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ユウジ「今すぐ堤防から降りろ!あの住宅街だ!」
真っ赤な夕焼けに照され、怪しく赤黒く輝く原付が突っ込んできた。
股がっているのは伯爵。
レーサーばりの前傾姿勢で攻めてきた。
ノーヘルのその頭髪は全てが後になびき、顔の全貌が表れていた。
相変わらず口元は不気味に笑い、目は見開き血走っていた。
まさに戦慄。
「どこまで進化しやがる!?」
俺とユウジは堤防の斜面を下り、高さ1m以上は軽くある、コンクリートの壁を飛び降りた。いつもなら躊躇する高さだ。
着地と同時にアスファルトの上を転がり、衝撃をいなす。
ユウジも同じ様にしていた。
「くそっ!何なんだ!?」
ユウジ「そこの町内だ。住宅街に入り込むぞ!」
二人で住宅街の道を駆ける。
原付の音は遠くにまだ響いている。
ユウジ「あの50mほど先に堤防から降りる道がある。ヤツはそこで降りてUターンしてくるぞ。」
俺の脚はもう限界だった。まともに走れやしない。
まずいぞ。かなりまずい。
しかし、何故だ。
何故ヤツはそこまで執拗に追い掛けてくるんだ?
ユウジに肩を借りながら移動する。
こんな移動速度では、もうすぐにヤツの餌食だ。
原付の音が近付いてくる。
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原付の音は方々に響き渡り、どの道、どの方角からやってくるのか分からなくなっていた。
まるで囲まれているようだ。
ユウジがしばらく立ち止まり思い出したかのように言った。
ユウジ「この住宅街、俺達の家とは川を挟んで反対側。逃げ帰ることもままならん。こりゃまずいぞ。」
原付の音はまだ唸っている。
ユウジ「この住宅街は綺麗な碁盤の目のような道になっている。直線的に見付かりやすい。どうする?」
ユウジの言う通りだ。碁盤の目のようなこの住宅街。
見通しが良すぎる。しかもどの方角から来るか分からない。
二人共首がもげる程キョロキョロと辺りを見回す。
ユウジ「いた、今あそこを通ったぞ!」
「!!!!!」
俺はユウジが指差す方を見た。
当然もう遅い。
二人、立ち尽くす。
次の瞬間、今度は俺がヤツの姿を捕らえた。
「……!!!!!くっ。」
駄目だ、一瞬見えてまた消える。
それを繰り返す。下手に動けないのだ。
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まるで霧深い谷で、長く巨大な龍に狙われている獲物の様な気分だ。
龍の頭は時折姿を表し、そして消える。
他の道にはその長い胴体が纏わりつき、その付近から逃げ出すことを阻む。
完璧に捉えられた。万事休す。
ユウジ「気付いたか?」
俺は焦っていたが、ユウジは冷静だった。
ユウジ「ヤツは前しか見ていない。原付だからな。
しかし、ヤツは確実に近付いている。この碁盤の目のような道を、渦巻き状に、徐々に内側を回って俺達を探している!」
ユウジ「これは時間の問題だ。まるでジョジョのヴァニラアイスだ。ははは。」
笑うしかないのか。
俺も釣られて鼻で笑う
「ははっ。んじゃ俺はポルナレフでお前はイギーかよ。」
ユウジ「いや、そこは俺がポルナレフだろ」
どっちでもいい。
しかしユウジなりに場をなごませているのだろう。
【風月橋戦役】、あの時みたいに仲間たちが電動ガン持ってきて撃退っていう訳にはいかない。俺達はあの龍に喰われるのだ。
俺も他愛もない会話を試みた。
「なぁ、もう気付いてるかもしれんが。俺、ミオとキスした。」
ユウジ「……………は?いつ?」
俺「昨夜」
事実である。
昨夜ミオと会い、成り行きでキスをした。
ユウジ「聞いてないぞ」
俺「昨夜の事だし、ほらさっき堤防で言おうと思ったんだよ。」
ユウジ「いいねぇ。色男は。ゆっくりききたかったわ。その話。」
俺「まぁ、話すならどさくさに紛れて、今のうちにって感じ」
ユウジ「まぁ、あれだ。おめでと。」
俺「ありがとさん。」
そんな会話をしつつ、俺達は今いる十字路の真ん中で背中を合わせる様にして構えた。
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ユウジが言う。
「一つだけだ。一つだけ方法がある。」
俺は聞き直した。
「うん?」
ユウジ「この状況から脱する唯一にして必殺の方法だ。聞きたいか?」
いやもう絶対聞きたい。
聞きたいに決まっている。
ユウジ様。
ユウジ「いいか。もしこのままヤツが俺達を捉えたら、もう逃げるな。向かい打つんだ。」
俺は首を傾げた。
「がむしゃらに突っ込めと?」
ユウジはニヤリと不適な笑いを浮かべる。
ユウジ「違うそうじゃない。良く考えてみろ。ヤツは原付だ。チャリでもそうだが、ああいう二輪ってのは急に向きを変えられない。背中を向けて逃げれば逃げるほどヤツの思うつぼだろ。」
ユウジは続ける。
「真正面だ。同じ方向に走るから負ける。もはや動かない方がいい。
いや、それこそが必勝だ。」
ユウジの言いたいことが分かってきた。
「そうか!直線的に向かってくるだけなら、引き付けてかわせばいいのか!」
ユウジ「それだけじゃない。運転しているって事は両手が塞がっているって事。つまり、かわしたついでに腕でも脚でも拳でも、顔面に叩き込めればスーパーカウンターで一撃だろ。」
ユウジはいつもの喧嘩モードに成り代わっていた。
ユウジ「大丈夫。俺がやる。速度さえ間違わなければ、必ず殺れる。」
これ程頼もしい友を持って幸せだと感じた。
俺が女なら今すぐ抱かれたいぞ。ユウジ。
そして意を決して周りに気を配った。
ヤツは俺達を追い込んでるつもりだろうが、
今はまさにその逆だ。
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龍の首をへし折ってやるぜ。
腕の一本くらいくれてやるぜ。
二人で待ち構えた。
徐々に近付くエンジン音。
近くなってくるとグルグルと回ってきているのが分かった。
ユウジの言った通りだ。
そして次の瞬間。
ユウジ「正面!あの角を行ったぞ!チラリとこっちを見た!ヤツは今、俺達の場所を認識した!」
俺「つまり、次はあの左の角からか、はたまた戻ってきて正面か。」
ゴクリと唾を飲む。
ユウジ「来たぞ。正面だ。」
ユウジの正面を見る。
ヤツは両足で原付をバックさせながら、今通りすぎた角に戻ってきた。
さながら、ゆっくり向き直る龍の首だ。
ここだ。この直線で勝負はきまる。
俺とユウジは互いに距離を取り、ヤツに正面から向かい構えた。
その距離約50m。
ブォォォォン!!
一気にアクセルを捻ったか、ヤツは向かってきた。
予想どおり。
まだだ。引き付けてからかわす!!
直前だ。直前で左右どちらかにずれるだけでいい。
期を待つ。それだけだ。
時間が長く感じた。
全てがスローモーション。
何かのスタンド攻撃を受けているように、全ての景色がゆっくり流れていた。
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しかし、意外なことが起きる。
ユウジが飛び出したのだ。
ユウジ「おぉぉっらぁぁぁぁぁ!」
ユウジ!ヤル気が急いたか!!??
それは悪手だ!!??
ユウジが向かう。伯爵が向かってくる。
しかし、その線と線は微妙に一致しない。
ユウジもそれに気が付いた。
ユウジ「やっぱり思った通りだ!!俺じゃない!!お前だ!
お前を狙っている!お前が殺るしかない!!」
ハッとしたが、心の何処かで予想していた。
俺は準備出来てるぜ!
見える!勝利の直線!!
来い!黒龍よ!!!!
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ユウジ&俺「!!!!!?????」
まさか、信じられない。
俺の手前数mで伯爵は減速し止まった。
完全に停止した。
ヤツは満足そうに笑っていた。
こ…これまでも読まれていたというのか。
龍は人の心すら読めると言う。
構えていた分、力が抜けていった。
ここからはノープランだ。走ることも出来ない。
どうなるんだ?
困惑で視界の色が失われていく。
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その時、ヤツが動いた。
原付に股がったまま、片方の脚を後に振り上げる。
キャプテン翼のシュートを打つ直前のフォーム、まさにそれだ。
美しく延びたその後の脚は、頭上の高さを超え天高らかに上げられた。夕日の逆行で龍のたてがみにさえ見えた。
何のフォームなのか、美しさすら感じた…。
何と神々しい。
次の瞬間
「ブォォォォォォン!!!!!!!」
伯爵「ぬぐぉぉぉぉぉぉ!!!!」
けたたましいエンジン音と、炸裂する伯爵の雄叫び。
まさしく龍の咆哮。
それと同時に原付の前輪が90度近く舞い上がる。
ウィリーである。
そしてウィリーしたまま、ハンドルを保持したまま。伯爵はジグザグに走って来た。
驚愕、戦慄、もう言葉に出来ない恐怖。
黒龍がその顎(アギト)を開き、轟音となる咆哮を放ちながら、首をふり獲物に喰いかかる。
それをこんな間近で目撃する日が来るとは。
後悔はない。伯爵との走る勝負で命を懸け、そして勝ったのだ。
過去の惨めな敗北を払拭した。
胸の蟠りも晴れた。
俺は誇り高く生きたと思う。
最後にもう一度ミオとイチャイチャしたかった。
大きく両腕を開き、目を瞑った。
さぁ、喰らうがいい!
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長い。人は死ぬ瞬間、超感覚で時間を遅く感じる事があるらしい。
それなのか?
今もう喰われているはずだ。
いやおかしい。
長すぎる。
俺はゆっくりと瞳を開いた。
そこには横たわる黒龍。
もとい、倒れた原付と伯爵の姿が。
俺は呆気にとられ、固まっていた。
すると突然伯爵がホソボソと言った。
伯爵「降りよー思ったら……。ウィリーしてもうた……。あー…ホンマビックリや。」
言葉がでない。何が起きてる?
俺は何をしているんだ?
伯爵は仰向けになったまま俺を見つめている。
するとニヤニヤしながらポケットに手をいれる。
「……何を出す!!??」
ゆっくりと伯爵はポケットから何かを取り出し、俺に差し出してきた。
「何だ?俺にか?」
伯爵は頷く。依然ニヤニヤしている。
俺は最大限の注意をはかりながら近付く。
ヤツの手の中にある物を受け取った。
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「こ………これは!!??」
俺の手の中にあった物。それは犬のようなキャラクターが俊足ハチマキをして走っているキーホルダー。
ミオから貰った物だった。
伯爵「落とし物。あんさん、この前急に走って行ってしまったさかい、そんとき落としたんやで…」
あの時か、初めて【ダンボールゾンビ】の根城を見に行き、突然不穏な気配を感じて逃げた。あの時落としたのか!?
何ということだ。これが、ヤツが俺を追っていた目的だと!!??
何という執念。
何という親切。
何という優しさだろうか。
ユウジも呆気に取られていた。開いた口が塞がらない。
立ち尽くすしかなかった。
そんな俺達を尻目に、伯爵は起き上がり原付を起こして歩き出す。脚を痛めたのか、片足を引きずっていた。
そうして伯爵は軽く振りかえり、こう呟いた。
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「坊主、速よぉなったなぁ。」
心が溶けていくような感触だった。
これが人の優しさ。
思いやり。
人情というやつなのか。
伯爵にどういう心境の変化があったのかは知らない。
だが、どんな出会いであったとしても、俺を記憶していてくれた。そして更に親切にしてくれた。
こんなに嬉しいことはない。
いくらモテようとも、特別扱いされようとも。
ただのシンボル的、アイドル的にしか観られない虚しさ。
俺の事を、俺が求めている答えを知るものなどいないのだ。
ただ身を乗り出し、眺めるだけでなくこちらに全力で向かってこられるのが、これほど…。
うまく説明が出来ない感情。
これほど心を揺さぶられた事はない。
自然と涙がこぼれた。
伯爵が見えなくなるまで、俺もユウジも口を開かなかった。
夕焼けは群青色の空に変わりつつあった。
ひぐらしの鳴き声が響き渡る中。
俺はユウジに問いかけた。
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「なぁユウジ。お前、バイク興味あるか?」
と。
【決戦、龍の咆哮 ドラゴンズドリーム】
【完】
作者オリオトライ