中編5
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叶子峠

あたしはこう見えて昔は悪くてね

…今でも充分?なんだい、その先を言ってみな、わかるように教育してやんよ。

…ああ、そうかい?悪かったね。あたしはこれでも40近いよ?

ばか、褒めるにも限度があるだろうが

そう言って僕は頭を小突かれた

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うーん、そうだね怖いはなしね。

ああ、ちょうど今ごろだった。盆前の、こんな暑い日だった。

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あたしは昔レディースやっててね。

今でいう暴走族みたいなもんだよ。

ただ、集まるのはおんなじ工業高校の仲間だけだったから小さいチームだったよ。

わたし含めて5人だったかな?

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とにかく5人で週末集まって地元の山とかみんなで走り回ってたんだ

何してたかって?んー、まあタイムアタックみたいな感じかな

イニシャルD流行ってたんさ、読んだことないけど

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でも、ちょうど盆前の今ごろだからさ

高校生くらいのはみんな出てくるんだ

いつもの山も、人出が多くなった大きいチームの2軍とか3軍とかのやつが出張ってきて、思うように走れなくなってた

わたしらはどっちかっていうと走り屋的なグループだし人が多いとやってらんない

だから違うとこに行くことにしたのさ

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市をまたぐ橋を渡って海に向かって30分ほど行くと叶子峠っていう山合いにぶつかる。

そこはわたしらみたいなチームはほとんど来ない場所だった

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なんでかってえと、峠の途中に道が広がってるとこがあって、そこから海まで開けて見える場所があるのさ。

港湾部が見渡せて夜には夜景がきれいに見える。いわゆる夜景スポットになっててパンピーとかカップル連れでやってきて路肩に止めるもんだから、うちらみたいな走り屋チームにはジャマでしかないのさ。

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まあさすがに盆前の平日に鈴なりになって来ることはないだろうと、あたしらは市境を越えて海に向かって走った。

その峠のふもとまで来たとこで一軒コンビニがあったんだ。

多分、この先にはないだろうしトイレ休憩とコーヒー買いに入ったのさ

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5人連れでぞろぞろ入ってったら

レジには店長らしいじいさんがひとりでいた

あたしがみんなに奢ってやるためにレジに行くとじいさんに話しかけられたんだ

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「あんたらこれから叶子峠に行くのかい?

できたらやめときな。」

あたしはただの老婆心だと思ったから、茶化すように聞いたんだ

「へえ、なんだかお化けでも出るみたいじゃないか」すると

「ああ、あんたらだったら出るだろうな」

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あたしは不意をつかれたみたいになって

「本当にでたらじいさんに教えてやるよ。」

そう言ってコンビニを出た

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みんなでコーヒーしばいたあと、とりあえず夜景スポットってやつまでグループで行って、そっから峠のアップダウンを攻めようって話になった。

別になんとはない山道で、外灯が少ないくらいで、そんな不気味なこともなく峠の中腹まですぐに着いたんだ。

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ガードレール際に、5台つけて海風が吹き上がるのを感じながら港湾を見下ろした。

やっぱりいうだけのことはあって、いい夜景だったよ

クレーンの赤とか黄色のランプと港の倉庫の明かりが、凪いだ湾に鏡みたいに映ってさ。

あたしが今度は男の後に乗せてもらって来たいなって思うくらいには

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みんな景色に見惚れててさ、一本吸ってから行こう。ってなって

あたしも胸ポケットからタバコを取り出して、ターボライターで火を付けて、スッと肺までケムリを吸い込んで一服した。

するとその直後、後ろから冷たい風が吹いてきた。

フッと目の前を黒いなにかが横切るのを見たと思うとタバコの火が消えちまってた。

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目の前のガードレール側にあたし以外の4人が並んでたんだけど、港からの赤とか黄とかの光にうっすら照らされてるだけで、みんなの口元から真っ赤のタバコの火だけが消えちまってた。

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スゥーっと首すじに冷たい手が触れた

あたしは体が固まって目線しか自由に動かない

冷たい手が一瞬グッと力を込めた、私は喉を掴まれてたから、このまま殺されると思った。

直後ぐちゃ、ともべちゃ、ともつかない音がして喉から手が離れた

でも、首からあたしの右ほほに手がスライドしてきて

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「かわいいあかちゃんうみたかったら、たばこすってちゃだめよ。」

耳元で、信じられないくらい冷たい息と共に、そう言われた。

ガクッとヒザに力が入らなくなってくずれると、今さっきまでの冷気が消えて8月のジメジメした熱とセミの鳴き声が戻ってきた。

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少し落ち着いて仲間の方を見ると、みんなあたしと同じようにへたり込んでいた。

気力で「戻るぞ!」

それだけ叫ぶとのたのたとバイクに乗って来た道を帰った。

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ふもとのコンビニまで戻るとひとここちついて、じいさんが言ってたことを思い出した。

あたしはコンビニに入るとじいさんに素直に聞いた。「あんたの言う通りだったよ。」ってさ

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「そうかそうか、やっぱり出たか。」

「じいさん、なんか知ってんのか?」

「昔な、今より交通の便が悪かった頃、そこの峠を越したとこに村があった。その村で病人やらがでると、医者もおらん村やったけえ、峠越してこっちの町まで来んといかんかった。」

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ある日、その村のある妊婦が産気づいたとき、医者に見せるためにその旦那が車を出してこっちの町まで来ようとしとった。

充分間に合う時間じゃった。峠を越えて10分せずに医院があったらしいからの。

だが結局は間に合わんかった。

車内で破水、赤ん坊は首にへその緒が巻きついて死産、母親は共に死んだらしい。

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原因は、そこらの輩やった。

戦勝国民ゆうて知っとるか?

…ええんよ、知らんなら知らんで、恨み数珠繋ぎにするほどアホなことないからの

まあ、古い暴走族みたいなもんよ

峠越すその自動車にバイクの集団で通せんぼしてな、こづかい寄越せて止めたんよ

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奥さんがべっぴんやったんも悪く転んで

旦那の方が必死で抵抗しとる前でまわされたんよ。

そのせいで子供も奥さんも死んでもうたらしい。

そんなことがあってからや、ここに出るようになったんわな

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あたしはじいさんの話を聞いて、戦勝国民はわからなかったけど『まわす』だのは理解できたから、ちょっとひどい話すぎて思わずこう聞いたのよ。

「じいさん、それってマジで有った話?」

するとじいさんは

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「本当の話よ。運転しとった旦那はわしじゃからな。」

そう言って真っ暗な瞳でうなずいた

あたしはそれからすぐにチームを解散したよ

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…気になるなら行ってみな、あのコンビニはもうないけどね

結構な港町なのにパチンコ屋のないあの町さ

そう言って彼女は居酒屋を出て行った

季節はずれのひぐらしが一匹だけ、悲しそうに鳴いている夜に聞いた話

Concrete
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