来るとは考えられない。が、もし来られたら…
と、若干恐れていたある日、たまたま見ていたテレビで、『事故物件に住んだ結果、家庭が崩壊した』というエピソードに、ふいに興味がいった。
そして…そこからヒントを得た加村は、その悪趣味な計画を実行すべく、僕に連絡をしたのだ。
「ちょっとさ、俺ん家を事故物件に『仕立てる』手伝いをして欲しいんだ!さすがに幾らなんでも、曰く付きの家だったら嫁も来ないだろうし(笑)」
電話でそう聞かされた時は、「こいつ何言ってんだ?」と疑問しか湧いて来なかったが、詳しい事情を聞いた今、僕の中には少々モヤモヤした気持ちはあれど「面白いかも?」という方に向かっていた。
「で…とりあえず僕は何をすればいいんだ?」
「そうだなぁ~、ま、粗方設定は作って貰ってるんだ、その番組のスタッフの1人が俺のダチでね…」
加村はそう言って、僕の目の前に書類を差し出した。表紙に番組名が書かれた…「脚本」だ。開くと、1ページ目から番組の進行や、司会のセリフが書かれている。
パラパラとページをめくる内、付箋のあるページに辿り着くと…そこには「加村家、怪現象ビデオ流す」という1文と共に、その怪現象とやらの内容が箇条書きされていた。
物が急に落ちるとか、異音がするとか、何かの影が通るとか…殆んどがテンプレートな怪現象ばかり。だが、一部にはそのスタッフの友人とやらが作った、面白い物もある。
「実はこの後、もう『撮影』する事になってるんだ!パパッとやってくれると助かるんだけど、予定大丈夫?」
僕は2つ返事で快諾した。友人として誘ってくれた嬉しさや、酔った勢いもあったと思う。
しかし、今となっては…あのままやんわり断って置けば良かったと、そう思うばかりだ。
だってあんな事が起こるなんて─────
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僕は、加村の部屋のベランダで、じっと身を隠していた。
「謎の現象に悩まされる、当番組ADの友人宅に監視カメラを付けた結果、恐ろしい映像が…!」
という設定で、僕はその「恐ろしいもの」の1つ、ベランダの窓に不気味な手が現れる…というのを引き受けた。
加村が用意した黒い布を頭から被り、絵の具で青白く塗った右腕だけを出して…山岸さんからの合図をひたすら待つ。
くたびれたパーカーとジーパンに、底の擦り減った某スポーツ系スニーカーを履いた、いかにもって感じのAD、山岸さん。
余程ウマが合うのか…打ち合わせの合間合間に、加村と何かの共通話題でゲラゲラ笑っていて、
「まあ、とりあえずは~良い感じで撮り高狙ってくんでwwwよっしゃーすwww」
と、初対面の僕にも軽いノリで接してきた。
そして、本気なのかノリなのか良く分からない内に撮影が始まり…「加村の家で宅飲み中に」というシチュエーションの元、ベランダ越しに楽しそうな談笑が聞こえていた。
だが突然…部屋の明かりが落ちたかと思うと、同時にパタッ、と会話が途切れたのだ。
棚の本が勝手に落ちる(透明テグスで山岸さんが引っ張る)も、不気味な声のような音(事前に加村がそれっぽい声を録音して、編集したのを流した)も終わり、後は僕の手が出るだけ…と、大体の順序は聞いていた。
だが、目の前のこの仕掛けは…僕は知らない。
もしやこれも演出…?困るよ…あいつら、サクッと終わらすって言ってたのに…
それに、さっきからもう、寒い中30分も待たされてんだけど…!!
僕は急な状況の変化に驚きつつも、加村ならやりそう…と勘繰った。
何故なら加村は、大学時代にも下品なイタズラをよくやっていたから…これも、もしかしたら僕へのドッキリなのでは?という気がしてならなかったのだ。
しかしその間も、部屋の中はまだ暗いままだ。他の家を見ると、ちゃんと電気がついているから…さすがに気になる。
僕は、「おーい…加村?どうした…?」と、小声で声を掛けた…
その時だった。
「うぎゃああ゛あぅああ゛あ゛あ゛!!!」
部屋の中から、引き攣った様な声で叫ぶ、加村の悲鳴が聞こえてきた────
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「!!加村!?」
とっさに窓を開けようとしたが、内側から鍵か掛けられている。
「おい加村!!どうしたんだ!?何が────」
僕は暗がりに向かって、必死に声を出した。…が、
次の瞬間、パッと部屋の電気が付き、窓越しに山岸さんが現れた。
「…山岸さん…?」
山岸さんは、口に指を当てて「静かに」とジェスチャーをしながら、何事も無かったかの様に笑みを浮かべている。
窓を開けてもらい、さっきの叫び声の事を聞くと、
「いやぁサーセンwwwちょっとやり過ぎちゃった感じっすわーwww」
と、先程と変わらないノリで言ってきた。
「やり過ぎたって…え、加村は…?」
部屋を見回すと、加村の姿が見当たらない。名前を呼ぶも返事は無く…思わず山岸さんの方を見た。すると、
「あー、加村君ね、逃げました」
山岸さんは、そう笑顔で答えた。
「えっ!え…逃げた?どこに!?」
「いやー思った以上にビビらせてしまいましたわwwwあー大丈夫っすよ!その内戻って来ますってw多分」
どうやら、脚本に無いドッキリを仕掛けて、加村を本気で怖がらせたらしい。
「あなたまでビビらせちゃいましたねwまあ、待ってるのもアレなんで、撮り終えてない腕のやつ、今の内にサクッと撮っちゃいましょう!」
「いや、でも…」
「まあまあ!こっちとしては撮り高貰えればオーライなんでwww」
なんてテキトーな…と呆れた。だが…折角1時間近くかけて塗ったのが、無駄になるよりはマシだった。
それからすぐ、僅か10分足らずではあったが撮影は完了し、回収したビデオカメラを確認すると、良い感じに腕が写り込んでいた。
それに…自分なりに考えた「誘い込むような手の動き」も気に入られ、
「いやー超お疲れっす!飲みません?」
と、山岸さんに言われるがまま、その場の勢いに甘えてビールを貰い、加村が戻るまで…と、僕は再び飲み直した。
だが…1時間経っても、加村が戻って来る気配は無い。
「マジ感謝ですわー!てかホントに初めてっすか?センスありますって!実は、ゆくゆくはこういう心霊モノでシリーズ作るって企画してまして…」
山岸さんが上機嫌で色々と話して来るが…加村の事が気になって、正直あまり話が入ってこない。
それ所か、さっきから妙な違和感を覚え…何故か「この場から離れたい」という気持ちに駆られていた。
「すんません…ちょっとトイレに」
そう言って僕は席を離れ、リビングの扉を閉めた。
目の前の廊下には、ユニットバスの浴室と玄関以外は何も無い。
浴室のカーテンは開いたままだし、玄関に近付き、スコープを見るも、それらしき人影はない。
というか…外に逃げたなら、音で気付く筈なんだ。なのに…
悲鳴が聞こえてから僅か数秒…1分も経ってない間に、
加村はどうやって逃げたんだ?
一切物音を立てずに?
「大丈夫ですか?」
耳元ギリギリで、低い声が響く。
振り向くと、山岸さんがいつの間にか立っていた。
さっきまでの、満面の笑みはどこにもない。
「探しても無駄ですよ?」
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札束の入った封筒を握り締めながら、ダッシュする日が来るなんて、思いもしなかった。
無表情だった山岸さんが、まるでスイッチを切り替えたかの様に再びニコニコ顔に戻ると…僕の手をグイッと持ち上げて、
「はい、これ今日の報酬です!!」
と言いながら、分厚い茶封筒を握らせた。
その時…山岸さんの背後にあったモノを見て…僕はやっと、あの妙な違和感の正体に気付いた。
思えば…加村に会った時から、何となく変な雰囲気はあったんだ。
あの、やつれ方…いや、痩せ細っているとかではなく、生気の無い感じ…
「んじゃ、そんな感じで…よっしゃーすwww」
あの、キヒヒヒヒ…という独特の笑い声が頭から離れない。
何が…?何を宜しくなんだ?
あいつは一体何者なんだ???
駅前の明るい通りに着く。ゼエゼエと息をしながら、コンビニで酒を買い、一気に飲み干した。
…頭の中で、場面がゆっくりと繰り返される。
確かにいた。
確かについさっきまで…加村は居たんだ。
けど…僕は逃げた。逃げるしかなかった。だってそうだろ?幾ら友人でも…
た゛ し て く れ
姿見の中から、狂ったように拳を振り回す、青白い顔をした奴に言われて…
一体どうしろって言うんだ。
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それから2週間後、映像は「匿名希望」の投稿として、ローカル番組内で放送された。
あの場で起きた、本当に不可解な現象は隠され…作り物の「ポルターガイスト」や「幽霊の手」に、出演者のアイドルがキャーキャーと悲鳴を上げていた。
更に暫く経って、僕は加村の元奥さんが住む家を訪ね、色々と話す事が出来たが…僕と彼女との間には食い違いが有り過ぎて、僕は話の内容を理解するのにだいぶ時間を要した。
尚且つ、僕が加村の現状を話す事を、頑なに拒んだ為に…帰る頃には、奥さんからひどく怪訝な態度をされてしまった。
彼女曰く、母親が病気したというのは本当で、将来的にこっちでの療養の打診はしていたが、実家は飛行機の距離だから、入り浸るなんて不可能だし、ましてや実家依存などありえない、と…
それに、夫婦仲が芳しくなかったのは、加村があるオカルトネタにハマっていったのがきっかけで…日が経つ毎に、それは悪趣味な方へ流れていき、呆れ果てた奥さんが、別れを切り出したそうだ。
ある時、動画サイトで見つけた「異世界に行く方法」とやらを見てからというもの…加村は、憑りつかれたようにオカルト系のサイトにハマり、
それだけに飽き足らず…怖がりな奥さん相手に「ちょっとしたイタズラ」と称して、色々と「怖いドッキリ」を仕掛けたりしていたそうだ。
「ほんと、友人のあなたに言うのもなんだけど…バカな男でしょ?でね…知らない間にオカルト系の集まりに参加するようになって…心霊映像とか、写真とか…薄気味悪いものばっかり集め始めて…そうそう!なんかテレビ局の人間と友達になった、って…自慢気に言ってた時あったわ…」
そのテレビ局に試しに問い合わせたが、「山岸」というADは存在していなかった。
加村が参加していた、その集まりとやらも…いつの間にかネット上から消えていた為に、加村と山岸とのやり取りも、山岸が本当は何者だったのかも分からず終いだ。
そして、あいつがどうして、嘘をついてまで…僕に連絡を寄越したのかも…
そもそも、あいつの見ていた「奥さん」は、現実だったのか…?今となっては、わからない。
だが…僕は今でも、ふと思い立つと…あのアパートに足を運ぶ時がある。
殆ど住人の居ないアパートの、あの部屋の前に立って、
ドア越しに聞こえる、あいつの声を…
もうすぐ、全て取り壊されてしまうそうだから。
作者rano