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中編5
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◇妖怪物隠し◇

さて困った。

大学への提出物があったことを思い出して、記入用紙を片手にシャーペンを探しているのだけど、ペンがどこにも見当たらない。

机の引き出し、机の裏、本棚、本棚の裏、タンス、タンスの裏、ベッドの上、ベッドの下、鞄の中、服のポケット、冷蔵庫、洗濯機、洗面所、玄関周り、靴の中。思い当たる所も思い当たらない所も全て探したが見つからない。

他のペンで書こうとも思ったけど、マーカーペンと三色のボールペンしかない。

「ボールペンだと間違えたとき消せないしなあ…」

結局、私は重い腰を上げて近くのコンビニへ向かった。ペンを一本買う為にコンビニを訪れたのは初めてかもしれない。それだけを購入するのは何だか照れ臭いような情けないような、そんな判然としない感情のせいで、私はペンと一緒に缶コーヒーも購入した。

無駄な出費である。

帰宅してすぐ、机に向かいペンを走らせた。

「あっ…」

またやってしまった。

私はよく「あ」と「お」を書き間違える。例によってこの時は「お」と書くつもりが「あ」と書いてしまった。

ひらがなは似たフォルムの字が多くて困りものだ。

例えば「ね」と「れ」と「わ」や「い」と「り」。

それから「け」と「は」と「ほ」や「る」と「ろ」。

君達は兄弟かなにかなのか?

「はあ」とため息をついて消しゴムを探す。が、消しゴムがない。

再び机の引き出し、机の裏、本棚、本棚の裏、タンス、タンスの裏、ベッドの上、ベッドの下、鞄の中、服のポケット、冷蔵庫、洗濯機、洗面所、玄関周り、靴の中を探した。

見つからなかった。

先程より重くなった腰を上げてコンビニへ向かった。ペンを購入した後、時間を置いて消しゴム一つ買う為に、コンビニへ赴く者なんているのだろうか。今度はしっかり「恥ずかしい」という感情が湧いていた。

消しゴムの横に缶コーヒーを添えてレジで会計を済ます。自意識過剰だろうか。店員さんの顔に「一気に買えよ」と書いてある気がした。

帰宅して席に着く。袋から消しゴムを引っ張り出して文字を消す。「さて書こう」とペンを…、ペンがない。

頭の中で某太鼓ゲームの有名な台詞が再生される。

しかし、三度同じ個所を探す気力もコンビニへ行く気力もない。腰はずっしりと重くなり、この部屋から出ることを拒んでいる。

おかしい。これは明らかにおかしい。

おそらく、ここでまたコンビニに赴けばまた消しゴムがなくなり、消しゴムを買いにコンビニへ行って帰宅するとペンがなくなり、ペンを買いにコンビニへ…、の無限ループへ突入するだろう。

そんな風に阿呆面引っ提げて、のこのこコンビニへ足を運ぶようでは、この勝負は私の負けである。

なら、どうすればこの闘いに勝利することができるのか。それは、この事象を引き起こす犯人を見つけ出して、鉄槌を喰らわせればいい。

ここで説明しておかねばなるまい。

私は幼い頃から幽霊や妖怪が見えてしまう。それが私以外には見えていないと知ってから、この事は自分だけの秘密にしている。きっと人に話せば頭のおかしい奴だと思われる。それが嫌だったから…。

それを踏まえたうえで更に説明すると、私は犯人に心当たりがあった。心当たりがあったくせに二度も間抜けを晒したことに関しては、弁解の余地もない。

まあ、それは今、隅に置いておく。

それは私がまだ中学生の頃だった。

今と違い、まだ少し暑さが残る秋頃の事。明日までに提出しなければならない宿題があり、私はちゃっちゃと済ませようと筆箱からシャーペンを取り出そうとした。が、ペンが見当たらない。

書き出すのが面倒なので以下同文。

仕方なく母からペンを借りて部屋に戻った。そして、この時は例によって、「あ」と書くところを「お」と書き間違えてしまった。

この頃から既に癖になっている書き間違えに、ミニゲームで高得点を逃したかの如く落胆しつつも、筆箱から消しゴムを探す。が、消しゴムがない。

以下同文。

仕方なく母に消しゴムを借りに行くと「一気に借りなさいよ…」と言われてしまった。「しょうがないじゃん」と心の中で呟きながら部屋に戻る。

書き間違えた文字を消してペンを…、ペンがない。

頭の中では探し物なんかどうでもいいから、と夢の中へ執拗に誘おうとする名曲が再生されていた。

「なぜなんだ…」

頭を抱えていると背後から「ガタン」と物音がして振り返る。

そこには赤い肌色の随分と小さい人型の妖怪が左腕にペン、右腕に消しゴムを抱えて、窓から脱出しようとしていた。妖怪は私の視線に気づくと、一目散に逃げていった。

結局、私は母のペンと消しゴムを少ないお小遣いで弁償する羽目になってしまった。

まず部屋中の窓を施錠した。そして、玄関に向かい扉も施錠する。これで奴の退路は断たれた。そしてドアノブに掛けてあったビニール傘を装備した。全神経を目と耳に集中させる。

———ガタンッ!

…居た。

左腕にペン、右腕に消しゴムを抱えた赤い肌の小さな妖怪が机の上に。まず私は「たたかう」コマンドを選択して、そいつ目掛けて傘をなぎ払う。紙一重で回避した妖怪はベッドの上に、ぼふっと着地する。が、妖怪はふかふかの布団に足を取られて満足に動けない。

チャンスだ。

私はRPGの主人公が如く、MPを大量消費する必殺技のように傘を全力で振り下ろした。「パスーン」と豪快な音が部屋中に響く。頭の中で流れる勝利のファンファーレと共に、私は心の中で高らかに「勝った…」とガッツポーズを決めたのだった。

果たして人の言葉が理解できるのかは分からないけど、私は妖怪を正座させると散々っぱら説教したあと、「もう二度とするんじゃないわよ」と窓から出ていく妖怪を見送った。さしずめ、出所していく囚人に声を掛ける看守の様だ。

私は「うーん」と背筋を伸ばす。それから席に着いて、ふと思う。

「…計算が合わない」

初めにペンが一本なくて、それから消しゴムがなくなって、またペンがなくなり、計ペンが二本と消しゴムが一つなくなった。けれど、あの妖怪が持っていたのはペンが一本と消しゴム一つ。なら、なくなったもう一本のペンはどこだ。

そういえばあの時も、ペンがなくて母から借りて、そらから消しゴムがなくてまた母から借りて、またペンがなくなった。でも妖怪が持っていたのはペンが一本と消しゴム一つだった。

「もしかして…」

その時、机の上に置いてあった提出物の用紙がなくなっていることに気がついた。

———ガタンッ!

物音がして振り返る。そこには青い肌色で随分と小さい人型の妖怪が、丸めた用紙とペンを抱えて窓から脱出しようとしていた。

———カーン!

頭の中で第2ラウンドを告げるゴングが鳴り響く。

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@天津堂さん
コメントありがとうございます!
昨日まで覚えていたのに翌日になると忘れて、確かにあそこにしまったはずなのに失くしている。
落とし物と忘れ物はほんと治んないですよね。
でも、自分のせいじゃない。全部妖怪のせいです(笑

怖い?とはちょっと違う感じのお話でしたが、楽しんでいただけて良かったです。
蛹のお話も覚えていてくれて嬉しいです。

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