かなり昔の話だが、ある旅館に座敷わらしが出るという噂があった。
当時は座敷わらしの住む宿というのが一種のブームになっており、全国各地の旅館が座敷わらしの人気にあやかろうとあの手この手で宣伝をしていた。
この旅館もその一つだったが、どうもここは本当に座敷わらしがいるらしいぞと地元で話題になった。
座敷わらしブームはテレビ業界にも伝播していたため、案の定その旅館の特集が企画された。
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いかにもそれらしい格好をした霊能者を呼び、高視聴率を期待した撮影スタッフはほくほく顔でその旅館を訪れた。
わざわざ旅館を貸し切りにしてもらい、最も出現率の高いという部屋へ通された。
山奥にある旅館で、長い山道を登ってきたため時刻は既に8時過ぎ。
荷物を隣の部屋に降ろすと、スタッフたちはさっそく件の部屋でカメラを回し始めた。
これといって怪しいところはなく、ごくごく普通の和室。
その部屋の隅に紙風船が置いてあった。
スタッフたちは少しがっかりして一度カメラを止め、わざわざ持ってきた人形やら玩具やらを部屋に並べ始めた。
いかにもこの部屋に座敷わらしが出ますという画が撮りたかったからだ。
その様子を見ていた霊能者の顔は引きつっていた。
スタッフたちは、ここまでやるのかと呆れているんだろうと思い、わざわざ理由は尋ねなかった。
セッティングも終わり、支配人立ち会いの下撮影を再開。
霊能者にこの部屋に出るという座敷わらしに話しかけるよう指示を出した。
霊能者は苦い顔をしたが、渋々といった感じで口を開いた。
「お話してくれるかな?」
マイクが静寂のみを拾う。
「君のこと教えてくれないかな?」
霊能者は部屋を見渡すが何も現れない。
「この部屋にいるのかな?」
特に映像や音声にも変化はない。
「どこにいるか教えてくれるかな?」
パキッ
部屋のどこかで木の枝が折れるような音がした。
霊能者は一瞬沈黙。
スタッフたちに緊張が走る。
「ああ、そこか」
霊能者は部屋の天井を見上げた。
カメラも霊能者の視線を追う。
特に変わったところはない。
「教えてくれてありがとう」
スタッフも支配人も怪訝そうな表情を浮かべる。
「君の名前を教えてくれるかな?」
無音。
「君は何歳?」
無音。
「男の子?女の子?」
無音。
「この旅館に住んでるのかな?」
何も起こらないし聞こえない。
この霊能者はハズレだったかとスタッフの一人が肩を落とす。
支配人も気まずそうな顔をしている。
残念だがお蔵入りか。
そう誰もが感じている中、霊能者は質問を続ける。
「どうしてここにいるのかな?」
「君はこの旅館を守ってるの?」
中年の男がただ天井に向かって話しかける映像が数分続いた。
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これ以上は時間の無駄だとスタッフがストップをかけようとしたとき、それは起きた。
「君はいつからここにいるの?」
パシュッ
もの音がした。
部屋の隅に置いてあった紙風船が潰れたのだ。
「……」
長い沈黙。
「もうやめましょう」
それまで天井の一点を見ていた霊能者は、急にスタッフの方を見てそう言った。
「カメラ止めて」
スタッフたちは驚いた。
せっかく今霊現象的な何かが起きたのに、やめるとはどういうことだ。
カメラを回しながら誰も何も言わないでいると、霊能者は無理やりカメラを押し退けて荷物が置いてある隣の部屋へ戻ってしまった。
何が何だかわからず困惑していると、スタッフの一人が口を開いた。
「何か……あったんですかね?何も映ってないんですか?」
肝心の霊能者がいなくては撮影にならない。
仕方なくその場は諦めて、今撮った映像を確認してみることにした。
支配人とともに隣の部屋に戻り、何やらまた天井を見ている霊能者を横目にカメラの映像を見始めた。
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「どこにいるか教えてくれるかな?」
パキッ
あの音は記録されていた。
「ああ、そこか」
「教えてくれてありがとう」
しばらく何も起きず、淡々と霊能者の質問だけが聞こえる。
しばらく見ていると、いよいよ映像も後半にさしかかる。
全員がカメラに釘付けになる。
「どうしてここにいるのかな?」
「君はこの旅館を守ってるの?」
次が最後の質問だ。
「君はいつからここにいるの?」
「死んだとき」
パシュッ
紙風船が潰れる瞬間、確かにはっきりと聞こえた。
幼い子どもの声。
「もうやめましょう」
「カメラ止めて」
霊能者の手がカメラを遮る。
霊能者が部屋から出ていき、襖が開いて、閉まる。
そこで映像は終わった。
画面が消えると同時に、その場の全員が霊能者の方を見た。
彼は相変わらず天井を見ている。
「ちょっと、今の何ですか?」
「聞こえてたんですか、さっき……」
パキッ
あの音が再び聞こえた。
空気が凍る。
パキッ
パキパキッ
音は天井から聞こえている。
パキッ……パキパキッ……
音がだんだんと近くなる。
あの部屋からこっちに移動している……
そう全員が確信した。
しかし音はそれっきり止み、長い沈黙が流れる。
誰もが声を出せずにいた中、その沈黙を破ったのは霊能者の男だった。
「まだ、撮影続けますか?」
霊能者は引きつった笑いを浮かべている。
スタッフは完全にまいってしまい、首を縦に振る者はいなかった。
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結局この映像は支配人の強い希望でお蔵入りとなった。
もっとも、撮影に参加したスタッフは誰一人としてこれを放送しようとは思わなかった。
ちなみにこの旅館は座敷わらしブームが過ぎ去るのとともに人々に忘れられていき、誰も知らない間に潰れたという。
作者千月
山奥の旅館に住み着いていたのは幸運を運ぶという座敷わらしか、それとも……